【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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おまけ

六月の閨事情 04

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 少し、整理しよう。
 今後の夫婦生活がかかっている。

 リリアが嫌だと泣くなら一生素人童貞でもいい。しかしそうでないなら、抱きたい。待てと言うなら待てる。強引に手に入れたい欲が全然ない訳ではないが、それよりも許されて受け入れられたい。

 リリアが好きだと知られる前は、触っても服を脱がせても平気だった。それが、知られた途端にだめになった。これはちょっと理解できない。

 散々謎の指南書を読んでいるくせに、キスと愛撫と性交が全部切り離されている。なぜそんなことになってしまうんだ。

 嫌じゃないと言いながら、触ると嫌だと言う。どっちなのか判断できない。

 触ると怯えるのに、今でも抱き締めるのは嫌がらないし、髪を撫でると嬉しそうにする。違いは何だ。


「……………………………何一つ分からんな」

 遠い目で自分を見るマティアスに、リリアは何を勘違いしたのか焦ったように起き上がって拳を作る。

「あの、あの、どうしても触らないとできないなら、わたくし、頑張って我慢します! どれくらい触りますか? 二分くらい?」

 最早何の知識を参照したのか聞く気にもなれない。

「………俺も好きな人としたことないから分からないけど、一時間くらいじゃないか」
「い……!?」
「許されるなら一日中触っていたい」
「………いち……!?」

 赤いのか青いのか分からないリリアの珍しい顔に、マティアスは、どんな顔してても可愛いな、と思う。

「だ、大丈夫です、おつとめは、妻の義務ですもの、やれます! だいじょうぶ……」

 妻の泣きそうな赤い顔に、マティアスは、「何をされても構わない」と平然と言ってのけた幼い少女を思い出す。
 起き上がって向かい合い、拳を作っている白い手を柔らかく握りこむ。

「………リリア」
「はい……」
「抱きたいって言われるのは、負担か?」
「………妻なら、当たり前のことなのに、ちゃんと応えられないのが、心苦しい……」
「当たり前のことなんかじゃない。貴女の心が判断して、少しでも嫌なら断って良いことだ」

 以前のマティアスなら、そうは言っても立場上、子どもを作れない事を気にせざるを得なかった。しかしこの国にとってマティアスは一度死なせた駒だ。子を設けないことについて今更とやかく言わせる気はない。

「……お断りばかりして、マティアス様に、愛想を尽かされるのが、怖い」
「俺は、貴女が好きだから抱きたいのであって、抱けるから好きな訳じゃない。何回断っても大丈夫だ」
「そ、うなんですか?」
「うん。残念は残念だけど、俺は、貴女が俺を好きだと言ってくれるなら平気だよ」

 握られた手を見つめていたリリアが頬を染めて呟く。

「………ちゃんとできなくても、嫌われないなら……求めていただけるのは、嬉しい」

「そうか。じゃあ、貴女はだめならちゃんと断るって約束してくれ。じゃないと聞けなくなってしまう」
「……はい」
「待てるから、躊躇うな。どんな状況でも、嫌ならそう言って良い。後から実は嫌だったと知ったら、俺はまた泣くぞ」
「はい……」
「俺は貴女の考えることは全然分からないから、吃驚させることもあると思う。分からないことは聞くし、困ったら相談する。貴女もそうしてくれ」
「はい」

 きっと以前の彼女ならマティアスの要望を断ることはなかった。マティアスは彼女にとって所有者ではなくなったのだ。リリアはそんな自分の変化に気づいているだろうか。

「アーネストみたいにスマートに察してやれなくてすまない」
「わたくしこそ……、淑女らしくなくて、ごめんなさい」

 顔を上げたリリアと視線が合う。

「貴女はそのままで十分だよ」

 触られるのが恥ずかしい、抱かれるのが怖いと言ってくれるのは、自分の身体が大切なものだと認識できているからだと思う。マティアスはそれが、何より嬉しい。

 柔らかい髪を撫でる。リリアがうっとりと青い目を潤ませた。
 言葉を交わさなくても、合意があると分かる。
 手を繋いだままゆっくり唇を重ね、形を確かめるように何度も唇を合わせた。

「好きだよ」
「………はい」

 嬉しそうに頬を染めるリリアが、本当に可愛い。

「ここで一緒に寝るか?
 今日は頭が疲れたから襲わない自信がある」
「ほんとですか?
 えっ、じゃあ、あの」
「なんだ」
「うでまくら、したい……」

 上気した頬を押さえて上目遣いに問いかける妻に、十秒前の自信がぐらつく。

「いいよ、おいで」

 シーツを持ち上げ、横になって招くと、リリアはうきうきと楽しそうにマティアスの隣に潜り込む。何度か体の角度を変えて胸板に頭を預けた。

「…………思ったより、寝心地が悪い……?」

 不服そうに眉を寄せるリリアに、マティアスは吹き出す。

「やめるか?」
「いえ、寝心地は悪いですが、絵面は良い筈」
「………誰に見せる訳でもないのに、絵面を気にしてどうするんだ」
「でもどうしましょう、一晩もこんな体勢では、マティアス様の小胸筋が」
「心配なら貴女が寝たら退く」
「えっ」

 ひどく残念そうな顔に、マティアスも眉を下げる。

「別に、多分俺は平気だが、寝心地悪いんだろう?」
「……起きたとき、このままがいい……」
「じゃあこのままでいいよ」
「わたくし、我儘が過ぎますか?」
「可愛い。きけないと思ったらちゃんとそう言うから大丈夫」

 そう言って髪を撫でると、嬉しそうにはにかんだ。寝不足だったのか、青い目がだんだんと微睡んでいく。
 子どものような寝息を聞きながら、マティアスも目を閉じた。

 言葉がなくても通じるならそれが一番衝突が少ないのだろう。それでもマティアスは、こうやってひとつずつピースを嵌めるように築く関係も楽しいと思う。

 開いた窓から月の光が差し込み、カーテンを揺らす風が初夏の訪れを伝える。
 リリアと出会って三度目の夏が来ようとしていた。




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