子爵令嬢は溺愛前に罠を仕掛ける。

鏑木 うりこ

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21 もう振り返る必要はない

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「何というかパトリシアの苦労が分かるような輩ね。でももう大丈夫よ、リオネル、帰り支度を整えなさい、帰るわよ」
「しかしミズリー夫人、検問がまだだと」

 叔母様はそういうけれど、確かにまだ通過しても良いという知らせは来ていなかった。

「その辺りは伯爵夫人である私に任せておきなさい。さあ、パトリシア我がミズリー家へ行くわよ」
「え? 叔母様、一体どういうことですか?」

 国境を越えて良いという知らせが届いていないのに、行けるはずがないと私は驚いて聞き返した。

「可愛い姪をこんな盗賊まがいの人間達とこれ以上一緒にいさせるわけにはいかないでしょう? 大丈夫よ、ミズリー家はそれなりに名の通った家なの。任せてちょうだい」
「お、叔母様そんな……」
「それにリオネル! 状況を考えなさい。パトリシアがこんな目に遭わされているのに、なんですか情けない! ここは侯爵家の名前を使ってでも押し通ってしまうべきでしょう」
「っ! 面目次第もございません、ミズリー夫人」
「リ、リオネル様そんなことをしなくても」

 叔母様に深々と頭を下げるリオネル様に申し訳なくて私は慌ててしまったが、リオネル様は少し困った顔のまま笑ってくれた。

「いいんだ、パトリシア嬢。ミズリー夫人のいう通りだからね。私の考えが甘かった、私もまだまだ若造だ……これから学んで行かないと。その時、君が隣にいてくれたら嬉しいんだけど……」
「え……?」
「そこっ!」

 叔母様の鋭い声と共に扇が私とリオネル様の間に差し込まれた。

「その話は後でゆっくりしましょうねぇ? リオネル」
「もちろんですとも、ミズリー夫人」

 叔母様のふふふ、という低い笑い声が聞こえる……そ、それよりもリオネル様はもしかして私を結婚相手にと思われたのかしら? だとしたらすごく嬉しいけれど……そんな都合の良い話はある訳がない。だって私は婚約破棄された傷物だもの。きっと領地経営のための参考人とかそういうのに違いない。危うく勘違いしてとんだ恥をリオネル様にかかせるところだった……! ぱちんと自分の頬を叩いて幻想を追い払う。いくら叔母様が助けてくれるとはいえ、お世話になりっぱなしは駄目だから、頑張らないと。

「ほほ……お嬢様らしいですなぁ」
「アレックス?」
「なんでもございませんよ。さあ、ステン。出発の準備は終わりましたか?」

 ずっと私の側にいてくれたアレックスがニコニコといい笑顔だ。何かいいことがあったのかしら? そして姿が見えなくなっていたステンと連れてきたメイド達がいつの間にか荷造りをしていてくれたようだった。

「できたっすー! アレックスさーん」
「では参りましょう、パトリシア」
「はい、叔母様」
「私も行きますよ」
「はい、リオネル様」

 優しい叔母様とリオネル様と一緒なら私はきっとこれからいい人生を送れる気がする。

「ち、ちょっと! パトリシア! 私達のお金はどうなるよ!」
「お姉様ぁー帰ってきて仕事してよぉ~」
「くそっ他国の貴族からの援助をあのパトリシアが?!」

 後ろの方で騒いでいる人達がいる。振り返ろうとしたけれど、真後ろにはリオネル様がいて、背中を優しく支えてくれていた。

「振り返る必要なんてもうないでしょう?」
「……そうですね」

 あの人達と関わることなんてもうない。私は私の人生を歩いて行くんだから

 
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