6 / 9
6.
王城の大会議室には、各領の貴族たちが集まっていた。
そこで再会したエドガーは、以前より明らかにやつれていた。上等な服を着ているのに、どこか余裕がない。隣にはミレイユもいるが、かつての儚げな美しさはそのままに、目元にはぴりぴりとした苛立ちが滲んでいる。
私の姿を見た瞬間、二人の表情が固まった。
「リネット……」
エドガーが呟く。
私は軽く会釈するだけに留めた。公の場で私情を挟むつもりはない。
会議が始まると、王都近郊の被害状況と、各領の備蓄量、代替供給路の確保について議論が進む。
そして案の定、ヴァレント侯爵領の報告はひどかった。
「備蓄量が不明とはどういうことだ」
王太子殿下が厳しい声で問う。
エドガーが冷や汗を浮かべる。
「そ、その……現在確認中でして」
「瘴気汚染が広がり始めてから何日経ったと思っている」
「担当者の引き継ぎに不備があり……」
ざわ、と周囲がどよめく。
担当者の引き継ぎ。その言葉だけで、多くの人が事情を察したのだろう。私がヴァレント家の実務を支えていたことを知る者も少なくない。
「では、クロフォード公爵家はどうだ」
水を向けられたクロフォード公爵は、いつも通り淡々と答えた。
「北方の備蓄量は基準値を二割上回っている。余剰分の一部を融通可能だ。ただし輸送路の最適化が必要になるため、王都側で馬車と人員を出してもらいたい」
「見事だな。隣の補佐官の仕事かな?」
王太子殿下の問いに、クロフォード公爵は誇らしげに答えた。
「ええ。筆頭補佐官、リネット・アスターの仕事です」
広い会議室の視線が、いっせいに私へ集まる。
ざわめきの中で、私は一歩前に出た。
「僭越ながら、補足いたします。瘴気汚染は水脈を通じて広がるため、被害領地に直接物資を送るだけでは遅れが出ます。まず中継地点を三か所設け、そこへ優先的に浄化済みの水と保存食を集めるべきです」
机上に広げられた地図に印をつけながら説明する。
「また、ヴァレント領周辺は南東の旧街道が最短ですが、荷崩れしやすい難所があります。秋雨の後は通行に向きません。西側の丘陵路を使ったほうが、時間は少しかかっても結果的に安定します」
言い終えると、会議室は静まり返った。
王太子殿下が感心したように頷く。
「明快だ。クロフォード公、実に良い補佐官を得たな」
「ええ。私には過ぎた人材です」
さらりとそう返され、胸が熱くなる。
そのときだった。
「お待ちください!」
甲高い声で立ち上がったのは、ミレイユだった。
「その案は……その案はもともと、エドガー様が有事に備えて考えたものです。姉がそれを持ち出したのではありませんか?」
一瞬、空気が張り詰める。
私は驚かなかった。
彼女なら、そう言うと思っていたから。
エドガーがはっとしたように顔を上げる。追い詰められているせいか、その主張にすがりたいのだろう。
「た、確かに……似たような話を以前――」
「似たような話?」
クロフォード公爵の声は静かだった。
けれど、その静けさが逆に恐ろしい。
「では証拠を出せ。」
「そ、それは……」
「出せないのか。こちらには証拠があるが。リネットあれを」
「はい」
私は鞄からクロフォード公爵に言われて持ってきた資料の束を取り出した。
「これはリネット自身がまとめた経営のアイディア帳だ。ヴァレント家の領地改善策も、備蓄計画も、流通整理案も、複数の案が記録されている。日付入りでな。」
エドガーが渡された書類の束を見て、顔色が死人のようになる。
「先程の案は、確かにヴァレントにいた頃に着想したものですが、全て私が一人で考えまとめたものです。エドガー様はその時、聞く耳すら持って頂けませんでした。ヴァレント家に資料がないのはそのためです」
「証拠保全は基本だ、ヴァレント令息。まさか君たちがここまで愚かだとは思わなかったよ」
クロフォード公爵が淡々と言う。
会議室がざわめく。
視線、視線、視線。
今度はミレイユの顔から血の気が引き、エドガーは唇を震わせた。
「お姉様……。お姉様は、私たちに復讐がしたかったんですね」
お得意の上目遣い、瞳を涙で震わせこちらを見る。
「復讐?」
私は静かに首をかしげた。
「私たちを祝福するかのように見せて、初めから復讐をするために備えてたなんて。本当にひどい。私たった一人の姉として信じていたのに」
「あなたがいつも私の足をすくおうとしてくるから、そうならないように備えていただけです」
「違う、私はそんな」
ミレイユが泣きはじめた。思い通りにいかないことがあると、昔からそうだ。隣のエドガーは立場上慰めてはいるが、心ここにあらずといった表情だ。
「ヴァレント令息夫人をつまみ出せ。これでは会議にならん」
王太子殿下が深いため息をつく。ミレイユが泣き叫びながら部屋を出されたが、私は不思議なくらい冷静だった。
ざまあみろ、と胸がすくような快感がないわけではない。
でもそれ以上に、終わったのだと思った。
長く私を縛っていたものが、ようやく全部。
そこで再会したエドガーは、以前より明らかにやつれていた。上等な服を着ているのに、どこか余裕がない。隣にはミレイユもいるが、かつての儚げな美しさはそのままに、目元にはぴりぴりとした苛立ちが滲んでいる。
私の姿を見た瞬間、二人の表情が固まった。
「リネット……」
エドガーが呟く。
私は軽く会釈するだけに留めた。公の場で私情を挟むつもりはない。
会議が始まると、王都近郊の被害状況と、各領の備蓄量、代替供給路の確保について議論が進む。
そして案の定、ヴァレント侯爵領の報告はひどかった。
「備蓄量が不明とはどういうことだ」
王太子殿下が厳しい声で問う。
エドガーが冷や汗を浮かべる。
「そ、その……現在確認中でして」
「瘴気汚染が広がり始めてから何日経ったと思っている」
「担当者の引き継ぎに不備があり……」
ざわ、と周囲がどよめく。
担当者の引き継ぎ。その言葉だけで、多くの人が事情を察したのだろう。私がヴァレント家の実務を支えていたことを知る者も少なくない。
「では、クロフォード公爵家はどうだ」
水を向けられたクロフォード公爵は、いつも通り淡々と答えた。
「北方の備蓄量は基準値を二割上回っている。余剰分の一部を融通可能だ。ただし輸送路の最適化が必要になるため、王都側で馬車と人員を出してもらいたい」
「見事だな。隣の補佐官の仕事かな?」
王太子殿下の問いに、クロフォード公爵は誇らしげに答えた。
「ええ。筆頭補佐官、リネット・アスターの仕事です」
広い会議室の視線が、いっせいに私へ集まる。
ざわめきの中で、私は一歩前に出た。
「僭越ながら、補足いたします。瘴気汚染は水脈を通じて広がるため、被害領地に直接物資を送るだけでは遅れが出ます。まず中継地点を三か所設け、そこへ優先的に浄化済みの水と保存食を集めるべきです」
机上に広げられた地図に印をつけながら説明する。
「また、ヴァレント領周辺は南東の旧街道が最短ですが、荷崩れしやすい難所があります。秋雨の後は通行に向きません。西側の丘陵路を使ったほうが、時間は少しかかっても結果的に安定します」
言い終えると、会議室は静まり返った。
王太子殿下が感心したように頷く。
「明快だ。クロフォード公、実に良い補佐官を得たな」
「ええ。私には過ぎた人材です」
さらりとそう返され、胸が熱くなる。
そのときだった。
「お待ちください!」
甲高い声で立ち上がったのは、ミレイユだった。
「その案は……その案はもともと、エドガー様が有事に備えて考えたものです。姉がそれを持ち出したのではありませんか?」
一瞬、空気が張り詰める。
私は驚かなかった。
彼女なら、そう言うと思っていたから。
エドガーがはっとしたように顔を上げる。追い詰められているせいか、その主張にすがりたいのだろう。
「た、確かに……似たような話を以前――」
「似たような話?」
クロフォード公爵の声は静かだった。
けれど、その静けさが逆に恐ろしい。
「では証拠を出せ。」
「そ、それは……」
「出せないのか。こちらには証拠があるが。リネットあれを」
「はい」
私は鞄からクロフォード公爵に言われて持ってきた資料の束を取り出した。
「これはリネット自身がまとめた経営のアイディア帳だ。ヴァレント家の領地改善策も、備蓄計画も、流通整理案も、複数の案が記録されている。日付入りでな。」
エドガーが渡された書類の束を見て、顔色が死人のようになる。
「先程の案は、確かにヴァレントにいた頃に着想したものですが、全て私が一人で考えまとめたものです。エドガー様はその時、聞く耳すら持って頂けませんでした。ヴァレント家に資料がないのはそのためです」
「証拠保全は基本だ、ヴァレント令息。まさか君たちがここまで愚かだとは思わなかったよ」
クロフォード公爵が淡々と言う。
会議室がざわめく。
視線、視線、視線。
今度はミレイユの顔から血の気が引き、エドガーは唇を震わせた。
「お姉様……。お姉様は、私たちに復讐がしたかったんですね」
お得意の上目遣い、瞳を涙で震わせこちらを見る。
「復讐?」
私は静かに首をかしげた。
「私たちを祝福するかのように見せて、初めから復讐をするために備えてたなんて。本当にひどい。私たった一人の姉として信じていたのに」
「あなたがいつも私の足をすくおうとしてくるから、そうならないように備えていただけです」
「違う、私はそんな」
ミレイユが泣きはじめた。思い通りにいかないことがあると、昔からそうだ。隣のエドガーは立場上慰めてはいるが、心ここにあらずといった表情だ。
「ヴァレント令息夫人をつまみ出せ。これでは会議にならん」
王太子殿下が深いため息をつく。ミレイユが泣き叫びながら部屋を出されたが、私は不思議なくらい冷静だった。
ざまあみろ、と胸がすくような快感がないわけではない。
でもそれ以上に、終わったのだと思った。
長く私を縛っていたものが、ようやく全部。
あなたにおすすめの小説
氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
知らないうちに離婚されていた男爵令嬢は実家に帰ることにしました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
結婚して1年。
元・貴族令嬢エヴェリナは、平民商人の夫にこき使われ、自分の時間すら奪われていた。
久しぶりの自由時間を楽しんで帰宅すると、門番が立ち塞がり──
「ここより先には立ち入れません」
夫が勝手に離婚届を偽造し、彼女を家から追放した。
さらに「不貞の証拠」として、エヴェリナのサインを悪用した偽装契約書まで作成。
名誉を守るため裁判へ挑むが、そこで明らかになったのは──
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。ご都合主義です。
わたしがお屋敷を去った結果
柚木ゆず
恋愛
両親、妹、婚約者、使用人。ロドレル子爵令嬢カプシーヌは周囲の人々から理不尽に疎まれ酷い扱いを受け続けており、これ以上はこの場所で生きていけないと感じ人知れずお屋敷を去りました。
――カプシーヌさえいなくなれば、何もかもうまく行く――。
――カプシーヌがいなくなったおかげで、嬉しいことが起きるようになった――。
関係者たちは大喜びしていましたが、誰もまだ知りません。今まで幸せな日常を過ごせていたのはカプシーヌのおかげで、そんな彼女が居なくなったことで自分達の人生は間もなく180度変わってしまうことを。
17日本編完結。4月1日より、それぞれのその後を描く番外編の投稿をさせていただきます。
「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!
恋せよ恋
恋愛
夢は、お父様のようなエリート外交官!
なのに、王太子の婚約者候補に選ばれたフローレンス。
初恋をこじらせて意地悪ばかりする王子を華麗にスルーし、
目指すは国外脱出!
「今さら愛してるとか、どの口が言ってるんですか?」
後悔する王子×ハイスペ令嬢の、大逆転ラブコメディ!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
「君を抱くつもりはない」初夜に拒絶した公爵様、身代わりの後妻(私)が姉の忘れ形見を守り抜く間に、なぜか執着が始まっています?
恋せよ恋
恋愛
「私は君を愛さない。僕の妻は、亡きフィオーラだけだ」
初夜の晩、初恋の人パトリックから告げられたのは、
凍りつくような拒絶だった。
パトリックの妻・姉フィオーラの出産後の不幸な死。
その「身代わり」として公爵家に嫁いだ平凡な妹ステファニー。
姉の忘れ形見である嫡男リチャードは放置され、衰弱。
乳母ナタリーの嘲笑、主治医の裏切り、そして実家の冷遇。
不器用で健気な後妻が、真実の愛と家族の絆を取り戻す、
逆転のシンデレラストーリー。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜
恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」
命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。
その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。
私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、
隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。
毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた
その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。
……しかし、その手紙は「裏切り」だった。
夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。
身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。
果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。
子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!