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しおりを挟むあの日。いつも明るく突拍子もないクレアが言い出した。
『セレスに記録してもらって、魔王に勝った後って前提で話そうよ』
決戦を前に緊張感に包まれていた一行はその提案に戸惑いを隠せず、クレアの意図を測りかねていた。
「セレスの魔力もったいないだろ!」
フェリクスが反対したが、精霊の力を借りるので負担は軽くどちらでもよかったセレスは静観した。元々無口なのだ。
「───だって、だってさあ。明日生きてられるか分かんないじゃん? 誰かだけ残ったら寂しいじゃん。水晶に残せば、みんなの姿が見られる。みんな生き残ったらまた本当のやつ撮ろうよ、ね」
何かを堪えた笑顔で懇願するクレアに、仲間は押し黙る。
ひとりも残らなくても家族や友人に届けてもらえるかも、とは誰も口にできなかった
『そうだわ、どうしたってわたしたちセレスより長生きできませんもの。みんなが去って寂しくなったら見てもらいましょう』
微笑むアリシアにライリーが顔を顰めた。
『しかし私は演技は無理です……勝利後? どう振る舞えばよいか』
『じゃあライリーさまはあまり話さないでください。でも勝った気持ちにはなってほしいです。明日の先取りですよ』
『……なら、映像だけのじゃなく立体的なやつがいいな。ホロなんとかの方』
『乾杯しよう! 水しかないけど』
なんだかんだで撮られた映像を見返し、互いに揶揄ったり揶揄われたりしながら過ごせば、緊張はほぐれ穏やかな夜を迎えることができた。
『明日、また撮るの楽しみだな』
アーヴィンが言い、みんなで頷きあった。
そうして迎えた次の日。
あの日彼らはたしかに勝った。死力を尽くした闘いに勝利し、家族や友人のもとへ帰れたはずだった。
魔王の命が尽きる寸前に乱入してきた者たちさえいなければ。
───────*───────
ざわめきは消え、全員が映像から目を離せないほど引き込まれていた。
魔王と側近は想像を絶するほど強かったが、優れた連携と秀でた個々の力で勇者パーティーが上回っていた。
闘いは終幕、あとは魔王が息絶えるのを待つだけだった。彼らは既に勝利していたが、満身創痍で立っているのもやっとに見える。
「アーヴィン、とどめを───」
「……ああ、分かっ───、!?」
その時、突如として画面に割り込む集団が現れた。
「今です王子、魔王めにその聖剣を!」
それまで映像になかった声が辺りに響く。
「え!? ヴィシャス殿下!? 何故ここに」
「ふん、そこの魔導士が残した転移魔法陣を使ったのだ。平民風情でも少しは役立つな」
「ベイルフル様!? あれは緊急避難用にと渡したはずです! 座標を変えたのですかっ、なんて危ないことを!」
乱入者のひとり、魔法塔の魔導士長ベイルフルに少年が噛み付いた。
「黙れ! 貴様らしか使えないと思い上がるなよ」
口論の間に魔王に駆け寄ったヴィシャスがおもむろに剣を突き刺すと、傷口から眩い光が放たれ、断末魔とともに魔王の体が消えた。
「え、なんで聖剣が使える……?」
訳もわからず呆気に取られる勇者たちに王子が言い放った。
「露払いご苦労だった! 魔王はたしかにこの私が討ち取った!! これで私が王となる! 兄上でなくこの私がな!」
「は!? 何言ってんの!?」
「殿下、さすがにそれは───」
「お前たち、やれ!」
状況を理解できない勇者たちを取り囲んだひとりが、正面で仲間を庇う聖騎士の喉を槍で刺し貫いた。
「きゃああっ」
母親が子の頭を抱き寄せ目を覆う。残酷さ、人間の汚さから我が子を守るように。
「そんな」「なぜ」
観衆からあがる悲鳴。勇者の仲間であり王女を下賜された英雄のひとりネファリアスが、映像のなか陰湿に笑んでいた。
〝高潔の騎士‘’は、相手の体を蹴り飛ばし槍を引き抜く。
「あーあ、血飛沫で汚れちまった!」
あまりに非現実な光景が、勇者たちの動き出しを鈍らせているかに思われた。全力で魔王と戦ってすぐ、守ろうとした人類に刃を向けられるなど誰が考えただろう。
魔王を倒した勇者を亡き者とし、功績を奪おうとしている。
まさかそんな。しかしこの記録は。
これは一体なんだ。なんなんだ。
今日ここへ来るかどうかをケヴィンは悩んでいた。しかし区切りとして来てみるべきだと重い足を運んだのだった。
皮肉にも早々に村を追われたお陰で、王家の手は逃れることができた。
家族をも見せしめに囚え、アーヴィンたちは徹底して貶められた。亡くした息子への誹謗中傷に耐えられず、妻はいまだに伏せったままだ。
勇者を騙ったとし、討伐後に彼の息子と仲間は断罪を受けた。告発者はヴィシャス、被告席は無人の法廷。
道行きでの活躍の全てが、本当の英雄たちの功績を奪っていたと詰られた。
魔王にはとうてい敵わず、みっともなく逃げ惑い死んだと嘲笑された。
共に旅したはずの聖女は始めからヴィシャスのメンバーとされていた。
では旅の途中、息子たちと彼の村を訪れたあの娘は一体なんだと言うのか。
『アーヴィンはお父さま似ですね』
そう告げた可愛らしい聖職者の少女に、あなたが息子の、とつい尋ねてしまった。
とても慌てて、ケヴィンでなく隣の騎士に向かって強く否定していたが。
息子が誰をみているか、それからすぐに分かった。
余計な世話かと悩みもしたが、彼らにまた生きて会えるのかさえ不明だ。ふたりきりの時にケヴィンは表情の読めない美しいエルフに問いかけた。
そうして得た言葉は、当の本人に届いたのだろうか。
惨劇は尚も続いている。
「アリシア! ライリーを頼むっ、どうか助けてくれっ!!」
動き出したのは勇者、シーフ、精霊士の順。魔導士は自分の強力な魔法を人に撃っていいのか逡巡したぶん初動が遅れた。
僅かな隙に後ろに回り込んだヴィシャスが、治癒をしようとした聖女を羽交い締めにし首輪をつけた。
「!?」
「いや! ライリーさまっ!」
「アリシア!」
彼女を救おうにも応戦で手一杯の彼らには難しい。
「いやあああ、離して! ライリーさま、助けないと!!」
「ライリー! くそっ、このままじゃ、」
「アリシアっ、それは魔力封じの───! くそったれ!」
「ハハハっ、小うるさい聖職者どもを贄に造った聖剣もどきが役立った! 聖女は確保したぞ、他は処分しろ! アリシア、お前だけは仲間とし可愛がってやろう」
「いやっ、嫌よ、ライリー!! クレア、フェル、セレス! アーヴィン!」
「アリシアーー!!」
「アリーっ!」
聖女とヴィシャスの姿が消える。
声帯を潰され声なき声でアリシア、と呟いた聖騎士がやがて動かなくなる。
壁役が消え、人数で勝る相手に勇者たちは疲弊していく。魔王との闘いで力を出し切ったパーティーは満身創痍だ。
仲間を狙う剣の前に身を踊らせたのは、魔力切れでふらふらになった魔導士の少年。
「な、フェルのばか! アリーは捕まって治せないのになんで!」
「……は、バカじゃ、ねーし。ほんとおまえ、───」
「……? フェル、───」
くずおれる体を支えきれず、シーフの娘は一緒に座り込んだ。
もはや次の剣撃を防ぐ素振りも見せず、物言わぬ男の頭を抱きしめ語りかけていた。
「……やだ、、ばか、───、ばかフェル、フェリクス、なんか言っ……」
「クレア! フェル! ちくしょう、何故こんな───」
勇者と精霊士は応戦し続けるが、もはや時間の問題。
「エルフも頂いてこうぜ、前から目をつけてたんだ。奴隷で買ったのは使い古しで壊れたしちょうどいい」
「シーフの平民女も勿体なかったな! いい体してたのにお前が殺っちまったから」
「貴様ら……っ!!」
勝利の確信を得て部下を下がらせ、いたぶるように勇者に斬りつけるスウィンドルとネファリアス。
会話の下劣さもその戦いぶりも、英雄からは遠くかけ離れていた。
攻撃のわずかな隙を狙った瞬間、勇者は彼らに背を向け庇うように精霊士を抱きしめた。
そこで唐突に映像は終わりを告げた。
静まり返った大群衆。誰からともなく、主役だったはずの国王を探して辺りを見回すがどこにも見当たらない。数頭の空馬と大勢の警護の騎士だけが取り残され、次第にざわめきが拡がっていく。
戸惑い、怒り、悲しみ、混乱───人々の様々な思い渦巻くなか、ケヴィンはふと西の方角を見やった。
たくさんの蹄の音が、遠くから聞こえた気がした。
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