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昔の仲間は今の敵

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アスコット。
それは孤児院時代、まだ幼かったノーランマークの唯一の友であり、家族に近い存在だった。
いわゆる悪友という奴で、二人で連《つる》んでは悪いことばかりしていた頃があった。
そんなある日、窮屈で退屈な孤児院を二人揃って飛び出した。
最初は盗みや詐欺や殺されてもおかしくないようなヤバい事に手を染めて行ったが、いつの間にか二人は袂を分つようになっていた。
それは同じ悪道でも、ノーランマークとアスコットでは人間性に決定的な違いがあったからに他ならない。
己の欲望のためならば、簡単にその手を血で穢せる非情なアスコットと、極力殺さずを信条とする情に脆いノーランマーク。
勿論、ノーランマークとて綺麗な身の上ではないのだが、このアスコットと言う男は、いつだって悪い方へ悪い方へと簡単に流されていく。
そしてそれを目下の愉しみとしているような奴なのだ。
十年以上も遠ざかっていた男だったが、つい三ヶ月前、とある陰謀に加担したアスコットはラムランサンの命を狙いに絶海の孤島へと私兵を引き連れて乗り込んできたのだ。
そして長いこと、ラムランサンの一族が守って来たタカランダの城と神殿に破壊の限りを尽くし、ノーランマークとアスコットは死闘を繰り広げた。
二人は今や敵と味方。
いや、そんな生優しいものではない。
ラムランサンと自分とを互いの目の前で犯すと言う、極悪非道を尽くした男なのだ。
そんな男のくせにイイ加減で軽く、かつて一度きりノーランマークと身体の関係を持ったが故に、未だにノーランマークに固執して、ラムランサンを恋敵としているのだ。
その時ノーランマークはボロ雑巾のようになりながらも命からがら島と城から脱出し、三ヶ月かけてようやく動けるようになった所なのだ。

そんな男がなぜ目の前に再び現れたのか。
今度はどんな悪巧みに加担していると言うのか。

腹立たしさと忌々しさを滲ませながら、ノーランマークは宮殿の中に消えて行った男を物陰から燃えるような眼差しで睨みつけていた。





「来たなアスコット。遅いではないか!」

イェハーン王子はイライラしながらアスコットを待っていた。
部屋に通されるや否や、アスコットはイェハーンにどやされた。

「これはこれは殿下、申し訳ござ候《そうろう》。遅まきながら殿下の御《おん》ため、このアスコット、推参《すいさん》つかまつりました」

わざとらしい程の丁寧な挨拶は返って慇懃無礼。
お調子者のアスコットらしく口角を持ち上げながら胸に手を当てて深々とお辞儀して見せた。
このアスコット、今は貿易商と言う尤もらしい名目で商売をしているが、本当の所は武器から麻薬から偽宝石、アブナイものを右から左、殺しの依頼や人攫い、破壊工作などもも請け負う相変わらずの危ない男だった。

「まったく!貴様は調子の良い奴だ。信用ならんが、金さえ払えばどんな依頼も嫌とは言わん」
「褒めていただいているやら貶されているやら。今回はどのようなヤバい御用向きで。また例のワインでも売り捌きましょうか?」
「アスコット!この部屋でを滅多な事を口してはならん!」

イェハーンは侍従達の目を気にするように目を左右にギョロつかせて怒鳴った。

「あー…ハイハイ分かった!分かりましたよ。じゃあいったいどんな誤用向きですか」

うるさいな。臆病者の変態め。

アスコットはそう思いながらミュージシャンのような赤いロングヘアを掻き上げ、小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべていた。

イェハーンはアスコットの足元にページを開いた雑誌を投げて寄越した。

「この女を調べて来い。場合によっては拐《かどわ》かしても構わん」

開いたままの雑誌を拾わずにアスコットはしゃがんでその雑誌を覗き込む。
美しく小さな白い顔。
太く黒いアイラインに妖しい光を湛えた双眸。
艶かしいほどの綺麗なラインを持つ肢体に小さく縦長の臍が飾りのようについている。

「誰です?このそそられる美人は」
「今ヤバイで流行っている美人占い師だ」
「へえ?今度はこの美女がターゲットですか」
「口を慎め!取り敢えず何者か知りたいだけだ!」
「そんな事なら城の侍従達でも充分じゃ無いの?」
「それが随分と厄介な連中が取り巻いておってな。並の占い師というわけでも無さそうなのだ。その女が何者か…、貴様に調べてもらいたいのだ」
「ふうん、てっきり俺は…、」

そう言いかけてアスコットは口を噤んでまあ良いかと肩を窄めて見せた。

「報酬は弾んでもらうよ?」
「分かっておるわ!くれぐれも隠密行動を心がけよ、
万が一この事が世間に漏れたら」
「分かってますって、闇から闇へと葬られるんですよねえ?」

それには返答せずに、タシール王子はアスコットに背を向け、部屋を退出して行った。

「ふふん、まあ良いさ。そうやってお前は俺を見くびっていれば良い。その方が俺には好都合だ。
だけどなあ、このかわい子ちゃんどっかで見た顔だけどなあ…どーこだったかなぁ?むふふ、俺好みのかわい子ちゃん。待ってな、俺が丸裸にしてやろう!」

やっと雑誌を拾い上げたアスコットの人差し指が、写真の身体のラインを舐めるようにイヤラシくらなぞっていた。



「帰るから車、回してねん(はぁと)なんちゃって」

ふざけた調子で宮殿の中から足取り軽く出てくると、アスコットは何かの気配を感じて辺りを伺った。

「うん?なになに?泥棒さーん、襲っちゃやーよ、なんちって~うふふ、、、?!」

その時、植え込みがガサリと音を立てた。腕が二本伸びて来ていきなりアスコットは襟首を猫のように掴まれ、背後から口を塞がれて
植え込みへと強引に引き摺り込まれた。

「~~~!!!」

あっという間の出来事だった。

「お前、ここで何してる。
うろちょろ邪魔だ。今度こそブチ殺すぞ!」

耳元近くで押し殺した低い男の声がアスコットを脅した。
喉元には先の鋭いナイフが突き立てられ、アスコットが少しでも身動《みじろ》ごうものならきっと一突きにされる。
そんな殺気と距離だった。
だが脅している筈の男のこめかみ辺りで銃のトリガーを引く音がした。

「残念だったね、俺がそんなに不用心だとでも思った?
…刺したら撃つよ、ノーランマーク。…お前なんだろう?」

街路樹の茂みの中で男二人、銃とナイフで脅しあっていた。

「生きていたのか、ノーランマーク」
「驚いたかアスコット。死ぬほどオレ達を甚振った自覚はあるってわけか。
良いぜ撃てよ。その代わり一人じゃ逝かせん!」

本気の切先がアスコットの喉元に食い込み、僅かに鮮血を滴らせた。彼の本気を見てとったアスコットは思わず叫んだ。

「ギブだ!ノーランマーク!ギブギブ!」
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