幻の背《せな》

mono黒

文字の大きさ
8 / 52

思い浮かぶ顔

しおりを挟む
あんな風に瀬尾に啖呵を切ったものの、これまで何人もの捜査員が動員され調べつくされていた。同じように同じところを聞き込みをしてみても、そうそう新しい事実は見つからない。何か別のアプローチが必要だった。
そもそも二件の刺青殺人と矢立カオル殺しに因果関係があるとしてそれは何だ。

久我の足は自然と繁華街へと向いていた。
真昼の繁華街は夜に花開くための鋭気を養う時間帯だ。どの店も閉まり、夜の顔とはまったく別の世界のように見える。
そんな場所で、早朝、カオルは腹を刺されて死んでいた。久我は今、その現場に立っている。
そこにはまだ沢山の捜査員が残って事件の後始末をしていた。路上には血液を洗い流した跡がまだ生々しく残るそんな中、久我の目に一人の女が目に止まる。こんな昼間に不似合いな、けばけばしい化粧の短いスカートを履いた女。
その女は抱えていた花束をそっと現場近くの壁に立てかけると手を合わせていた。思わず久我はその女に声をかけた。

「あの、すいません。貴女殺された男の知り合いですか?」

女はきょとんとした顔で微妙な頷きを返して寄越した。

「しりあいってゆーかぁ、お客さん?アタシそこの店で働いてるんだー」

女が指差したのはソープ(特殊浴場)の入ったビルだった。女はそこで働く風俗嬢らしく、話を聞くとその店の常連だった矢立カオルは死ぬ前にこの女の店に立ち寄っていたと言う。

「その時、彼についておかしな事はありませんでしたか。いつもと違った所は…」
「カオルちゃんがちよっとおかしいのはいつもの事だしぃ、あ。でもなんかぁ、近々金が入るんだとかなんとか言ってはしゃいでました。絵がどうとかでぇ、親分に手土産?とかなんとか…?良く分かんないけど…」
「絵?なんの絵ですか?」
「そこまでは知らなーい」
「親分って、鹿島周吾の事ですか?」
「多分ねー。カオルちゃんはその鹿島なんちゃらの子分だったから」

女の話はもどかしく要領を得なかったが、どうやらカオルはその"絵"とやらに関係して殺されたと推察された。
そして二番目に殺された鹿島の舎弟もまた、絵画のブローカーに会うと言ったきり音信が途絶えたと鹿島が言っていた。
鹿島興業からの帰り道、後藤もその絵画のブローカーを探ってみろと久我に言っていたのを思い出す。

ブローカー、ブローカー、ブローカー。その絵画のブローカーが何だと言うんだ!ヤクザと絵画のブローカー。全く関係なさそうな両者にいったいどんな繋がりがあると言うんだ!

久我は片っ端から絵画を専門に扱うブローカーに電話で接触を試みた。だがヤクザの三文字を口に出した途端にみな一様に口を閉ざしてしまう。返ってそれが怪しさを漂わせた。
どれもこれも突き詰めて行くと袋小路だった。ただ時間だけが刻々と過ぎて行く。外はもう夜の帳が降りる時刻になっていた。
路駐した車の中から見るネオンの街並みは久我の焦りとは無関係にいつもの瞬きを繰り返し、久我が今日やってきた事全てをその日常に包んで飲み込んで行くようだった。
だが、そうやって明日を振り出しに戻す訳にはいかないのだ。
あの時の撫川の動揺した瞳に焦燥感を煽られる。撫川を救えるのは自分しかいないと訳もなく思う。
自分が撫川を事件の被疑者と言う以外に、もっと個人的な感情で見ていることに、久我は薄々気が付いていた。
なぜ同性である男にこんな気持ちを抱くのか訳がわからない。だが今はそんな事で頭を悩ますわけには行かないのだ。
もっと冷静に、客観的になれと久我は自分自身を叱りつけていた。


撫川はあの医務室にいた。
久我が戻ってくる三十八時間まで逮捕勾留はしないと言う約束を瀬尾が守ってくれていたが、医務室で毛布を手渡されたと言う事は、暗に身柄拘束はしないがここで休めと言うことなのだ。
逮捕もしていない者を身柄拘束は出来ない決まりがある。ましてや留置所に留め置くことも出来ず、瀬尾としても苦肉の策だったのだろう。
窓の外には枯れ枝の先に引っかかった三日月が冴え冴えと撫川を見下ろしていた。

何故、久我はあんなに必死で自分などを助けてくれようと言うのだろう。
久我の必死さに比べると、私選弁護人すら頼まなかった自分は、久我の誠意に全く釣り合っていないと申し訳ない気持ちだった。
もし、このまま冤罪となっても別に構わないと思う。何なら死刑でもいい。
どうせ六年前から自分を待っている人などいないのだから。
この六年間、枕の下にナイフをいつも忍ばせていた。夜中に思い立って直ぐに死ねるように。
今が死に時なんじゃ無いか?
そう思って何度もビルの屋上に立った。
迷いは無いはずなのに、なぜかいつも死にあぐねた。
久我が必死に助けようとしてくれる気持ちに自分は全くそぐわない。
撫川は一人暗い医務室のベットの上で、必死に瀬尾に食い下がる久我の顔が思い浮かんでいた。
鹿島周吾の顔では無く、久我の顔を…。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

流れる星は海に還る

藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。 組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。 <登場人物> 辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。 若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。 中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。 ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。 表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...