18 / 19
ー番外篇ー
祖国からのお客様
しおりを挟む「ツェーレン様は本当に大丈夫なのか……」
イェルレヒト王宮の一角に次代を担う若者が勢揃いしていた。騎士団長子息、宰相子息、神官長子息に外務大臣子息。公爵、侯爵令息は既に領地経営に携わっている。爵位を受け継いだ若き伯爵もいた。
前の世界でそれぞれがツェーレンを娶っていた。その甘い幸福感がどこかに残っているかのように、かれを忘れられないでいる。
「───夫となった男は伯爵家三男。つまりは無爵の平民ではないか」
「だがグレイシアだぞ」
「かなりの変人で冷たい性格と聞く」
「お労しい……ツェーレン様をお助けできぬものか」
「ああ、是非うちにお迎えしたい」
「何を言うか。公爵家後継の私こそが」
「グレイシアに対抗するなら神殿の力が一番だと思われます」
「既に伯爵である僕に理があるだろう」
実際はグレイシアに爵位は余っている。アレスターは面倒がっていらないの一点張りだ。社交など全くする気もなければ、ツェーレンを人目に晒すなど論外と考えている。
妊娠はまだ家族、つまり王家にしか伝わっていない。偉大な系譜を継ぐ者として大騒ぎされるのが明らかだ。
大事な妊娠初期に雑音は不要と徹底した情報遮断態勢を敷いている。
「とにかく、実際この目で確かめよう」
そして悪い魔術師から姫を救う、という空気。あわよくば求婚しちゃえとノリノリの若者たち。
ツェーレンはまだ十九。全然やり直せると無駄にポジティブな連中だ。
ツェーレンの国から友好の証として、次代の中心人物たちがやって来る事となった。
王家からの通達でもてなしはグレイシアに一任された。国や王家に興味がないのが見え見えだったらしい。
「あれ、国で俺の夫だった奴らばかりだな?」
イェルレヒトから訪問するメンバー一覧を見てついツェーレンは言ってしまった。
アレスターが無表情になり部屋の温度が下がり始める。
「いや今回は何もないぞ。求婚はされてたがそれだけだ。釣書は毎回の事だし」
火に油を注いでいるのに当人は気づかない。小さなものから凍り始めてやっとツェーレンが慌て始めた。
「ちょっと文句言ってくる」
「え? アレス?」
苦情窓口はイェルレヒト王太子だ。
「なんだよギリム! 嫌がらせか!?」
執務室に転移してくるなり文句が始まった。この義弟は毎度毎度、いきなり現れる。礼儀を説いても今更だ。
すわ不審者と色めき立つ護衛を手で制し「グレイシアだ。慣れてくれ」と言い含める。
「王族か義兄への敬意、どちらかがあれば部屋に突然転移はしないと思うが」
「無理。あんたは未だライバルだ」
既に諦めたのにこれ以上なにをしろと。
「ツェリはあんたを兄として慕ってるから距離が近い」
「結婚してから会わせてもらってないが?」
「子どもが産まれたら……会わせ……る、かも知れないかも?」
「いやそれは会わせろよ」
アレスターに詰められ溜息を漏らしつつギリムが語った。
「ツェーレンを諦めきれない連中が、本当に幸せなのか直に確かめたいと」
「……最果ての地に転移させていい?」
「ツェーレンにどう思われてもいいのなら」
なら最終手段にしよう。帰国の途についたタイミングならと算段する魔王。
ヤバい匂いを嗅ぎ取ってギリムは釘を刺す。
「ウチの大事な有望な奴らには手を出すんじゃない! そもそもきみに回ってきたのは彼らが失敗したからだぞ。呪いをなんとかしていたらアレスターの出番はなかった」
「僕がむざむざツェリを逃すと思う?」
「……ツェーレンが相手を愛していたら?」
部屋がミシミシと嫌な音を立てている。ここらで引かないと大ごとになりそうだ。
適当に宥めお引き取りを願う事にした。
帰宅したアレスターが兄弟に召集をかけた。今回の準備は長男ノエルが受け持つので嫌でも巻き込まれてしまう。
「誰に注意すべきかな、ツェリに執着してて何かやらかしそうな諦めの悪いヤバい奴」
全員が全員「お前しかいねえよ」と喉まで出かかりかろうじて抑えた。マリアが「鏡」と呟いたのはせめてもだ。
「という訳でツェリと僕がラブラブだと示す必要がある」
「えー……」
嫌な予感しかない。だが考えるのも疲れる。色々と放棄して粛々と出迎える準備を始めるノエルたちだった。
そして当日。アレスターはやらかした。グレイシア本邸での歓迎会、アレスターは扉をバァン! と蹴り飛ばして現れた。
手が塞がっていたから仕方ないと割り切るのは当人のみ。
ハリウッド映画。何故か言葉が浮かんだ理由を、一拍遅れてカズサは理解した。脳がその光景を拒否ったのだ。
美女を姫抱きしたヒーローそのままにアレスターとツェーレンが現れ一同は絶句した。
小国とはいえ親善大使団。たとえ内情はツェーレンに未練たらたら隊でも名目上はれっきとした一行なのだ。
「グレイシアへようこそ。僕がツェリの比翼にして唯一、未来永劫の伴侶アレスター・グレイシア。ツェリの事はおはようからおやすみ、睡眠中までずっと見守って片時も目を離すことはないしかれの望みは全て叶う。僕らは愛という言葉が陳腐になるほど強く結びついている。安心して欲しい」
仲良くしようという気が欠片もない挨拶にノエルは頭痛を覚えた。
まず正式名のフォックスを抜いているし役職名も無し。無職ヒモかよ。遠路遥々の一行に労りの言葉もなく、ツェリ大好き自分アピールに徹する様はいっそ清々しくさえある。あまつさえ堂々たる妻のストーカー宣言。
要約すると大丈夫だからとっとと帰れという内容。全然大丈夫に思えない。
「な、なんと無礼な……」
「ツェーレン殿下を束縛して監視するとは。とてもじゃないが幸せとは───」
「あ、アレス! 全部見てるのか!?」
さすがのツェーレンでも弟のストーカーぶりに文句はあるだろう。ノエルは引きまくりだ。
「せめて手洗いはやめてくれよ……恥ずかしい」
は?
「プライバシーは守ってる! 変態じゃないから、心配なだけだから!!」
え? そこ? 周囲の心がひとつになる。
いやいや全部見られてるって言ってるんだけど? 気味悪いとか今すぐ止めろとかないの。え、気にならないの?
「ならいい。見守られてるんだな、こんなに大事にしてくれてありがとう」
頬を染めるツェーレンは大層愛らしい。
破れ鍋に綴じ蓋、という言葉がノエルの頭を過ぎる。
「あー、仲のいいのは良いことだが気が散って話が進まない。ツェーレン、アレスの腕を降りてくれないか」
ノエルがなんとか修正を図ろうとする。
「ノエル! ツェリが転んでお腹の子に障ったらどうするんだよ、僕は死んでも離さないし身を挺して守るから」
「身を挺したらダメだろ、父親がいなくてどうするんだよ。俺だってアレスがいないと……」
「ツェリ、、」
ふたりの世界から完全に置き去りのその他。地位やらなんやら錚々たるメンバー、なんなら王様(仮)夫妻までいるのに。
いやおまえ高位魔術師だよね? 身を挺する必要ないよね??
ここまで全員の心の声。
妻は大聖女だし即死じゃなきゃ助かるよね!? だいたい結魂してるしそうそう死なないよね!!
これはグレイシア家の脳内。
え、待って父親!? お腹の……子、だと……? えぇえええ!!!
やや遅れて気づいたツェーレン救助隊が絶望していた。
出鼻をくじかれ呆けてしまった一団の接待を試みる兄弟の努力は涙ぐましかった。
恋心に止めを刺され消沈する彼らに、カズサやマリアの美貌と優しい言葉が突き刺さった。マリアは人妻なのでまたまたどよーんとする数名。
結局は顔か。ガーシュに言い寄った者はいいように転がされて終わった。
グレイシアから見ればツェーレンは文句の付けようがない素晴らしい嫁だ。ただ変わっているのは否めない。そうでもなければアレスターの妻などやっていられないだろう。
それを改めて思い知る兄弟たちだった。
ぐだぐだで終わった親善だが、この後カズサが数名から猛アタックをかけられるのはまた別の話。
一番真剣で熱心だったのは、ツェーレン人形を製作した伯爵だったという。
後になってそれを知ったカズサは慌てて日本へ逃げしばらく帰らなかった。
アレスターはご機嫌である。妻に懸想する虫どもを退治できたから。マリアやカズサに迷惑をかけているのは全然気にならない。もちろんそのゴタゴタがツェーレンの耳にも入らないようにしている。
なにせ大事な時期なのだ。マリアたちもツェーレンを気遣いかれには愚痴も言わないでいた。
マリアは密かにアレスターを呪っていたが魔王に効く筈もなく。
「いい天気だなあ……」
妊娠中はとても眠くなる。温室で微睡むツェーレンをアレスターがガン見している。
侍女マルタと護衛のシェルダンはもはやその程度では動じない。ツェーレンの傍らの百葉は横目でウザそうに主人を見ている。
今日も今日とて、フォックス邸は平和である。
139
あなたにおすすめの小説
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話
さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話
基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想
からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定
(pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる