【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ

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34 リトさん メイド目線

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 リトさんが割れたグラスを全部くださって言うのです。何故でしょう?


 その時、血の気が全部引いてその場にかくんと膝をついたメイドのアリーナは不思議なリトの行動を見ていた。

 アリーナが10日ほど前から面倒を見ている見習いメイドのミミーはとにかく落ち着きがない。あっちで植木鉢を割り、こっちで皿を割る。やる気はあるのだけれども、やる事が雑で周りに気を配る事が出来ないので全て空回り。
 そんなだから、他のお屋敷でやらかして借金まみれになり、ギアナ様に助けられてこのお屋敷にやってきた、そんな娘だった。



 それがまさか。このお屋敷で1.2を争う高額の食器を全部割ってしまうとは。弁償してもしきれない値段なのに!
 キラキラと光を照り返す、ガラスのグラスは本当に美しく、高いんです!

「あわ……あわわわ……!ごめんなさいぃ……!」

 謝って済む問題ではないのです。物凄い破砕音に屋敷の人達が集まってきました。

「うわっ!」「えっ?!嘘でしょ?!」「あれって旦那様のご自慢の……?」「あれはやばいって!」

「え……ええ……?」

 ミミーも高い物を壊してしまったという自覚はあるのでしょうけれど、まさかそこまでとは思っていないんでしょう……。
 私達が20年いいえ、一生かかっても払い切れないほど高価なものだとは……。

「何事ですか!?」

 執事さんも現れて、壊れたグラスを見て真っ青です。それでも

「……怪我はありませんか?」

 そう聞いてきてくださる。このお屋敷の人は優しい。それでも執事さんの顔色は悪いし、声は震えている。

「……怪我はないです……申し訳、ございません……」

 私はとにかく立ち上がって、深く深く頭を下げます。それしかできることがないからです。
 茫然するミミーに声をかけます。

「ミミー、まず何をすべきなの?」

 はっとして激しく頭を下げる。

「怪我はないですっっ!あの!あの!申し訳っございませんでしたっっ!!!あのっ!私!!弁償を「ミミー!」」

 思わず遮ってしまった。簡単に弁償なんて口にして良い金額じゃない。

「ミミー!これは私達が何十年かかっても払える額の物ではないのよ……」

 言わない方が良いとは思ってはいたけれども、口から出てしまった。ミミーの青い顔が白くなり、ガタガタと震え始めます。
 完全に前のお屋敷で作った弁償金額を簡単に超えました……。

「ひ、ひえ……」

 どんなに後悔しても割れたグラスは戻らない。

「流石にこれはご主人様に報告せねばならないですな。アリーナ、ミミー……行きましょう……」

「はい……」

「分かりました……」

 全員がこの世の終わりの顔をする。それでもご主人のギアナ様は許してくださるでしょう。そういうお方だ。でもその優しさがとても痛い。
 あの方の為に働きたいのに、あの方をがっかりさせる事しかできないなんて。自分で自分を許せない。

「この壊れたガラス、全部下さい」

 まだ包帯が痛々しいリトさんが、壊れたグラスを全部箱に入れて持っていってしまいました。

 リトさんは本当に美しい男の子で、少し前に拾われて来た人です。死にかけていたけれど、なんとか助かった運の良い方でした。
 とても感じのいい子なんですが、とにかくギアナ様のお気に入り。仕事以外との時、ギアナ様はずっとリトさんについて歩いていて、ギョッと振り返ってしまいます。
 凄い執着みたいな物を感じますが、リトさんはまるで気にしていないみたいで、楽しそうにギアナ様とお喋りをしているのが幸いです。
 そして最近あの嫌らしいギアナ様の元つがいの兎女を撃退出来たのもリトさんのおかげらしいんです。本当にありがとう、リトさん! 

 しかもどうやらギアナ様はリトさんに結婚を申し込んだとか?!屋敷の全員は結婚式に行く気満々ですからね!

 ってリトさんは話題が尽きない人なのですが、リトさんはアレをどうするつもりなんでしょうか?

 とにかく私達は最初にギアナ様に謝りに行かねばなりません。

「怪我はないか?ならば仕方がない。形ある物はいつか壊れるのだから」

 やはりギアナさまは許して下さいました。ほっと旨を撫で下ろすミミー。しかし、許してくださっていいレベルを超えた物でした。
 許されて心が痛いのはとても辛いことです。これなら怒鳴られた方が良かった!ため息しかこぼれません……。

「そういえばリトさんが壊れたグラスを持ってどこかに行ったんですが何処に行かれたんでしょう?」

「リトが?」

 ギアナ様はグラスより、リトさんの行方が気になるようです。


 ギアナ様も一緒に一階へ降りるとすぐにリトさんの居場所が分かりました。お庭の隅で何かやっています。

「何をされてるんですか?」

「分からん。でも壊れたガラスを溶かしたようだよ」

 私達より先に、リトさんをみていた仲間に聞いてみると、そんな答えが帰ってきました。

 小さくて真っ赤な何か。その中にグラスの破片を全て入れてしまったそうです。リトさんは手を振って、何もない所から棒を取り出します。なんです、あれ??

「……リトはアイテムボックス持ちなのか」
 
 驚いてギアナ様が声を上げました。え?アイテムボックスって伝説級に珍しいスキルですよね?なにもないのに、色々しまっておけるって言う……。リトさん、可愛い上に凄いスキルも持ってるなんて凄いです。

 そんな周りの様子にリトさんはまるで気付いていないらしく、棒を突っ込むとくるくる回しています。

「リトさん楽しそうですね」

「ああ」

 見ているだけで、何か楽しい空気が伝わって来るようです。しかし

「あっ!」

 カラン!リトさんは持っていた棒を落としました。茫然と落とした棒ではなく、自分の左手を見ています。

 リトさんの左手はまだ包帯が巻かれています。拾われて来た時に、すでになかった手のパーツ。
 悔しそうに見て、そしてもう一度棒を拾いあげました。

カラン!

 リトさんは何度も何度も棒を落とします。その度に左手を見て、ため息をつき……また握りました。

 見ているみんなも固唾を飲んで見守っています。昼前から、始まったリトさんの作業はずっと続いています。
 リトさんは何度も何度も道具を落とし、失敗しましたが、やめようとしません。
 いつのまにか日は傾き、辺りは暗くなって来ました。高い温度で溶けているガラスの熱と灯りで作業していることに、リトさんは気がついているのでしょうか?

「サンドイッチです」

「ああ、いただこう」

 ギアナ様はずっと見ていますので、軽食を持って来たり飲み物を持って来たりしました。
 手の空いた人は皆んな見ていて、交代交代で見守っています。


「んんーーー!できた!」

 何時間もかけてリトさんは美しいグラスを1つ作り上げました。遠くから見ても前のグラスより、美しく繊細な薄さが見ても取れます。

「……なんだ、アレは。あんなの見た事ねぇぞ」

 ギアナ様が唸り声を上げました。確かに素晴らしい逸品のようです。

「アレに比べたらうちにあったグラスなんておもちゃ同然じゃないか……リトは……リトは一体何者なんだ?」

 リトさんは、今度はコツを掴んだのか残り9個をさっと作ってしまいます。あり得ないくらい早いし、形が綺麗に揃っています。

 そ、そういう物なんでしょうか?

「まるで……魔法だな」

 キラキラと輝く目でギアナ様はリトさんを見ています。楽しそうに、グラスを作るリトさん。
 最後に残った真っ赤なガラスを取り出して、鼻歌混じりに何かを作り始めました。それは手のひらに乗るほどの可愛い虎です。そしてなにやら話をしていたと思うとその透明な虎は白くなってしまいました。

 リトさん、それは獣化したギアナ様でしょう?私には判りますよ!

 出来栄えを目の前にかざして、楽しそうに笑うリトさんはとても良い笑顔でした。

 とうとう我慢しきれなくなったギアナ様がリトさんに後ろから近づきます。リトさんは何を語るかとても気になりますが、ギアナ様にお任せするとしましょう!




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