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百舌

0.32 はやく早く

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 夏なのに、病室は底冷えするほど寒かった。

 目の前で眠る魁君の呼吸だけが、病室に響く。緊急対策研究室の奥にあるこの病室は、人の出入りが厳重に管理されていて、周りに何もない。

 こうやって静かだと、つい物思いにふけるみたいで。オレは、自分が入院していた時の事を思い出していた。

 ベッドで目が覚めた時、傍に誰も居なくて不安だった事とか。起きてから、看護師さんの話やテレビを見聞きしているうちに、どんどん、生きている自分に絶望していった事とか。

 退院したばかりの時、悔しくて誰にも言わなかったけど、階段の登り降りが思うようにできなかったな、だとか。身体中が痛かったな、とか。

 でも。それと一緒に思い出したのは、オレが初めて訓練室を使って、気を失って転がっていた時、魁君がそっと隣にいてくれた事だった。

———— 今度は逆だね。

 オレは心の中で呟く。

 本当は、琉央さんがずっと魁君を看てるって言い張っていた。だけど、琉央さんは研究室から呼び出しを食らって、オレが代わりに魁君を看ることになった。



『 “三形さんけい” 以上の丹を発見した。殲滅を開始する』

 位置情報と一緒に、そう琉央さんからシュンさんに連絡が来た時、シュンさんはオレと共鳴の訓練をしていた。

 共鳴には、共鳴深度というものがある。ここに来たばかりの6月頃、結姫先生が丁寧にオレに説明してくれた。

 共鳴深度が高いほど丹を無害化しやすくなって、丹に同調しても丹電子障害になりにくくなる。

「つまり、簡単に言うと “強くなる” と言う事だね」

 結姫先生がおどけて言ったその言葉に、オレは分からないなりに “数字が高い方がいいんだろうな” という適当な認識でその言葉を理解していた。

 そして今月に入って、初めてオレの同調・共鳴能力に関する詳細な検査が行われた。その検査で、オレとシュンさんの共鳴深度は【0.32】だったと先生から聞かされた。

 その数字を聞いた時には、あまりピンと来なかった。けれど、シュンさんと前の相棒である零樹さんの共鳴深度が【0.90】だったと聞かされた時は、かなりへこんだ。

 もっと言えば、琉央さんと魁君の共鳴率が【1.20】だと聞かされた時は、結構ショックだった。

 数字の最大指数は【1.00】。つまり、オレはシュンさんと32パーセントしか共鳴できていないと言うことが数字で証明されたわけだ。

 共鳴深度が低い、ということは “弱い” ということだ。頭の悪いオレはそう理解していた。

 悔しかった。

 そして、もっと悔しかったのは、シュンさんと琉央さんの共鳴深度が【0.68】でオレとシュンさんの共鳴深度より高かったことだった。

 シュンさんの相棒になると決意したのに。こんなんじゃ、琉央さんがシュンさんと組んでた方がいいんじゃないか。そう思った。

 ズルい。悔しい。

 何が “遺伝子の定めた相棒” だ。

 シュンさんの隣に立ちたい、だなんて。何を偉そうに。

 オレって。本当にバカみたいだ。

 オレがあんまりにも悔しがっていたからかもしれない。

 結姫先生が優しくオレに声をかけてくれた言葉が、オレの荒んだ心に沁みた。

「一也君。体育会系の根性論のようなことを言うけれど。共鳴深度というのはね、お互いの信頼が重要らしいんだよ。つまり、一也君だけが頑張っても結果が出るとは限らない。だから、そんなに気を落とさないで。まだここに来たばかりなのに、君はよくやっているよ。
 もちろん心的要因だけが全てを左右するとは限らない。信頼があっても、琉央と一也君では遺伝子の相性が悪いから、共鳴深度が低いでしょう? どんな要因が共鳴深度に作用しているのか、正確なことは何もわかっていないから、一概にこれがあれば万事うまくいく、とは言い切れないけど。でもね。どちらにせよ、二人のうち一方が頑張っても何もうまくいかないってことは確実だ。だから、焦らなくていいんだよ。
 はぁ、まったく。少佐殿は罪多き男だね」

 その言葉に押されて、罪多き少佐殿、シュンさんに共鳴の訓練に付き合ってほしいとオレからお願いした。



 今日はその訓練の4回目だった。

 正直、とっても地味な作業だ。音叉の音を辿って、シュンさんと共鳴して。目の前にある米粒くらいの丹と同調して、離脱する。その繰り返し。

 でも、結姫先生の言う通り “信頼関係が重要” であるなら、これはきっと重要な作業なんだ。

 と、オレは思い込んで特訓をしていた。

 けれど。シュンさんとの共鳴深度は、感覚として、一向に深まる気がしなかった。

 いつも同じ。温度も、速度も、聞こえる音も。忙しいシュンさんの仕事の合間を縫って付き合ってもらっているのに。

 オレは自分の不甲斐なさにイライラしていたんだと思う。

 だから、琉央さんから連絡を受けたシュンさんに「助っ人に行こうか」と言われた時の声色の変化に気が付けなかったんだ。

 シュンさんの運転するバイクの後ろに跨って現場に到着した時。オレは、自分があんまりにも周りが見えていなかった事にひどく後悔した。
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