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踊って呑んで出会した!

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「何だろう。ゾクゾクする…。風邪でも引いたか…」

ホテルの窓際に立ち、先程の黒装束の女がホテルから出て行く姿を眺めながら、ラムランサンは訳わからない悪寒が背筋を走るのを感じていた。
両腕を摩りながら女の歩いて行く方をずっと眺めている。

「どうされました?何か良くない罫でも出ましたかな?それとも本当にお風邪を召しましたかな?」

ラムランサンの背後からそっとロンバードがその肩にブランケットを掛けて気遣った。

「王女は恐らくこの国から出ていない。だが不思議なことに沢山の気配が分散しているのだ」
「それは…どういうことですかな?」
「王女はもしかしたら既に亡くなっているかもしれない。だが…それにしては沢山の彼女の気配を感じるのだ」
「その事、あの女性には仰られたのですか?」

ラムランサンは大きく一つ息をついて首を横に振った。

「…いいや、もっとはっきりした事が見えなければ迂闊な事は言えぬ。
それにしても…、姿を消す前に彼女はいったい何を私に占って欲しかったのか…」

ラムランサンは纏ったブランケットを肩からヒラリと脱いでロンバードに放り投げるとドアの方へと歩き出す。

「ロンバード、婿候補だった二人の王子に会うぞ。できるだけ早くアポイントを取ってくれ」
「ラム様、どちらへ?」
「きな臭い情報を集めるにはホテルのカジノが最適だ!いくぞ、ロンバード!」

威勢よくドアを開けたラムランサンを慌ててロンバードが追いかける。

「ラム様、ですが…、少々お待ちを」
「つべこべ言うな!お前はついて来ればいい」

ホテルの廊下を民族衣装を翻しながら猛然と歩くラムランサンの後ろをロンバードはせかせかついて来る。

「はあ、ですがラム様?」
「何だ鬱陶しい!」
「この国にカジノはありませんが…」
「なっ、…早く言え!」



ロンバードが理不尽な主人の叱責を受けている頃、マシなジャケットとパンツを誂えてもらったイーサンは店の入り口でもじもじとしていた。

「馬子にも衣装だな、イーサン。良いところのお坊ちゃんに見えなくもないぞ、大丈夫だ。誰もお前を取って食いはしない。いつもの調子で強気に行け!」

イーサンの背中をノーランマークが気合を入れるように一つ叩く。

「そんなこと言ったって無理だよ!だいたいジャケットが無いと入れない店なんて僕は来たこともない」

いつもラフな格好しかした事がないイーサンは、ブルーの洒落たジャケットに身を包んでいるものの、お世辞にも着慣れているとは言い難い。
一方のノーランマークはと言えば、派手なスーツを着崩して、いかにも場慣れした遊び人と言った風体だ。

「大丈夫だ、びくつくな!こう言う場所の噂話は結構、役に立つんだぜ?行くぞ!」

ノーランマークがバーのドアを開けると大音量が吹き出してきた。
極彩色のレーザーが飛び交い、パリピな人々が髪を振り乱して跳ねていた。
バーというよりもまるでクラブのようだった。
皆酒のグラスを手にして騒ぐ姿は、とてもここがイスラム圏だとは思えない。
ヨーロッパで良く見かける光景だった。

「な、な、何なんですか?ここは!」

イーサンは物心ついた頃から孤島の城で過ごし、だいぶ世間離れした暮らをして来た。そんな人間にこの場所は相当衝撃的だったかもしれない。
慣れない大音量に耳を押さえて目を白黒させていた。

「あの城、無くなって良かったのかもな!あそこしか知らないでじいさんになっていたら、お前は生きた化石同然だ!もっと遊べ若者!」

ノーランマークは揶揄う気持ちよりも、むしろイーサンに同情していた。

「ええ?!なんて言ったんですか?!」

店内の奥にあるバーカウンターへとノーランマークはズンズンと歩いていく。それをイーサンが追いかける。

「テキーラサンライズ!二つ!」

ノーランマークが酒を注文すると、鮮やかな手つきのバーテンダーが瞬く間にカクテルを作っていき、手元に滑って来たグラスを一つイーサンに押し付けるように手渡した。

「ほれ、お前も呑め!強いから一気に行くな…よ」

ノーランマークの忠告は遅かった。喉の渇きにイーサンは一気にカクテルを煽っていた。

「おお~行くね~イーサン!」

イーサンの呑みっぷりに触発されてかノーランマークも一気にグラスを煽り空けた。

「かー!!イイね!効くぜ!
行くぞイーサン!突撃だ!」

景気づいたノーランマークは光と音と人々の輪の中へとダイブして行った。


「ねえねえ
  ここで今何が
    流行ってる?」

「ヤバイに
  凄い酒が
   あるって噂
ホント?」

「その酒
  呑んだこと
ある?」

「悪い人達が
 集まるとこ
   知らない?」

「面白い噂
  何でも聞かせて」

人々の間をするすると移動しながノーランマークは密造酒に繋がりそうな話をかき集めた。
そんな中、大音量をつんざく悲鳴がフロアに響いた。


「キャーーー!!」

ノーランマークが振り向いた時、誰かが人混みに倒れるのが見えた。

「なんだ?何があった!おい、見てこいイーサン!……イーサン?」

後ろにいるはずのイーサンがいない。嫌な予感が走ってノーランマークは慌てて倒れた人物の所へと人混みを分けた。
そこには見覚えのあるブルーのジャケットがうつ伏せに倒れているのが見えた。

「イーサン!!」

慌ててノーランマークがイーサンへと駆け寄った時、もう一人誰かが同じように人混みの中からイーサンに駆け寄った。

「イーサン!何でお前がここにいるのだ!」

同時にイーサンを抱き起こしながら二人の視線がかち合った。

「ノーラン…マーク…っ!」

「げっ!ラム!!」

運命の悪戯は、何処にいても二人を引き合わせずにはいられないらしい。
こうして二人は踊って呑んで出会した。

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