銀の髭、黄金の眼

遠影此方

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虚像の影

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しばらくその石を見つめていると、その石の輝きは徐々に薄れてゆき、姉妹にはただの石に戻った。その様子を見届けてから、俺はその袋を少し迷ってから、またもとのポケットに仕舞った。突然発熱するようなガラス細工など、知っていたわけではもちろんなく、このような不審なものは捨ててしまった方が返ってよいのではないか、と考えた。だが、先ほどの青い光を見ていた成果か、いつも何かさっきまで頭の中に居座っていた頭痛や眩暈はさっぱりと無くなっており、何も意味はないとも言い切れなかった。そしてもう一度急変した町の在りようを確かめるべく、俺は海側へ行くことはせず、もと来た道を帰り始める。来たときでは、領主の居城に続く階段が、街路からしっかりと見えたのだが、どこから沸いてきたのか、人ごみによってその上端しか見えなくなっている。大河のように思えた街路そのものも狭苦しく思えるほど、無数の活動する個体がひしめき合っている。しばらく歩いていると妙な事に気付く。人々の進もうとする方向が、ある一つの方向へ剥いている事だ。確かにある店に入ってゆく人々も見受けられるが、底から出てきた人々や、街路を歩く人々は、俺と反対の方向へ、つまり皆そろって海を目指しているのだ。海が近いのだから水浴びをしようとするのは当然のように思えるが、それにしても数が多い。それに最も暑いはずの季節は終わり、これからこの街でも冷たい風が吹き始めるに違いないのだ。これほどの人がそれを惜しむような性格をしているとは考えがたい。進み続けてゆく間、何人もの人と肩が当たるものの、誰もが怒ることもせずに無言で通り過ぎて行くのも、気味が悪い。それに、あの少女の放った言葉がなぜか頭に引っ掛かる。まやかしに呑まれてはいけない、と言う言葉と、俺の名前を知っていたということ。

さまざまな不可解を抱えつつ、俺はとうとう街路を歩き終えて、目の前には、領主の居城につながる階段が断崖のように立ちはだかっている。居城への階段は来たときと変わらず、誰も上らず、そのあまりの白さに、人が渡ったことがあるのだろうかとさえ思った。ふと、街路の方を振り返ってみたが、海へ向かう人々は左右の街路から流されるように歩いており、人波という表現がしっくりと当てはまる。奇妙だと思いつつも階段に向き直り、登り始める。傾斜が急であることにあわせて、階段一段の幅も狭い。どうも、この方向から上ろうとする事は、あまり配慮されてないように感じるほどだ。この階段を上りうるのは、王侯やその城を警護する兵士たちではない。この街にやってきた役人や、領主に訴えかけをしようとする人々くらいであろう。この階段はそれを試すためなのか、それとも、排除するためなのか。なんにせよ、何らかの意思を感じる造りをしている。

階段は一定のところで平坦な踊り場に繋がる。それをいくつも重ねる事で居城までの長い階段は構成されているのだ。遠方で見たそれらはあわせて三段存在した。俺はその一段目に着いたことになる。白い、白磁を思わせる真四角の岩盤と、その次につながる階段に腰掛けるようにして、白髪の少女は、上ってきた俺をその青い目で見据える。そして呆然とする感情を読み取ると、にやりと笑って声を発した。

「こんにちは、ハインリヒ。また会ったね。」

俺は、そのまま脚を進めようか、それとも立ち止まる事で距離を取ろうか瞬間に思案したが、歩を進める事を選んだ。白い髪の少女は立ち上がると、なぜかわざわざこちらの進もうとする方向に割り込んで、そのまま目の前の階段を上ってゆく。俺はこのままこの少女の後ろについてゆく形で階段を上っていく事になる。そのまま階段を上ってゆくが、少女の方からは何も言わず、何か声が聞こえると思い耳を澄ませば鼻歌が聞こえてくる。抱いていた警戒心は、いつしか腹の底に溜まってゆき、苛立ちとして神経を刺激するようになった。最初は針でつつくようだったそれも、二段目の踊り場へ行き着く頃には、その存在を無視することができないほどに膨れ上がっていた。少女は俺が二段目の踊り場に着くと、またも階段に腰掛けており、その口元には笑みがある。このままでは埒が明かないと、俺は問いかけようとしたが、それよりも早く、少女は口を開き、見てて、と言った。俺は何をするのかと警戒を強くした。そして少女の動きを見逃すまいと身構える。

だが、結果から言ってしまえば、少女のその行動は、その警戒に見合ったような複雑な動きではなく、それはただこちらに向かって接近するというだけの奇もてらいもないものだった。ただ一点だけ、それが肉眼で追う事ができない事を除いて。俺の目には、突如少女の姿が、掻き消えたと思えば、いきなり胸元近くに出現したとしか描写できない。人にも、そして獣にも、接近されれば嫌悪感を感じざるを得ない一定の範囲というものが存在する。それはその範囲に自分の認可したもの以外の何者も寄せ付けない事によって、自らの命を守ろうとする防衛本能に他ならない。だが、今その範囲に立たれたという現実は、危険な状態であるという認識が遅れるほどにあまりに迅速に訪れたため、少女の姿を目の前に認めた数秒後に、ようやく俺は激しい悪寒と共に横へ飛びのいたのだ。もし刃物などを少女が持っていたのならば、腰にさげた剣を引き抜くまでもなく急所に突きつけられていたに違いない。冷や汗が頬を流れ、包帯をわずかに湿らせる。次の一瞬、もしまたあのような接近をされたとき、俺は反応できるだろうか。いや。このように本性を隠したままで、なおあのような迅速に足せるほどの傲慢を、俺は持ち合わせてはいない。俺は顔に纏った包帯に、静かに爪を立てた。

この顔を人に見せたとき、ある人はおののき、ある人はただ呆然としていたが、へえ、という感嘆の声と共にまじまじと見据える事をするものは、いまだかつて居なかった。少女は一度目を逸らし、可笑しそうにくすくすと笑う。そしてまた視線を戻し、青い双眸で俺を見る。

「どうして、正体を先に現したのかしら。質問にも答えなかったから、てっきりあなたにとってその姿は致命的な何かを持っていると踏んでいたのに。」

「さあ、どうだろうな。包帯が暑かったから剥いだだけかもしれないが。」

そう返すと、少女はまた笑う。そして、

「安心して、あなたには危害を加える気はないわ。」

ただ、今はある願い事を叶えに来たの、と言うと、階段に向かって踊り場を歩き始める。

なぜ俺の名を知っている、そう問うと少女は驚いた顔をしてこちらを振り向いた。

「やっぱり、あなたは色々と忘れているのね。」

そう意味ありげなことを言って、また笑う。

確かにこの町は不可解なところが多く、見落としているような点があってもおかしくはないが、それを排除すれば、特に思い当たる事はなかった。

少女は階段を上り始める。そして俺は少し遅れて階段に足をかける。

「じゃあ、あの時と同じようにもう一度問いましょうか、ハインリヒ。」

あなたは何のために、この街に来たのかしら。その言葉を聞いた後に、あの店を出たときと同じような頭痛と眩暈に、またも襲われる。今度は、地面に両足を打ち付けている感覚さえ怪しくなるほどの、激痛と揺らぎであった。少女は俺のそばに駆け寄ってくるが、払いのける事さえできない。外套の裏にまたしても強い熱を感じたが、見るとまたしてもその中に石の一つが青く光っている。少女はそのポケットにおもむろに手を入れ、中の袋を取り出して見せる。丸でその袋が入っている事を知っているかのように、その振る舞いには無駄がなく、俺の頭痛が消えかけるその前に、あの老婆があけないようにと言っていたその袋の封を、少女はためらいなく開く。それと同時に、俺の中で何かが氷解する感覚と共に、俺の中の記憶と現実はこのとき初めて復元を遂げる事となった。

袋から取り出されたそれらは、確かに老婆が選び取ったガラス細工の結晶である。しかし取り出されたそれのうち二つは、内部に赤黒い何かが渦を巻いている。少女が言うには、これはこの街に蔓延している呪いのその一握りであるという。

「この街に着いたときに、あなたは夜の街から入ったのね。」

この街は居城を挟んで対称に作られているらしく、日中太陽が当たる西側の町を昼の街、そしてもう片方の町を夜の街と言い、この町の住民は奇妙な事に日が沈むか昇るごとに、この二つの街を行き来しているのだと言う。夜になればあの滅んだような町並みにも活気が戻るのだ。しかし、わざわざ昼と夜で二つの地域をなぜ移動しなければならないのか。

「それはこの街に流れる瘴気が、影の側に寄り集まる特性があるから、人々はそれを避けて動こうとするの。」

そう少女は、どこか達観したような口調で話す。確実に、何かを知っているようで、こちらに向き直ると、その濁った結晶を見せてきた。

『この中にある呪いは、その人がその人であることを忘れるという効力を持っていて、この結晶は呪いを吸収して物質化させることで。持ち主の精神に与える影響を抑える。けれどあまりにもこの街に流れる呪いの瘴気は濃すぎるらしくて、あなたは自分の目的どころか現実の認識をゆがめられてしまった。」

私は振り返って今一度、眼下に広がる光景に息を呑む。確かにそこには、人のいない静寂の街路が広がっている。しかし、先ほど海に向かう人のように見えたそれらは、人の形をしたなにものかでしかなかった。その黒い手足は長く、直立していても地面についてしまうほどだ。四肢の先端は針のように鋭くなり、立っているのが不思議なくらいだ。全身は黒い鱗状のものに覆われ、それは目を除けば首から上も同様である。それが幾千も集まった黒く蠢く流れとなって、海に向かって行進をしている。他の街路から集まるものたちを例外なく、黒いうろこに包まれ、赤く染まった目をしている。あれらが、この血に蔓延する呪いを受け続けた人間たちの末路だと言う。魂を汚すこの呪いは、次第に人間としての性質を切り捨て、全く別の機能を持つ生命へとそのあり方を変質させてしまうのだと言う。あの異形の中かを何も感じることなく動いていたのか、と身の毛がよだつ思いがした。その影たちは、まだ人のような動きをして、海を目指している。門番の結っていた奇病の正体だろうか。しかし、彼らにはなぜその影響がないのだろう。今更になって疑問に思った。

「龍の呪いだと言われているわ。姿だけあのように変質したけれど、どうやら意識は残っているみたい。」

レーゲ、と初めて少女は名乗り、あなたの事は事前に知っていたの、と正直に話した。外套を被り包帯を巻いた男がいたら、それがハインリヒだと、長老からあらかじめ手紙で伝えられていたのだと言う。なぜ最初に言わなかったのか、と問うと、ただあなたの驚く顔が見てみたかったと意味のない答えを返した。

「まず始めに、城に行きましょう。」

レーゲは、そういうと勝手に階段を上り始める。俺は今すぐにでもあの魔物たちを蹴散らそうと言う衝動を持っていたが、やむなくレーゲの後を追う事にした。

龍の呪いとは何だ、と尋ねると、レーゲはこの町の成り立ちを静かに語り始める。この街がまだ貧しかったころ、ある身元の分からない商人が船に乗ってこの街へ流れ着いてきた。商人は不審に思われ領主との面会の間へ通されると、そこで彼の商品をすべて並べられる事になった。そのうちの一つに、青く半透明の、そしてその商人の座高ほどもある巨大なビンがそこにはあった。その中は得体の知れない液体で満たされ、それに漬かるようにして、紫色の巨大な心臓が体と切り離されているにもかかわらず、脈打っていたと言われる。商人はそれを龍の心臓と呼んだが、そのころから、竜の名を騙った商品は贋作ばかりが出回っていたために、龍の名を冠した商品は売ってはならず、領主らによって没収されるべきと言う決まりごとが為されていた。こうしてその心臓は領主の手に渡り、長らくどこかに隠されていた。しかし、街が発展を遂げてゆくにつれ、龍の心臓によって街が栄えたのだと言う者が現れ始めた。そのものたちは集まり、一つの神殿を経て、そこに龍の心臓を安置して、信仰の対象とした。それが十年前の事で、神殿に集う人々はこの町の半分を占めるまでになっていた。そしてそのときから、神殿に集う人々の体に黒いうろこが見られるようになり、意識を失い暴れまわるものさえ現れ始めた。龍の心臓はまた城のどこかに保管されることになったが、それでも、その変化は収まることはなく,時が立つに連れて、人としての形をこの街の人々は無くしていった。残った半分の人々のうち大多数はこの街から逃げていったが、未だ残った者たちがおり、その中にあの老婆やレーゲが含まれているのだという。

「龍の心臓は崇められることを忌み嫌ったので、人々に災厄をもたらしたと言われている。けれど、どうして、怪物にまでするほど強い呪いを龍の心臓は人々に振りまいたのかしら。」

レーゲはそう疑問を口にする。しかし俺には、全く別の方面から来る、明確な恐れが生じていた。

「レーゲと言ったか。あれら、あの黒い異形たちは、元は人間であったと。」

そう口を出た問いに、少女は当たり前のことのように、そうよ、と返す。

「私はあの怪物たちを見ても、哀れみだとか、やるせなさとかは感じないけれど。ハインリヒさんは、もしかして、そのような繊細な感性をお持ちなのかしら。」

レーゲはそう言うと、意地の悪い笑みを浮かべる。別段驚きはしなかった。この質問は、自分自身に本来向けられるべき問いなのだから。かつて人であったものが、その域からはぐれ、人に怪物として認知されるようになる、そのときに、もし、その異形の中に人の魂が残っているならば、俺はそれを人間であるとしようと、そう思ってきた。しかし、今眼下に広がり街路を染める黒い影どもは、かつて人間であったが、倒すべき敵なのだ。もし、彼らに剣を向けるという事は、俺が県を向けえられる事を、俺自身が容認する事にもなるだろう。

村長の言う『同属殺し』、その真意が見えたように思える。私は彼らに研を振り下ろすと共に、自らの喉元にも剣を振り下ろす事になる。彼らを一人殺すたび、私の人間としての心は朽ちてゆくのだろう。それが、たまらなく恐ろしい。

三段目の、最後の踊り場にたどり着く。振り返ってみれば、あの黒い異形はさらに小さく見えて、彼らの目的地の海の青が、ようやく視界に移った。彼らの中で、こちらの姿に気付くものはいない。海岸には黒い波が押し寄せ、ただ一つの意思を感じさせるように、海に向かってなだれ込んでゆく。一度海に潜った彼らは、沖へ上がることはぜず、そこでただ、意味もなく浮かんでいる。それが、水死体のように見えてしまう。人でなくなった彼らは、彼ら自身でその命に終わりを与えているのだろうか、とふと、そのようなことを想像して、どこか羨ましく見つめている自分がいる。死ぬ事を望んでいるのではない。自らの決断で終わりを見つけようとすることの愚かさを、俺はすでに知ってしまっている。生きている事は、必ずしもシアワセであるとは限らない。しかし、そのような死に方ができるのは、傲慢の極致であるとしか言いようがないだろう。海に浮かんでいる彼らは、まだ死んではいないのよ、とレーゲは、感傷を壊してしまったらすみませんね、と、また悪辣な笑みを浮かべる。感傷は嫌いか、と言うと肯定して、そんなことができるほど、あなたは何かを成したわけでもないでしょうに、と言う。

「感傷に浸れる事が許されるのは、きっと神様だけよ。感傷なんて贅沢なもの、人間が持つべきではないの。」

このような光景を見ても尚、レーゲは、その固有名詞を口にする。このようなときに、大抵の人なら、神などいないとでも言うのではないのだろうか。いや、それこそ贅沢な感傷というものだろう。一時の感情に流されて、神が存在と消滅を繰り返すなど、ばかばかしいにも程がある。だが、そのようなばかばかしさこそが、人間の心につながっている。黒い人形が海を埋めてゆく。そこに漂うのは、一体いかなる感傷なのであろうか。

階段を登る。白磁の表面はどれも塵一つ見られない。これまでもそうであったし、この先の階段も同様に、人の通った跡など見られないほどに、恐ろしいほど綺麗である。ここを登る人は、龍の呪いが発生する以前でも、一年にほんの数人しかいなかったのだと言う。海を渡ってきた人々が見る白でありためか、かなり厳密に経穴は守られているのだと言う。しかし、今となっては、その役割を負った掃除人などは見られず、ただ二つの足音だけが響いている。体感だけでは廃墟のように思えるが、何一つ汚されていないこの城は、何者かの意識を強く感じる。見えない視線のようなものに、絶えず見られているような、気配がする。

そして城門の前へと、俺はたどり着く。瑠璃色の城門は両開きに造られ、つたのような装飾に赤めのうの宝石が枝葉に実る果実のようにちりばめられている。伝承によれば、龍は怒ったときその眼を赤く染めるのだという。海の国に突如としてもたらされた繁栄の果実が、このような滅びの赤めのうだとは、いったい誰が予想しえたであろうか。近づくと、城門の両隣に居た白い鎧兜に身を包んだ衛兵がこちらに向かってきた。彼らもまた、心臓の呪いに罹ってはいない。

「我が国の王は、ただ今執務の最中ですので、お引取りいただきたい。」

左右の衛兵が同じ文言を重ねて言った。俺の素顔を見ても眉一つ動かさないそのありように、俺は少し違和感を覚える。俺は彼らの要求に応じる気はなかったが、彼らに問いたいことがあった。

「なぜ君たち衛兵たちは、あの龍の呪いに罹っていないのかね。」

すぐに、右の衛兵が答える。意表をついたはずの質問のはずなのに、たやすく答えてみせる。

「はっ。それは、われらが王の恩寵によるのであります。」

俺はその言葉に水の底で息ができなくなるような、会話の余地のない密閉感が含まれている事を読み取ったが、次に声を発したのはレーゲである。

「この街に王などいない。あるのは見逃された残虐と恥ずべき傲慢の担い手だけだ。」

そして、レーゲは左手の側に寄せると、虫でも払うかのような仕草をする。通常であればまったく意味を持たない動きだが、このとき、あるいは彼女の場合は違った。レーゲ野手の動きに沿うように突風が吹き抜け、衛兵二人を巻き上げたのだ。彼らは瞬間中に浮き、彼らの守るべき城門に背中を打ち付けると、そのまま仰向けに落下する。地面に衝突した衛兵らは、そのままの姿勢で動かない。何をした、と聞くと、レーゲは、いずれ分かるさ、とはぐらかす。魔術の類かとも聞いてみたが、それには首を横に振り、こちらを振り返って言う。

「あんな猿真似以下の欠陥を、話に出すのはやめてほしい。」

道端で犬の糞でも見つけたような、心底嫌そうな表情で、レーゲはそう言って青い扉の右片方に両手で触れる。俺は目の前に転がった二体の鎧を着た何かを見やる。衝撃で鎧兜ははがれ、その中身が剥き出しになっている。鎧の中身は人の形をかたどっただけの土塊であり、そのうちの一つでは、兜と共に、首から上がごろりと転げ落ちる。人間のように見せるために、普段は人間の魂を入れて運用されるゴーレムと名の付く魔物である。魔術によって生み出されたそれは、なるほど、欠陥に害の何物でもなかった。俺はそれらが地上に墜落したそのとき、彼らの魂にはどくやるせない気持ちになった。人の魂はあれど、こればかりは俺は人とは呼びたくはない、とそう思ったからだ。そうそれこそ、土くれから作られたと言うアダムを参考にして、人の手によって創られたあるまじき冒涜の手段であろう。魂は一度でも肉体から離れれば、その体は命を失う。そのことを知っていながら、このような木偶人形が存在すると言う事が、いつしか怒りを掻き立てていた。それでも、その土くれを俺はどうしても蹴飛ばす事は出来ず、鎧を持ち、門の端へと追いやってから、左側の門扉に手を掛ける。そんな行動を見たレーゲは、またもくすくすと笑って言う。

「ハインリヒ。そんなことしていたら、この先命がいくつあっても足りないよ。」

分かっている、とだけ、俺は返した。そして、同時に、同質の力が加えられたためか、一双の門扉はゆっくりと轟音を立てて開き始める。
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