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露命

0.32 つぎにまた逢えるよう

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 俺の発言におろおろする一也をカフェの席に促して、俺も皿を並べて隣に座る。

 シュンちゃんも後からやってきて、俺の斜め前に座った。

 いただきます、と4人で手を合わせる。今まで3人だったから、4人で食事をするって、なんだか新鮮な感じがする。

 それは琉央くんも思ったようで、琉央くんにしては珍しく一也に「何か飲む?」と尋ねていた。

 俺もさりげなく一也を観察する。一也は、早速大皿に盛られたパスタに手を伸ばしていた。控えめに自分の皿に盛って、ゆっくり自分の口に運ぶ。

 そして少し咀嚼して、驚いたようにシュンちゃんの方を向いた。

「……おいしい、です」

 その言葉に、シュンちゃんが豆鉄砲食らった顔で「ほんとう?」と一也に聞き返す。

「はい。とっても」

「そっか。……なら嬉しい。よかった」

 えへへ、とシュンちゃんが照れたようにふにゃっと笑う。

 うわぁ、珍しい。

 俺は驚いた顔をごまかしてサラダを口に運ぶ。こんな顔してるシュンちゃん、初めて見たかもしれない。

 いつも褒めたって「そんな事ないよ」って謙遜したり「ありがとう」って言いながら困った顔をするくせに。お酒を飲んでるからなのか。それとも “零樹さんに似ている一也” に言われているからなのか。

 もしかして。シュンちゃんは、自分がこうなる事が嫌で一也の事を避けていたのかな。

 零樹さんと一緒に重ねた記憶を、似ている一也に重ねて、会ったばかりの一也をまるで零樹さんみたいに扱ってしまう。そして、それは相手のどちらにも失礼だって。そうシュンちゃんは思っているのかも。

 頭では分かっていても、ずっと昔から染み付いた感覚は、きっと自分の気付かない所でさらけ出されるものだから。

 今している顔だって。シュンちゃん自身は、どんなに分かりやすい顔をしてるか、分かってないんだと思う。

 そうなるだろうって予想は出来ていても。やめようと思っていても。いつも通りに振る舞おうとしても。そんなの無意味なんだろうな。

 零樹さんと居ることが当たり前、というより、きっと “居ないとダメ” だったんだろうな。

 俺が琉央くんに感じている気持ちと同じように。

 お酒、飲ませないほうがよかったかな。

 俺は複雑な気持ちでシュンちゃんと一也の様子を眺める。

 シュンちゃんが持っていたワイングラスを置いて肘をつく。

「一也は好きなものはあるの?」

「好き嫌い、特にないです」

「そう」

「でも、瀧源さんの作るものは美味しいって、魁君から聞いたから。多分、瀧源さんの料理ならなんでも好きです」

 一也の言葉にシュンちゃんが固まって黙り込む。そうして少し間を置いて「……シュンでいいよ」と一言呟いて、また柔らかく笑った。

「じゃあ、シュンさん」と言葉を続ける一也とそれに応える、見たことがないほど気の抜けたシュンちゃんの様子に、さすがの琉央くんも仰天したようで、わかりやすく動きが止まっていた。

『瀧源さんの料理ならなんでも好き』っていう決め台詞を素で言えちゃう一也も凄いけど。シュンちゃんのこんな安心したような、力が抜けた顔を初めて見た。

 2年くらい一緒にいるけど。こんな顔するんだな。と言うか。一也とまともに話したのなんか初めてなはずなのに、一也の言葉はシュンちゃんの心にちゃんと響くんだ。

 一也がご飯を食べる姿を、心底嬉しそうな顔で見つめるシュンちゃんの横顔が、俺は酷く悲しかった。

 耐えられなくて、琉央くんをチラッと見る。無表情だ。きっと、羨ましいな、と思っているんだろうな。俺と同じで。

 俺も琉央くんも、案外とシュンちゃんが好きだ。

 それだからシュンちゃんの事をいつも心配しているし、力になりたいと思っている。でも、その気持ちが届いていないのも知っている。

 シュンちゃんは、いつだっていろんな事を抱え込んで。背負い込んだものを預けてくれないから。

 俺たちの力不足なんだろうな。多分。

 でも。

 寂しい気持ちでもう一度、微笑むシュンちゃんを見る。

 一也と話す機会を作ることぐらいは出来たのかな。それくらいしか俺には出来ないけど。

 俺は考えながら、グラスに残ったワインをぐっと飲み干した。
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