婚約者を病弱な妹に譲れと言われた夜、冷徹公爵が「では君は私がもらう」と手を差し伸べてくれました

ゆぷしろん

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 王城の大会議室には、各領の貴族たちが集まっていた。

 そこで再会したエドガーは、以前より明らかにやつれていた。上等な服を着ているのに、どこか余裕がない。隣にはミレイユもいるが、かつての儚げな美しさはそのままに、目元にはぴりぴりとした苛立ちが滲んでいる。

 私の姿を見た瞬間、二人の表情が固まった。

「リネット……」

 エドガーが呟く。

 私は軽く会釈するだけに留めた。公の場で私情を挟むつもりはない。

 会議が始まると、王都近郊の被害状況と、各領の備蓄量、代替供給路の確保について議論が進む。

 そして案の定、ヴァレント侯爵領の報告はひどかった。

「備蓄量が不明とはどういうことだ」

 王太子殿下が厳しい声で問う。

 エドガーが冷や汗を浮かべる。

「そ、その……現在確認中でして」

「瘴気汚染が広がり始めてから何日経ったと思っている」

「担当者の引き継ぎに不備があり……」

 ざわ、と周囲がどよめく。

 担当者の引き継ぎ。その言葉だけで、多くの人が事情を察したのだろう。私がヴァレント家の実務を支えていたことを知る者も少なくない。

「では、クロフォード公爵家はどうだ」

 水を向けられたクロフォード公爵は、いつも通り淡々と答えた。

「北方の備蓄量は基準値を二割上回っている。余剰分の一部を融通可能だ。ただし輸送路の最適化が必要になるため、王都側で馬車と人員を出してもらいたい」

「見事だな。隣の補佐官の仕事かな?」

 王太子殿下の問いに、クロフォード公爵は誇らしげに答えた。

「ええ。筆頭補佐官、リネット・アスターの仕事です」

 広い会議室の視線が、いっせいに私へ集まる。

 ざわめきの中で、私は一歩前に出た。

「僭越ながら、補足いたします。瘴気汚染は水脈を通じて広がるため、被害領地に直接物資を送るだけでは遅れが出ます。まず中継地点を三か所設け、そこへ優先的に浄化済みの水と保存食を集めるべきです」

 机上に広げられた地図に印をつけながら説明する。

「また、ヴァレント領周辺は南東の旧街道が最短ですが、荷崩れしやすい難所があります。秋雨の後は通行に向きません。西側の丘陵路を使ったほうが、時間は少しかかっても結果的に安定します」

 言い終えると、会議室は静まり返った。

 王太子殿下が感心したように頷く。

「明快だ。クロフォード公、実に良い補佐官を得たな」

「ええ。私には過ぎた人材です」

 さらりとそう返され、胸が熱くなる。

 そのときだった。

「お待ちください!」

 甲高い声で立ち上がったのは、ミレイユだった。

「その案は……その案はもともと、エドガー様が有事に備えて考えたものです。姉がそれを持ち出したのではありませんか?」

 一瞬、空気が張り詰める。

 私は驚かなかった。

 彼女なら、そう言うと思っていたから。

 エドガーがはっとしたように顔を上げる。追い詰められているせいか、その主張にすがりたいのだろう。

「た、確かに……似たような話を以前――」

「似たような話?」

 クロフォード公爵の声は静かだった。

 けれど、その静けさが逆に恐ろしい。

「では証拠を出せ。」

「そ、それは……」

「出せないのか。こちらには証拠があるが。リネットあれを」

「はい」

 私は鞄からクロフォード公爵に言われて持ってきた資料の束を取り出した。

「これはリネット自身がまとめた経営のアイディア帳だ。ヴァレント家の領地改善策も、備蓄計画も、流通整理案も、複数の案が記録されている。日付入りでな。」

 エドガーが渡された書類の束を見て、顔色が死人のようになる。

「先程の案は、確かにヴァレントにいた頃に着想したものですが、全て私が一人で考えまとめたものです。エドガー様はその時、聞く耳すら持って頂けませんでした。ヴァレント家に資料がないのはそのためです」

「証拠保全は基本だ、ヴァレント令息。まさか君たちがここまで愚かだとは思わなかったよ」

 クロフォード公爵が淡々と言う。

 会議室がざわめく。

 視線、視線、視線。

 今度はミレイユの顔から血の気が引き、エドガーは唇を震わせた。

「お姉様……。お姉様は、私たちに復讐がしたかったんですね」

 お得意の上目遣い、瞳を涙で震わせこちらを見る。

「復讐?」

 私は静かに首をかしげた。

「私たちを祝福するかのように見せて、初めから復讐をするために備えてたなんて。本当にひどい。私たった一人の姉として信じていたのに」

「あなたがいつも私の足をすくおうとしてくるから、そうならないように備えていただけです」

「違う、私はそんな」 

 ミレイユが泣きはじめた。思い通りにいかないことがあると、昔からそうだ。隣のエドガーは立場上慰めてはいるが、心ここにあらずといった表情だ。

「ヴァレント令息夫人をつまみ出せ。これでは会議にならん」

 王太子殿下が深いため息をつく。ミレイユが泣き叫びながら部屋を出されたが、私は不思議なくらい冷静だった。

 ざまあみろ、と胸がすくような快感がないわけではない。

 でもそれ以上に、終わったのだと思った。

 長く私を縛っていたものが、ようやく全部。
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