神獣の花嫁

綾里 ハスミ

文字の大きさ
上 下
17 / 34

17

しおりを挟む



 水天が家の周囲の草を踏んで道を作っていると、彼は再び現れた。

「こんにちは」

 顔をあげると、以前と同じ役人の着物を着た青嵐が立っている。水天は驚いて、握っていた鎌を落としてしまう。
 青嵐が慌てて側に寄って、足元に落ちた鎌を拾い上げる。

「大丈夫ですか」

 彼には心配ばかりされている気がする。

「す、すいません」

 鎌を受け取って、腰帯にさす。

「お久しぶりです、青嵐さん。また会えて嬉しいです」
「私も水天さんに、また会えて嬉しいですよ」

 青嵐がにっこり笑う。

「少し母に挨拶して来ますね。その後、よければ一緒に山を歩きませんか」
「え、俺とですか」
「久しぶりの山道なので、一人では不安なんです」

 青嵐は、背は高いのだが文学少年っぽいほっそりとした青年だった。

「わ、わかりました」

 頼られた事が嬉しくて、強く頷いた。

「では、この辺りでお待ちください」

 青嵐が家に入る。中から二人の話し声が聞こえる。楽しげな親子の会話を聞いていると、水天は嬉しい気持ちになった。今まで他人の親子の会話を聞いても、そんな気持ちになった事は無いのに。

『あんたは私の息子のようなものなんだから』
『私達の家に帰りましょう』

 過去の二人の言葉を思い出して、水天は頭をかく。他人だと思っていたけれど、彼らは水天の事を家族のように思ってくれていた。だから、二人が喜ぶと嬉しいのかもしれない。

(俺の家族か……)

 目に涙がにじむ。青嵐が外に出て来る気配を感じて、すぐに涙を拭った。


***


 青嵐と二人、山の中を歩く。

 『不安』だと言っていたが、彼はしっかりとした足取りで山道を歩いている。かなりの速さで歩いていて、おそらくあの健脚は夕星譲りなのだろう。

「水天さん、足元に気をつけてくださいね。そこは地盤が緩いので、滑りやすいです」
「はい……」 

 こうして、水天の方にも気を配ってくれる。青嵐は前を進みながら、周囲の様子を見ていた。久しぶりの山を眺めて楽しんでいると言うより、山の様子を鋭く観察しているように見える。屈んで、足下のキノコに触れる。笠の大きなキノコが、木にたっぷりと生えている。あれは、味噌汁に入れると美味しいのだ。

「水天さん」
「はい」
「この山の様子で、変わった事はありませんか」
「変わった事ですか……」

 水天は少し考える、しかし特に思いつかない。

「特には……」
「そうですか……」

 青嵐は立ち上がって遠くを見る。

「確かに、この山は私がかつて住んでていた頃と変わりがないように感じます。その事に安心しました」

 彼は口元を緩めて笑みを作る。しかし、遠くを見る彼の視線は悲しげだった。

「水天さんは、この国の状況をご存知ですか?」
「あの、すいません。俺は外の事は全然知らないんです」

 そもそもこの国の生まれではない。

「……実は灯国全体の土地が少しずつ枯れていっているんです」

 水天は驚く。

「そ、そうなんですか……」
「この山に住んでいると、あまりそう感じないかもしれませんね。ですが、山から下りて村の方に行くと、飢饉の前兆は既に起き始めています……収穫した野菜の中身がスカスカだったりね」
「そ、そうなんですか……」
「私はその調査の為に、派遣されて来たんですよ」
「凄い仕事をなさってるんですね」 

 青嵐が笑みを見せる。

「国を背負う仕事です。その重要性を上は理解していないようですが……」

 どこか疲れた様子の青嵐が、水天は心配になる。

「あの、川の方に行きませんか。良かったら、魚釣りでも……」
「……気を使わせてしまいましたね。ありがとうございます」
「いえ……」

 二人で川に下りて、岩に座って釣り糸を垂らした。静かな沈黙が続く。

「母が貴方を気に入っているのが、わかる気がします」
「そ、そうですか?」
「貴方には、人を和ませる才能がある」

(そんなの初めて言われた……)

「この山を彷徨っていたと言う事は、何かご事情があるのでしょう。困った事があったら、私の事も頼ってください」
「ありがとうございます」

 水天は、頬が熱くなるのを感じながら彼の親切心に感謝した。


 
 その後、魚を釣って家に帰り、三人で夕飯を食べた。 

「青嵐、仕事ん方はどやんね」

 夕星が尋ねる。

「ぼちぼちですね……」

 青嵐が苦く笑う。

「大変そうだね……」

 夕星が心配そうに見る。

「大丈夫です。いずれ必ず解決の緒は見えます」

 夕星を安心させる為に、青嵐は笑みを見せた。

「ところで母上にもお聞きしたいのですが、最近山の方はどうですか」

 夕星が、茶を飲みながら笑う。

「最近、お山が元気で嬉しかね。夫と住んどった時んごたー」

 その言葉に水天は驚く。水天はまだこの山に来て一年目だったので、これが普通なのだろうと思っていたが、長く山に住む夕星にしてみると、山には変化があったらしい。

「おや、そうなんですね。何か山が元気になった原因があるんでしょうか」

 夕星は笑みを深くする。

「白蛇様がいらっしゃたっとたい」

 青嵐が片眉をあげる。

「しろ……へび……?」
「水天が山で怪我した白蛇様ばお助けしたんや。それからたい、山がこげん風に生き生きしたんは。きっと、福ん神である白蛇様が祝福してくれとるんやろね」

 嬉しげに言う夕星の言葉に、青嵐は眉をすぼめた。彼にしては珍しい表情に、水天は驚く。

「そうですか……」

 しかし青嵐は、それ以上何も言わずに茶を飲んだ。


つづく

しおりを挟む

処理中です...