もう二度と、あなたの傷を引き受けません ~死に戻った治癒師伯爵夫人は、冷血公爵の最愛になる~

ゆぷしろん

文字の大きさ
4 / 10

4.

 離縁騒動の翌朝、王都は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 献身的な伯爵夫人が突如として夫を捨てた。
 いや、伯爵が妻の命を食い物にしていた。
 聖女アメリアと伯爵の距離が近いように感じた。
 なんだ、夫婦の痴話喧嘩か。

 噂は好き勝手に膨らんだ。

 セレフィナは実家フォルナー伯爵家の離れへ戻り、ひとまず王都の喧騒から距離を置くことにした。
 父は驚きつつも、娘の顔色を見て何も責めなかった。
 母は泣いて抱き締めた。

「ごめんなさい、お母様」
「何を謝るの。あなたが生きて帰ってきてくれただけでいいのよ」

 その言葉に、セレフィナは少しだけ泣いた。
 前世では、処刑台に立つ時まで親不孝ばかりだったと思ったから。

 離れでの生活は静かだった。
 温かいスープ。乾いた寝具。薬臭くない部屋。自分のためだけに淹れられたお茶。
 それらが信じられないほど愛おしい。

 だが、平穏は長く続かなかった。

 七日後。
 グレイヴァルト公爵家の使者が訪れた。

「公爵閣下がお目通りを願っております」

 応接間に現れたディートハルトは、祝賀会の夜と同じく威圧感のある男だった。
 高い背。無駄のない動作。切り揃えられた黒髪。冷えたような黒い瞳。

 けれど、その目はセレフィナを値踏みしていなかった。
 必要以上に近づかず、距離を測るように向かいへ腰掛ける。

「先日はお見事でした」
「褒め言葉として受け取ってよろしいのですか」
「はい。あれ以上利用される前に切ったのは正解です」

 ずけずけした物言いなのに、不思議と不快ではない。
 慰めでも同情でもなく、ただ事実として言っているからだろう。

「本日は、何のご用でしょう」
「取引を申し込みに参りました」

 ディートハルトは一通の書類を机に置いた。

「北辺境で奇病が流行しています。発熱、皮膚の黒変、咳と喀血。通常の治癒では進行を止められない。あなたなら原因の見当がつくかもしれない」
「わたくしの力を使え、と?」
「いいえ」

 即答だった。

「必要なのは、あなたの代償つきの治癒ではなく、知識と診断です」
「……どうして、わたくしに」
「あなたは治癒師である前に、研究者でしょう」

 セレフィナは目を見張った。

 そんなふうに言われたのは、初めてだった。
 誰もが彼女を“奇跡の治癒師”か“献身的な伯爵夫人”としてしか見てこなかった。
 薬草学と呪術医学に没頭していた少女時代も、診断書と症例記録を好む性格も、皆にとっては些細なことだった。

 この男だけが、そこを見ている。

「報酬は望む額を。人員も設備も用意する。護衛もつけます。無論、断ってくださって構いません」
「どうして、そんな好待遇なんですか?力を使わないのに。」
「あなたの知識にそれだけの価値があるからです。それとこれ以上、命を安売りしてほしくない」

 淡々とした口調なのに、どこか切実だった。

 セレフィナは迷った。
 辺境は遠い。危険かもしれない。王都から離れることにも不安はある。
 けれど同時に、ここに留まればまた他の誰かに力を、そして命を消費されるかもしれないと思った。

 研究者として働く。
 誰かの妻ではなく、自分の足で立つ。

「……行きます」
「助かります」
「ただし条件があります」
「伺います」
「わたくしを可哀想な女として扱わないでください」
「心得ました」
「それから、わたくしが無理をしそうになったら止めてください」
「それは」
 ディートハルトの口元が、わずかに緩んだ。
「最初から、そのつもりです」
感想 1

あなたにおすすめの小説

姉が私の聖魔法を借りパクしていたので、そろそろ返してもらいます

こじまき
恋愛
【全3話】 双子の姉ルミナに聖魔法を「借りパク」され、無能の妹として小さな部屋に閉じ込められて生きてきたノクシア。 誰にも信じてもらえず、自分で自分を疑ってすらいた彼女だったが、傷ついた一羽のカラスを救ったことから運命が変わる。 奪われた力も、人生も、そろそろ返してもらおうか――逆転ざまぁ短編。 ※小説家になろうにも投稿します。

愛人は貴族の嗜み?それなら私は天才王子の公妾になりますね

こじまき
恋愛
【全5話】 「愛人は貴族の嗜み」とのたまう婚約者に悩むエルミナ。婚約破棄もできず我慢を強いられる中、「魔法の天才」と名高い第二王子オルフェウスから「私の公妾にならないか」と提案される。 それは既婚者のみが使える一手。そして婚約者が酔いしれる「男のロマン」を完全に叩き潰す一手だった。「正妻にも愛人にも愛される俺」を気取っていたレオンは、天才王子と互いを選び合ったエルミナを前に、崩れ落ちる。 そしてエルミナは「天才王子の最愛」となるのだった。 ※「小説家になろう」にも投稿予定

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

大人しい令嬢は怒りません。ただ二年間、準備していただけです。――婚約解消の申請が受理されましたので、失礼いたします

柴田はつみ
恋愛
婚約者に、誕生日を忘れられた。 正確には、忘れられたわけではない。 エドワード・ヴァルト公爵はちゃんと覚えていた。 記念のディナーも、予約していた。 薔薇だって、一輪、用意していた。 ただ――幼馴染のクロエ・アンセル伯爵令嬢から使いが来た瞬間、全部置いて行ってしまっただけだ。 「すぐ戻る」 彼が戻ったのは、三時間後だった。 蝋燭は溶け切り、料理は冷え、ワインは乾いていた。 それでもリーゼロッテ・フォン・アルテンベルクは、笑顔で座って待っていた。 「ええ、大丈夫でございます。お気遣いなく」 完璧な微笑みで、完璧にそう言った。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!