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第一章 幼な妻の輿入れ
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しおりを挟む結婚式の当日、初夜。
慣例どおり花嫁の寝室に通されたマティアスは部屋に充満する甘い香りに眉を顰めた。
女を抱くことを促す香。
この香りの中には、それによって報酬を得る大人の女がいるべきだ。
なのに、寝台の前には歳の割にも華奢な十四の少女が、どうやって調べたのか、マティアス好みの夜着に身を包んで佇んでいた。
「不束者でございますが、精一杯つとめさせていただきます。これからよろしくお願いいたします」
一礼をしてこちらに向き直った、王族の姻戚に相応しい柔らかい微笑み。同じ笑顔を強いられてきたマティアスは、これは一切の感情を殺した社交界における武装だと知っている。
マティアスがこんな風に笑えるようになったのはほんのここ数年で、この少女の歳の頃は詮無い正義感と戯れていたように思う。
シルバーブロンドのウェーブの髪が揺れて、柔らかそうに照明の灯りを弾く。翠みの青い瞳に色素の薄い肌。少し紅く染まった頬が可愛い。
―――可愛い、が、こんな子どもを喜んで抱くと思われているなら屈辱だな……
「―――少し、座って話さないか」
「はい」
侍女が用意していたティーセットで少女が紅茶を淹れてくれている間、どう切り出したものか悩んだが、遠回しに言っても詮無い事と思い、彼女が座ったタイミングでマティアスは口を開いた。
「―――俺は、貴女を抱くつもりはない」
不思議そうに手を止める彼女に重ねて言う。
「申し訳ないが、今回の結婚は母が強引に押し進めた。体裁のため式を取りやめる事も出来ず情けないことだが、納得していない事はずっと主張している。
五年もすれば領地の権利移譲も落ち着くだろうし、母も離婚に納得すると思う。その時貴女はまだ十九かそこらだろう。俺が責任を持って新しい嫁ぎ先を見つけると約束する」
少女は何を言われているのか上手く飲み込めないらしく、大きな目をぱちぱちと瞬いた。
「もちろんその間にも不自由はさせない。失礼だが貴女の実家にいるよりは豊かな生活を保証しよう。
王都にしかない菓子や舞台もあるし、遊学にでも来たと割り切ってもらいたい」
少しの沈黙の後、彼女は手元の紅茶に視線を落とした。
「……あの」
「うん」
「おそれながら、殿下には思いを寄せる方がいらっしゃるのはお聞きしています。わたくしは、その、」
「誰がそんなことを」
「え……」
「ゴルドか。あいつ」
「いえ、あの」
リリアの眉が困惑したように下がる。情報源を軽く口にしない思慮深さは、流石アリーダ女史の教育だと感心する。
「ゴルドは母上の懐刀だが俺とは殆ど関係ない。あいつの言うことは真に受けなくていい。今回のこととクラウディアとは関係ない」
「クラウディア様……」
しまった、余計なことを。
「とにかく、今日はそれだけ伝えにきた。貴女も長丁場の式でお疲れだろう。ゆっくり休んでくれ」
「……わたくしを娶るおつもりがないなら、領地のことは……」
「今更権利移譲を止めるのは無理だ。あれは支援金の対価であって、貴女の輿入れは領民の反発を和らげるだけの意味しかない。どちらにしてもアルムベルク領は我が家の支援なしでは再建も難しいだろう」
「それは……そうなのでしょうけども、………でも、では、ゴルド様がお約束くださったことは……」
「悪いが、俺は何も聞いていない」
一応、婚礼にあたり交わした契約書には隅々まで目を通した。ゴルドも油断ならないが、母が何を忍ばせているか分かったものではないからだ。しかしアルムベルクから王弟に譲渡される権利が長々と連なるだけで、こちらからリリアや公爵家に約束されたものは支援金以外には見当たらなかった。
ティーカップに添えられた小さな手が小刻みに震えている。
先程までほんのりと桃色だった顔色が、可哀想なほどに白く色を失った。
ゴルドめ。こんな少女に何を適当なことを吹き込んでその気にさせたんだ。
「……あの、ですが、ゴルド様は、もしわたくしが殿下の寵を」
「すまない。結婚している間は不自由もあるかもしれないが堪えてくれ。仕事を残して来ているので失礼する」
「お待ちください! あの、わたくし、殿下のお気に召すよう、いかようにも努めます! ですから」
「すまない」
「でもゴルド様は……あの、わたくし、殿下がクラウディア様のところに通われても決して」
「クラウディアは王太子妃だ! 通う訳がないだろう!
彼女を貴女のような王族になら誰にでも股を開く女と一緒にしないでもらいたい!」
マティアスは勢いに任せて扉を閉め、彼女の部屋を後にした。
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