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とろけてチョコレート

わたしと嫉妬

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 二月に入った途端、目に入るいたるところがバレンタイン仕様になった。いつもは自分のご褒美用にデパートで高級チョコを買うだけ。でも今年は。厨房にいる大輔さんの背中を盗み見る。最初は威圧的で怖い人かと思ってしまったけれど、時折見せる優しい表情や仕事に真摯に向き合う姿勢に惹かれ、去年からお付き合いすることになった。わたしにとって初めての恋人。

 けれど、最近気がかりなことがある。大輔さんの雰囲気が柔らかくなったからか、以前より店内の他の客とも話すようになった。それ自体は喜ばしいことなのだけど、彼にファンがついたみたいなのだ。

「熊店長さん、こっち来て一緒に写真撮ろう」

 若い女の子が大輔さんを呼ぶと、大輔さんはそれを断りもせずほいほいと近寄ってしまう。そして、女の子は大輔さんの腕に絡みつくようにして写真を撮る。

「熊店長さん、やっぱ最高。かわいすぎ」
「え、そうですか。ありがとうございます」

 大輔さんは女の子たちにちやほやされて、嬉しそうで……いらいらする。いつもは彼の姿をよく見ていたくて、厨房から出てきたときはチャンスとばかりにじっくり眺めてしまうのだけど。これはちょっと見ていられなくてうつむいた。

 それに、やっぱり優香ちゃんが近すぎる。初めて見たときはふたりが恋人関係にあるのではないかと勘繰ってしまったくらいだ。彼女はこの店の唯一のアルバイトで、大輔さんとの付き合いはわたしよりも長い。優香ちゃんにその気がないことはわかっているし、大輔さんだって、もちろんそうであると信じている。それでもやっぱりいい気はしない。

 さっきも、優香ちゃんが大輔さんの耳元で何かを囁いているのを見てしまった。大輔さんは少し顔を赤らめて、彼女と何かを話していた。気になる。すごく気になる。でも、見なかったふりをして、いつも通りを装う。

 そんなわたしに追い打ちをかけるように、しばらくふたりでメニュー開発をすると言い出したのだ。去年の夏はわたしにも関わらせてくれたのに、今回は除け者にされてしまった。胸が詰まったように苦しくなって、わたしは逃げるように彼の店、シェ・ヴーを後にした。

♡♡♡

 浮かれた街並みがいっそう寂しさを増幅させる。しばらくっていつまでなんだろう。もうすぐ付き合って初めてのバレンタインなのに、こんな気持ちで迎えるのは嫌だ。そもそも大輔さんはバレンタインとかそういうイベントに疎そうだ。最悪の場合、一緒に過ごすことすらできないかもしれない。

 恋愛経験が少ないからなのか、それともわたしの性格の問題なのか、どうにも嫉妬ばかりしてしまってダメだ。他の女の子と仲良くしないで、なんてかっこ悪すぎて言えない。うっとうしい女だと思われて嫌われたくもない。ブラックコーヒーのようにどす黒く、苦い気持ちが渦巻いて、胸やけしてしまいそう。

 見たくないものは、見なければいいんだ。しばらくお店に行くのはよそう。大輔さん断ちをしよう。寂しいけれど、このまま心が荒んでいくのよりはましだ。
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