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それはただ
58 星の子
しおりを挟む《どうして
人の子よ
魔の子よ
どうして 慈しんで やらなかった?》
声がする。
《大切に 可愛がって やれば
人の一生を 全うするくらいは 生きられたのに
どうして》
悲しい声だ。
《あれは なにか 悪い事をしたか?
あれは そなたらに 害をなしたか?
なにも しなかったで あろう?
あれは そういう ものだ》
ぽぅ、と光るものがある。玉だ。ヨシュアが出していた玉。
《なのに そなたらは あれをくるしめた なぜだ?
あれを 壊してしまった なぜだ?》
ヨシュアの体からでなく、大地から玉が浮かんで来る。
《返してもらうよ 私の子を
可愛い私の子 こんなに汚れて
それでもまだ 愛おしいと いうのかね?》
ず……地響きが、地中から聞こえる。
それはどんどん地上に向かって上がって来て、ヨシュアの体を抱き抱えるマリーの横にぴょこんと双葉を開いた。
「な、なに?」
《娘よ 私の子を 愛してくれて ありがとう
そなたは この子の親に 相応しかった
そなたと そなたの家族に 幸あらん事を》
小さな芽はみるみる大きくなり
「あっ!」
ヨシュアの体を巻き込んで上へ上へ伸びる。
「待って!行かないで!私の子供を連れて行かないで!!!」
木はヨシュアを覆い尽くし成長して、とうとう天にも届くほどの立派な巨木になった。
その幹は大人が20人ほど、手を繋いでも届くか届かないほどの太さがある。
「ヨシュア!ヨシュアーーーーー!」
1年と少し、時が流れた。
「見ろ!こっちの方が絶対ヨシュアに似合う!」
「だからお前はセンスがない!こっちの若草色のドレスの方が似合うに決まっている!」
あ、今日ですか。避けましょ、避けましょ。
巨樹の下は大きな公園のようになっている。
そこに2人の男がいて、ガキンっと剣を交えた。
「うるせぇ!今日こそその首叩き落として、聖水漬けにしてやる!ガザス!」
「はっ!できるもんならやってみろよ!逆にお前の首を魔界の魔王の椅子の飾り物にしてやるわ!ジュリアス!」
ガン!ガキン!と剣同士を打ち鳴らす音が激しい。
「あーーーっ!レン!どこ行った!援護しろっての!」
ジュリアスを援護するはずの黒猫の姿は側にない。
「猫ちゃんの力を借りなきゃ勝てねえ勇者様は、結界の中でブルブルしてろってぇ!」
「うっせえ!ペット一匹とも契約できねぇ寂しがり屋が何を言う!」
「寂しがり屋じゃねーし!!」
ガキンガキンと剣戟の音は響くが、実力が伯仲しすぎていて決着はつかない。
そのうち、2人とも疲れて倒れて終了するのだ。毎回。
「今日は20日でしたか?」
「30日でなかったかねぇ?」
月に2回、20日と30日にジュリアスとガザスは新しい花嫁衣装を持って現れ、決闘する。恒例行事だ。
「私、帝国式のドレスが良い!」
「私は魔界様式の方が!」
2人の決闘の終わりを待つ若い娘の群れがある。
2人が持ってきたドレス……つまり新しいのを持って来ると、古い方は誰かが貰っていいことになっている。
この最新ファッションを取り入れた豪華なドレスは、結婚を控えた若い女性に大人気だ。
しかもこのドレスを着て結ばれた2人は、必ず無事に子供を授かる事が出来るともっぱらの噂だ。
間違っても出産の際に母子ともに危険な目にあったりしないのだという。
「なんだそりゃ」
広場に大の字で男2人が転がりジュリアスさんをレギルさんが、ガザスさんをサーたんが回収する。
「毎月お疲れさまぁん」
「そちらも」
「あら良いのよぉ!私はヨッちゃんの木にお参りのついでたからねー」
「ああ、伝説の美の伝道師でしたっけ?」
「魔界でも大人気なのよぉ!運が良ければ玉が落ちて来る!」
うふふ!サーたんは相変わらず可愛いし美人だ。玉ねー玉玉。んんーーーフン!
「玉きたーーーーひゃーー!」
「サーたん!凄い!玉ーー!」
きゃいきゃい!サーたんの周りには同じサキュバス族の美女たちがひしめき合っている。
その美女たちを鼻の下を伸ばしながらみる人間の男性よ……。吸われちゃうぞ!
あの後、呪いの魔王様は物凄く弱くなった。マロードに魔界からの門が開かれ、魔界から魔王様が来た時に、戦いもせずに降伏したらしい。
サーたんたち侯爵は全員魔界に帰ったり……開いてしまった門からうろうろ人間界で遊ぶようになった。
呪いの魔王は侯爵位を貰い臣下に入った。そして人間界で幅を利かせている。
呪いの魔王、改めガザス侯爵は元マロードにいつき、帝国と睨み合っている。
魔族と人間。強さが均衡しているのだ。この微妙なバランスで成り立って、交流を深めている。
公にはされていないが、半魔の子供も産まれてきたりしているようだ。
「に、してもなーどうしようかなぁ」
ボリボリとお供物のクッキーを食べる。おっ!これは俺の大好きなヨシュアクッキーじゃないか。
名前もアレだが、作っている人もアレな大人気クッキーだ。「ヨシュアの木」が見える場所に出来た小さいパン屋のクッキーで、作っている人は何とアヴリー様だ。
あの人、スキル・パン屋が開花して凄く美味しいパンを焼くのだ。そして菓子職人のスキルもついたようで、お菓子が本当に美味しい!
やばい止まらん うめぇ
「でもなーホントにどうしようかなーもう2か月になるんだよなー」
「何がどうなンスか?」
「なんてーか、出て行きづらいん……ん?!」
んんんんん?!
「なにしてンスか、ヨシュア」
「レンーーーーー!うわー!本物のレンだーー!」
ぎゅむーーっと力一杯黒猫を抱きしめた。
「やめろッスーーー!ヨシュアーーー!中身が出るッスーーー!ぐえ」
俺とレンは隣同士で座っている。
「はーん、中から外の様子がみえるンスね」
「そうなの。外からみたらただの木でしょ?でも中からはみえるんだよねー」
大きな窓からあるような感じだと思って欲しい。俺はお供物のヨシュアパンをもぐもぐしながら、レンに説明した。
「レンはどこから入って来たの?」
「裏側の扉がちょこっと空いてたッスよ?戸締りちゃんとした方がいいッス」
まさかの俺による人為ミスだった。
「で、死んだはずのヨシュアがなんで木の中で暮らしてるンスか?説明するッス」
「ふぁい」
俺はレンにわかるところだけ話して聞かせた。気がついたらこの木の部屋のベッドで寝ていたこと。お腹の呪いは無くなっていたこと。
「大地がゆっくり俺を治してくれたんだ。俺は星の子らしい」
「治ったッスか!元気ッスか!」
「元気元気!ほら玉も絶好調!」
ぼろぼろと出る。1年前……死ぬ(?)前と全然変わらない。
「でさー….変わらなすぎて……どうやって皆んなの前に出て良いか分からないよ……。完全に俺死んでる扱いだろ……?しかも名物みたいになってるし」
ヨシュアまんじゅうを食べる。アヴリー様、手広い。そして美味しい。
この巨大な木の周りは俺の墓みたいなことになっていて、大量の花とかお供物とかおかれている。
服や食べ物をちょっと拝借するのにちょうどいい。元々俺にへとお供えされたものなら、俺が貰っても良いはずだ!
しかも死んだはずの俺に花嫁衣装を月2で供えにくる成人男子2名、きもい!
あの世で着ろってか?!全力で断る!
「あー……そうっすねぇ…でもかーちゃんには教えないと!かーちゃん真っ黒い服を着て泣いて暮らしてるッスから」
一年以上喪に服しているそうだ。それはまずい!お母様が病気になってしまう!
「まじかーーーー!良く覚えて無いんだけど、最後お母様に会えた気がしたんだよね!早く!お母様呼んできて!」
「まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!あら!あら!あら!あら!あら!あら!」
お母様はこの木の中の部屋を大層お気に召した。ワクワクしながら毎日楽しそうに通ってくるのだが……
「え、えっと……き、今日も、あのぅヨシュアの木に、ヨシュアに会いに……」
お姉様の女の勘から、お母様は逃れる事が出来なかった。
「ええええーーーー!なにこれ!快適ーー!」
「まあまあまあまあまあまあ!私の孫は素敵な隠れ家を持っていたのね!」
「……」
気がつくと、デイジーおばあちゃまがお茶セットを持ち込んでルルカお姉さまが寛いでいた。
「ほう、木の中の部屋とは」
「ジュリアスさんとガザスさんの戦いをみるのは特等席ですね、お父様」
「ここに本を置きましょう。ハンモックを吊してくつろぎながら読むのです」
「おお、カレルは相変わらず天才だな」
お父様とアナベルお兄様、カレルお兄様とマクドルお爺さままで私物を持ち込んでいるが、ハンモックは俺も楽しみだ。
「レギル。セーブル一家が最近俺に隠し事をしている気がするんだがどう思う?」
「さあ?やはり結婚適齢期ではない少年に結婚を申し込む男は、信用ならないと言う事なのではないでしょうか?」
それはもう過去のことだろう……と自嘲気味に笑う。
「お前は何か知らないか?ダリウス」
「石は扉を開かないように置いておくのにちょうど良いそうだ」
「……意味わからん」
その後、気持ちの良い日差しと玉のせいで、すっかり巨樹の後ろの扉に寄りかかって寝てしまったダリウスさん。
「ダリウスさん!起きて!皆んな出られないよ!」
とんとん、とんとん内側から叩く俺。
「石っころが石に擬態してどうするよ?」
そんな呑気な事を言いながら、木の裏に回り込んだジュリアスさんと
「みんなー押してーー!うわぁ!」
扉が開いて、コロコロと転がり出てきた俺が顔を合わせるまで、あと少し。
《こんどは ちゃんと大切にしてやるのだぞ》
それはただ、人を癒すだけのたった一つのスキル。
終わり
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