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第五章 幼な妻の誕生日
05
しおりを挟むヴィリテ城の庭園に淡い春の花が咲き乱れ、王宮のサロンでは定例の社交会が開かれる。
本日は爵位を持つ者のみが参加を許され、お付きの者は入場できない。いつもはマティアスの侍従として参加しているアーネストも今日はビュッセル伯爵令息として盛装をしていた。
顔立ちがどうというより、アーネストは立ち居振る舞いが粋だ。暗い赤のウエストコートに金糸の刺繍が施された、凡百の男では逆に着られてしまうであろう華美な衣装。それを着こなしているアーネストの立ち姿はさながら舞台俳優のようだった。
久しぶりのアーネストの盛装に色めき立つ令嬢たち。流石のリリアにもこれがかっこいいことは分かる。
「アーネスト、いつもかっこいいですけど、今日は一段とかっこいいですね。いつもは侍従の服なの、勿体ないのでは」
「ありがとう。こういうのは、たまに着るからよりかっこよく見えるんだよ。今度マティアスの分も作らせようか」
「俺にそんな服が似合う訳ないだろう。ちゃっかり引き立て役にしようとするんじゃない」
「大丈夫、どんなにピエロっぽくても、お前の嫁さんセンスゼロだから褒めてくれるよ」
「リリア、どさくさに紛れて馬鹿にされてるぞ。怒れ」
「はい」
レースの手袋をした手で拳を作ってリリアはアーネストをぽこぽこと殴る。
笑って退散するアーネストは、帰りに合流しよう、と手を振って人だかりに消えた。
入れ替わるように、橙色の明るいドレスを着た赤毛の女性がマティアスたちに気付き歩み寄ってくる。
アーネストの妹のマーリンだ。
「お久しぶりですマティアスお従兄様、
ごきげんよう、リリア様」
「ああ、久しぶりだな」
「ごきげんよう、マーリン様。先日はご招待ありがとうございました」
「貴女が社交場に来るのは珍しいな。とうとう叔母上に怒られたのか」
マーリンは元気の良い娘だが社交場のような格式ばった場所は苦手らしく、他の令嬢たちと歌劇や演劇を観たり物語を読んだりばかりでなかなか男と交流しようとしない。
今年で十八歳になるというのに婚約者もおらず、文を交わす相手もいないようだ。歴史が好きで、リリアの博識に惚れ込んでおり、最近は会いたい人と問われればリリアの名前ばかり挙げるらしい。
「お母様にも怒られたし、コンラートお兄様にも怒られました。今日も、声をかけてもらえたらとりあえず交流してみなさいって……
お父様は、男性に興味なければずっと家にいても良いよって仰ってくださるのに」
しょんぼりと目を伏せるマーリン。
確かにビュッセル伯爵家には有り余る資金があり、望まぬ結婚をする必要はない。しかし理由もなく適齢期を過ぎた女性の結婚相手の選択肢が狭まっていく事も確かだ。
「それは、後から興味が湧いても難しいこともあるから、心配してるんだよ」
「分かってますけど……
アーネストお兄様なんか、酷いんですよ。
十人前なんだから若いうちじゃないと売れないとか、色気が足りないとか、いっぺんくらい男に騙されてこいとか、言いたい放題」
「アーネストがそんな事を言うんですか?」
目を丸くするリリアにマーリンは力説する。
「言うんですよ!
もうほんと、デリカシーないって言うか、性格悪いって言うか……外面ばっかり良い、女性の敵です! 恋人も取っ替え引っ替えで、大体円満に別れてるけど、たまに家にも怨恨の手紙が届きます」
「それは大変ですね」
「その点、リリア様は大成功ですよ!
マティアスお従兄様ならお優しいし、会話はつまらないかもしれませんけどそういうのが浮気しない良い夫です! 仏頂面も肩書目当ての女除けだと思えば長所です。
私も結婚するならマティアスお従兄様みたいな朴念仁にします」
言いたいだけ言い放ってマーリンは笑顔で令嬢たちの輪に戻っていった。
リリアがマティアスを見上げると、朴念仁の眉間に深い皺が寄っている。知らない女性が見れば怒っている様にも見える仏頂面で、マティアスは苦い声を出す。
「………デリカシーのなさは、兄に負けず劣らずだ……」
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