【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏

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おまけ

王甥殿下の侍従選び 03

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 屋敷の部屋で簡単に荷解きをして、アーネストの侍従の仕事が始まった。
 マティアスの部屋の扉で呼びかける。

「殿下。会食の支度をなさる時間です」

 いくら予定がないとはいえ、朝っぱらからプロのお姉さんが来て、使用人が当たり前のように通していたことに呆れた。普通、まだ独立していない男はプロのお姉さんとは外で遊ぶものだ。
 ハインツの忠告通りお姉さんが帰った後も近寄らないようにしていたが、そろそろ支度しないと午後の会食に間に合わない。

 ノックして呼びかけたが返答がない。
 アーネストは許可なく入室していいものか一瞬逡巡したが、別に怒らせても良いのだったと思い出して扉を開けた。

 強い甘い香りが鼻をつく。
 アーネストは眉を顰めて、今度はノックもせずに隣の寝室の扉も開ける。

 むせ返るような甘い香りの中、寝台の上で、全裸の王甥が虚ろな目で胡座をかいていた。

 この一月、たまに見かける王甥はきびきびした動きで軍人だった経歴を匂わせていて、目の前の背中を丸めて俯いている男が同一人物であることがぴんとこない。
 首を動かすことも億劫なのか、王甥は不愉快そうな目線だけをアーネストに向けた。

 なんなんだ。
 きれいどころとお楽しみだったんじゃなかったのか。

 そう思いつつも、なんとなくアーネストは現状を理解した。

 勝手に部屋に入り込んでバルコニーの窓を開ける。対面の窓も開け放すと、風が吹き抜けて部屋に充満していた香りが一気に薄まった。寝台の脇机の水差しからグラスに水を注いで差し出す。

「男の裸を眺める趣味はねえんだけど。
 ぱんつくらい履いてくれよ」

 眉間の皺を深くしてマティアスが目を細める。網膜に映っていた男が誰だか漸く気づいた様子で、のろりとグラスを受け取る。

「………何の用だ」

「会食の、支度する時間だって言いにきたんだけど、体調不良でキャンセルしとく」
「会食は、午後のはずだ」
「もう昼だ」
「…………?
 そんな筈ないだろう」

 眉間に深い皺を刻んだまま王甥はまた視線を落とす。少し顔色が悪い。

「このまま寝るか? 湯浴みか食事にするか?」
「………支度する」
「会食はキャンセルだ。
 不調を押してまでお前が出る必要があるものじゃない」
「勝手なことを言うな」
「自分の状況も判断できない坊ちゃんは大人しく侍従の言うことをきいてろ」
「お前はもう、侍従じゃない」
「じゃあとっとと不適格にしろよ」
「……………」

 黒い瞳が忌々しげにアーネストを睨む。

 試用期間中に不適格を下されるのは、選ばれないこととはわけが違う。王家に不要の人物だという烙印を押されたのと同じことだからだ。アーネストの知っているマティアスなら、相手のその後を心配して大抵のことは見逃す。
 今の態度は即刻不敬で謹慎を言い渡されてもおかしくない。それでもアーネストを排除しようとしない王甥に、変わったように見えてもやはり仲良く遊んでいたあの幼馴染なのだと思う。

 窓を半分だけ閉めてアーネストは部屋を出る。
 執事にマティアスの不調と会食の不参加を伝え、湯浴みと食事の用意を依頼する。
 寝室へ戻るとマティアスは部屋を出た時と同じ姿で寝台にいた。

 ノックもせずに入ってきたアーネストを咎めるでもなく、今度は顔をあげる。外の空気を吸ったせいか先程よりは会話ができそうだ。
 あの香は普通、閨を盛り上げるために香る程度に焚くもの。王家に呼ばれるような女性が必要もないのにこんなむせ返るような焚き方をするとは思えない。

「せっかく注いでやったんだから、水を飲め」

 命令口調で言うと、不機嫌そうな男は手に持ったままだったグラスの水を飲み干した。空になったグラスを受け取る。

「閨教育、楽しくないのか」
「…………たのしい…………」

 単語が脳に届いていない。大丈夫かこいつ。

「好みのタイプを呼んだんじゃないのか」
「………女性は、母が手配してる。
 だいたい、仕事で来てくれているのに、好みだとかどうとか関係ない」
「嫌なら断れば良いじゃないか」
「………身分ある家の長男として、子を残す義務は理解している。
 好きでもない男に抱かれて子を産まされる女性の苦労に比べれば大したことじゃない。ちゃんと練習して、適切にこなせるようにしてないと、気の毒だろう」
「適切て」

 生気のないこの男は、どうやら将来の妻のために特訓しているようだ。なぜかは知らないが、まだ見ぬその妻は嫌々嫁がされた挙句に夫とろくな関係も築けないまま子を産まされる可哀想な女性だと思い込んでいる。

「お前、子どもを産ませるだけで、あとは放置する気なのか?」
「そんな訳ないだろう」
「大事にするつもりはあるのか」
「当たり前だ」
「それなら好きになってもらえるだろ。好きな男に抱かれるなら問題ないじゃないか」

 アーネストの言葉が納得できないのか、マティアスは仏頂面のまま眉を寄せる。

「そんな、都合良く惚れてもらえる訳ないだろう」
「お前のねちっこい初恋みたいな惚れ方を期待するな」
「……ねちっこいとはなんだ」
「人間は大事にしたりされたりする相手とコミュニケーションがとれれば情が湧くようにできてる。
 結婚相手のことを思うなら今からこんな練習をするんじゃなくて、相手を大事にして大事に思ってもらえるように努力すれば良い」
「そんなの、ただの希望的観測だろう。
 王族の子を産むためだけに嫁がされるんだから、不備なく妊娠させてあげないと」
「産むため、だけ……」

 酷い言いようだ。
 じゃあなんだ、自分は王族の子を産ませるためだけに育てられたとでも言うのだろうか。

 アーネストが会わなかった五年間で、マティアスは変わったのかと思っていた。
 確かに変わっていた。
 妙に卑屈になっている。
 なんで嫁いでくる女性は自分のパートナーになるために来ると思えないんだ。

 アーネストは呆れた顔で寝台に腰掛けた。


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