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1.
処刑台の上で、セレフィナはようやく気づいた。
自分は、夫を愛していたのではない。
夫に必要とされることに、しがみついていただけなのだと。
「伯爵夫人セレフィナ・エーヴェルス。聖女アメリアへの呪詛、並びに王家への反逆の罪により、死刑を言い渡す」
王都の中央広場は、群衆のざわめきで満ちていた。
石畳を踏む靴音。遠巻きに囁き合う貴婦人たち。面白がるような視線。憐れむような視線。誰もが、罪人を見る目をしている。
けれどセレフィナは知っていた。
この場にいる誰よりも、自分が無実であることを。
両手首には拘束の鎖。純白だった処刑用のドレスは灰に汚れ、裾は泥に濡れている。長い銀髪は乱れ、首筋には痩せた影が落ちていた。
少し離れた高台には、夫のレオンがいた。
その腕の中には、聖女アメリアがいる。
レオンは一度も、セレフィナを見なかった。
三年前。
戦場で瀕死だった彼を救ったのは、セレフィナだった。
セレフィナには稀少な治癒魔法があった。だがそれは、普通の治癒ではない。癒やした傷を自分へ移す、忌まわしい力だった。
骨折を治せば、自分の骨にひびが入る。
毒を祓えば、自分の喉が焼ける。
深い裂傷を塞げば、自分の肌が裂ける。
致命傷を閉じれば、その分だけ寿命が削れる。
父はその力を隠したかった。
母は泣いて止めた。
それでもセレフィナはレオンを救った。
愛していたからだ。
『君だけが頼りだ、フィナ』
その一言で、どれほど痛くても耐えられた。
レオンが苦しんでいるなら、代わってやりたいと思った。
妻とはそういうものだと、本気で信じていた。
戦場の矢傷。
魔物討伐で受けた呪傷。
舞踏会での毒。
聖女アメリアを庇って負った脇腹の刺傷。
何度も何度も、セレフィナはレオンの傷を引き受けた。
そのたびに、指先の感覚は鈍り、息は浅くなり、階段を上がるだけで目の前が暗くなった。
それでもレオンは言った。
『君は丈夫だから大丈夫だろう?』
大丈夫ではなかった。
ただ、そう言われるたびに「役に立てる」と思ってしまっただけだ。
そして最後には、アメリアを呪った罪まで背負わされた。
レオンにとってセレフィナは、愛しい妻ではなく。
便利で壊れにくい道具だったのだ。
「何か、言い残すことはあるか」
処刑人の問いに、セレフィナはゆっくり目を開けた。
青ざめた唇が、かすかに笑う。
「……来世があるなら」
もう、誰にも届かない願いだと思った。
「もう二度と、あなたの傷は引き受けません」
刃が振り下ろされる。
その瞬間、世界が白く弾けた。
自分は、夫を愛していたのではない。
夫に必要とされることに、しがみついていただけなのだと。
「伯爵夫人セレフィナ・エーヴェルス。聖女アメリアへの呪詛、並びに王家への反逆の罪により、死刑を言い渡す」
王都の中央広場は、群衆のざわめきで満ちていた。
石畳を踏む靴音。遠巻きに囁き合う貴婦人たち。面白がるような視線。憐れむような視線。誰もが、罪人を見る目をしている。
けれどセレフィナは知っていた。
この場にいる誰よりも、自分が無実であることを。
両手首には拘束の鎖。純白だった処刑用のドレスは灰に汚れ、裾は泥に濡れている。長い銀髪は乱れ、首筋には痩せた影が落ちていた。
少し離れた高台には、夫のレオンがいた。
その腕の中には、聖女アメリアがいる。
レオンは一度も、セレフィナを見なかった。
三年前。
戦場で瀕死だった彼を救ったのは、セレフィナだった。
セレフィナには稀少な治癒魔法があった。だがそれは、普通の治癒ではない。癒やした傷を自分へ移す、忌まわしい力だった。
骨折を治せば、自分の骨にひびが入る。
毒を祓えば、自分の喉が焼ける。
深い裂傷を塞げば、自分の肌が裂ける。
致命傷を閉じれば、その分だけ寿命が削れる。
父はその力を隠したかった。
母は泣いて止めた。
それでもセレフィナはレオンを救った。
愛していたからだ。
『君だけが頼りだ、フィナ』
その一言で、どれほど痛くても耐えられた。
レオンが苦しんでいるなら、代わってやりたいと思った。
妻とはそういうものだと、本気で信じていた。
戦場の矢傷。
魔物討伐で受けた呪傷。
舞踏会での毒。
聖女アメリアを庇って負った脇腹の刺傷。
何度も何度も、セレフィナはレオンの傷を引き受けた。
そのたびに、指先の感覚は鈍り、息は浅くなり、階段を上がるだけで目の前が暗くなった。
それでもレオンは言った。
『君は丈夫だから大丈夫だろう?』
大丈夫ではなかった。
ただ、そう言われるたびに「役に立てる」と思ってしまっただけだ。
そして最後には、アメリアを呪った罪まで背負わされた。
レオンにとってセレフィナは、愛しい妻ではなく。
便利で壊れにくい道具だったのだ。
「何か、言い残すことはあるか」
処刑人の問いに、セレフィナはゆっくり目を開けた。
青ざめた唇が、かすかに笑う。
「……来世があるなら」
もう、誰にも届かない願いだと思った。
「もう二度と、あなたの傷は引き受けません」
刃が振り下ろされる。
その瞬間、世界が白く弾けた。
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