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第六章 王甥殿下の責務
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しおりを挟む数日間の道程を逆に辿り、マティアスとリリアは王都へ戻る。
マティアスの屋敷に到着した時には、国境から飛ばした早馬によって出迎えの準備は整い、王弟レイナードとユルゲン宰相が待っていた。
先に馬車から降りたマティアスは、タラップを降りるリリアの手をとる。リリアの足が屋敷のアプローチを踏む。下男が下ろされた荷物を台車に乗せて屋敷へ入っていくのを見て、漸く帰ってきたのだと実感が沸いた。
いつもと同じように出迎えるワグナーの後ろに、腕を組んだアーネストがいる。駆け寄ろうと足を出したところで、後ろに立っていたリリアがしゃがみ込んだ。
「リリア?」
華奢な身体はそのまま蹲るように地面に倒れた。
「リリアちゃん!?」
アーネストが駆け寄る。
マティアスが抱き上げて覗きこむと、真っ青な顔に冷や汗が噴き出していた。
「リリアちゃん、どうしたんだ」
「分からない、さっきまで普通だった。
もしかしたら、数日前にゼルゼアを口にしたせいかもしれない。ワグナー、リリアの部屋に侍医を呼んでくれ」
執事が踵を返して屋敷の奥へ戻り、マティアスはリリアを抱えたままアーネストと階段を昇る。
「ゼルゼア? って聞いたことあるな、なんだっけ」
「猛毒だ。薬にもなるらしくて、リリアは人に飲ませる為に口に含んでいた。一旦回復すれば残らないものの筈だが」
「猛毒……」
「ケルビーに色々薬を貰っていたようなんだ」
寝台に旅装束のままのリリアを横たえる。
リリアは縮こまったまま青い顔で浅く呼吸をしていた。
アーネストはリリアの横に腰掛けて、汗で額に貼り付いたリリアの髪をそっと流した。
「………この子は……そんなものを、持っていってたのか」
アーネストの横顔の、痛々しいものを見るような悲しさに、マティアスは束の間息を呑む。
「風邪薬とかと一緒に―――そういえば、ゼルゼアなんかよく持っていたな……」
お陰でマティアスは命拾いした。
たった一日の準備期間に弔意の布を準備してきたことにも驚いた。知識のない自分は身辺整理をすることくらいしかできなかったのに、このか弱い少女は彼の地で少しでも良い条件を引き出す準備をしていたのだ。ゼルゼアも、あの蠍という生き物に備えていたのだろうか。
そんなことを考えていると、アーネストがマティアスに向き直って言う。
「―――そりゃあ、いざとなったら、お前を苦しめずに殺す為だろ」
アーネストの静かな―――予想もできなかった答に、マティアスは言葉を失った。
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