上 下
14 / 34
レモンイエローの憂鬱

レモンイエローの彼女 2

しおりを挟む
 咳払いをひとつして、鏑木は「このレモンシャーベットをふたつください」と言った。店員の冷ややかな表情に慌てて手を引っ込めた。

「ふたつ? 鏑木は食べないのか?」
「いいです。あたし用事ができたので。もう帰らないと。店長、ごちそうさまでした」
「え、デートプランは?」
「そんなの、ふたりで話し合って決めてください」

 鏑木は「ごゆっくりどうぞ」とにこやかに微笑んで席を立った。軽やかな足取りであっという間に自動ドアをくぐり抜け、じりじりと照りつける陽射しの中に消えていく。

「えっと、どうする? とりあえず俺あっち側座ろうか」

 腰を上げかけた俺を、園子さんが腕を掴んで引きとめた。

「園子さん、どうしました?」
「あ、あれ? なんでもないです」

 ぱっと手を放した園子さんは、反対側の席に座るよう促した。向かいに腰をおろすと、ちょうどいいタイミングでレモンシャーベットが運ばれてきた。

 レモンシャーベットを口に運ぶ。冷たく爽やかなシャーベットは、こってりしたものを食べた後の口の中をリフレッシュしてくれる。店でもこういうの出したいな、なんて考えてしまって、振り切るように頭を振る。せっかくふたりきりになれたというのに、どうして俺は店に出すメニューのことばかり考えてしまうんだろう。

「あの!」

 園子さんが俺のことをじっと見ていた。ただならぬ雰囲気にスプーンを置いて、続く言葉を待つ。

「たとえば、わたしが店長、じゃなくて、大輔さんにごはんを作るのはどうでしょう」
「園子さんの料理、食べてみたいです」

 何の話だろうと悩みつつ、率直な感想を伝える。答えながら、残りの休みの過ごし方の提案なのだろうとなんとなく気がついた。

「あ、いや、大輔さんが作ったほうが絶対おいしいのはわかってるんですけど。たまには……どうかなって」
「俺は大歓迎です。めちゃくちゃ嬉しい」

 園子さんが俺のためにご飯を作ってくれるだなんて、嬉しすぎるだろ。もったいなくて食べれないかもしれないな。

「あとは……外は暑いので水族館とかどうでしょうか?」
「いいですね。水族館、子どものころに行ったっきりだな。園子さんは水族館好きなんですか?」

 その質問に園子さんは今日一番くらいの笑顔で何度も頷いた。

「はい、大好きなんです。なんか、ずっと見てられるんです。ちっちゃい魚とか、エビとか。サメも好きだし、深海魚も興味あります。あ、でも動物園も好き」
「じゃあ明日は水族館行きましょうか。で、涼しくなったら動物園にも行きましょう」

 いつもよりはしゃいでいるような園子さんを見ていると、俺まで楽しくなってきた。明日、水族館に行ったらまた違う一面が見られるのだろうか。きっと俺はいくらでも彼女のことを好きになれるんだと思う。

「俺もやりたいことあるんですけど」
「はい、なんでしょう」
「仕事の話するなって鏑木には怒られたけど、園子さんと夏のメニュー考えてみたいんです。俺がいろいろ作ってみるんで、意見とかもらいたいなって」
「え、そんな大事な役割をわたしがやってもいいのでしょうか」
「園子さんだからお願いしたいんです」

 その言葉に園子さんは笑顔で頷いてくれた。
しおりを挟む

処理中です...