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急転直下の悪魔の血祭り

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「こ~んにちは!仔猫ちゃん、お久しぶり」

忘れもしないこの男アスコット。
城を破壊し、己を犯させノーランマークまで己の目の前で犯した男。
三ヶ月前の怒りと屈辱そのものが今目の前に立っていた。

「なんでお前がここにいる!ノーランマークはどうした!」

青ざめて唇を震わせながらラムランサンはアスコットを睨みつけ、咄嗟に右手が腰の鞭を弄るが、ボディチェックの時に取り上げられていた事に気づいた。

「お~怖い怖い、可愛い顔が台無しだ。それはこっちの台詞なんだけどなぁ?
いったいヤバイ国王なんかに会ってどうするつもり?」

腕組みを解いた指先が、つ、とラムランサンの顎先に触れた時、アスコットの耳元で風鳴りがした。
ロンバードの鋭く細いスピアがその耳を掠め、アスコットは寸での所でそれを躱していた。

「ラム様に触れたらこれで目を串刺しにして差し上げますぞ。それとも耳の方が惜しいですかな?」

指の間に三本の鋭いスピアを覗かせながらロンバードはラムランサンを庇うように前に出た。

「まだ生きていたのかロンバード卿。そろそろ引退されたかと…」
「お前のような輩がいるのでおちおち歳も取っておられんっ……覇《は》っ!」

そう叫ぶとロンバードは七十歳とは思えぬ身のこなしでアスコットに踊りかかった。

「年寄りが元気なのはいい事だが…っ、元気すぎるのは問題だな!」

ロンバードが繰り出してくるスピアの鉄拳をアスコットは器用に右に左に躱し、隙をついて今度はロンバードに回し蹴りで反撃を試みる。
それは連続でロンバードを襲ったが、ロンバードはそれをひらりひらりと躱し続けた。

「入り口でボディチェック受けたんだろう?なんでそんな危ないモン持ってんだジジイ!」
「こんな小さなスピアのニ本や三本、隠せるところは沢山あるとノーランマークに聞いたものですから!」
「ふ、あいつの入れ知恵か!」

廊下での小競り合いは気付けば十人くらいの乱闘になっていた。
年寄り一人にアスコットの兵隊が十人。
だが、誰もロンバードに擦りもしていないのだ。
それどころか十人いた敵は気付けば三人になっていた。

「ちっ、めんどくせえ年寄りだ。埒があかねえ!撤収するぞ!」

そう言うとアスコットはあっさりとその場から消えていった。
流石のロンバードも息を切らせながら背後のラムランサンを気遣った。

「ラム様、危険です!私たちも今日のところは帰りましょう!王様には突然体調が悪くなったと…」

そう言いかけて、気配がない事に気がついた。
不審に思ったロンバードが振り返ると、そこにいる筈のラムランサンの姿が忽然と消えていたのである。

「ラム様?…ラム様!!しまった、私としたことが!」





「ふふっ、ほんとうだぁ、この子男の子だよ?兄さん。綺麗だねえ」

ねっとりとした声がラムランサンの浅い目覚めを誘った。
気分は酷く悪かった。
頭が痛み、胸苦しい。
あの時、ロンバードとアスコットに気を取られていたほんの一瞬の隙に、背後から何者かに薬の染み込んだ布を口にあてがわれた。それは思い出せたのだが、そこから意識が途切れていた。
薄らと目を開けるとそこに見えたのは、緩んだ顔のタシール王子と顰めっ面の中にもやや興奮の色を浴びたイェハーン王子の顔があった。
ラムランサンが起きあがろうともがくと、四肢が痺れて動かない。

「ゔぅ、ここはどこだ!私を拉致したのか?!」
「起きたのかい?美人占い師さん、まさか男の子だったとは思わなかったよぉ、僕たちを騙すなんてひどいじゃないかぁ、そのままでも十分綺麗なのにぃ」

その言葉でラムランサンは己の有様に気がついた。
服は剥ぎ取られ寝台のような所に仰向けで転がされ、手首は寝台にロープで括り付けられていた。
周りはまるで手術室のように無機質で、何に使うか分からないような器具がステンレスの台に並べられている。その中には外科手術などに使う電動鋸のようなものまであった。
ビニールのカーテンがそこかしこから垂れ下がり、この部屋には優しいものなど一つも見当たらない。
今まで数々の恐ろしい目に遭ってきたと言うのに、それとは比べられない程のとてつもない恐怖がラムランサンを襲っていた。
きっと、自分は間違いなく王子達に玩具にされるのだろう。
だが、ただ強姦されるだけとは到底思えない部屋だった。

「な、何するつもりだ!私をどうするつもりなのだ!」

眦を釣り上げ血相を変え、額に汗を滲ませながら腕を激しく揺さぶったが、寝台がガタガタと軋むだけで逃れられぬ絶望感を更に味わうだけだった。

「お前は人の頭の中を覗けるのだろう?ならば思う存分視るがいい。どうせ生きて宮殿の外には出られん」
「兄さんは直ぐに殺せって言ったんだけど、僕が命乞いをしてあげたんだ。
勿体無いよって。死んじゃう前に皆んなで気持ちよくなろうよ、ね?」

ゾッとした。悪魔の血祭りが始まるのかと思うといっそ一思いに殺してほしいとさえ思う。

タシールの汗ばんだ手が、ラムランサンの胸から腹をゆっくりとなぞる。
その感触に怖気上がりながら、ラムランサンは腹にしまわれたタカランダの御神体『神託の輝石』に意識を集中させた。
このまま何も知らずに殺されたくはない。

ただで殺られるもんか!
視てやる!
お前たちの中身を全部視てやる!!

「好きなだけ…私を…貪れっ!」

ラムランサンは覚悟を決めていた。
その身を王子達に差し出してまで、その中身を探ろうとしていた。自分が見たものは何だったのか。王子達がしてきた所業とは何なのか。
殺されてもただでは殺されたくはない。
ラムランサンの瞳が深い紫の光を浴び始めた。
タシールに触れられながら意識はその手を伝ってその内部へと潜り込んで行く。

内部へ、内部へ

深く。

深く。
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