14 / 34
2部
第四話
しおりを挟む
どこかから落ちるような感覚に、身体が勝手にはねて、ちひろは目を覚ました。
心臓はどきどきと脈打ち、指先が震えている。
最近ずっとこうだった。
眠れないわけではないが、浅い眠りを繰り返し、金縛りや突然の覚醒を繰り返してしまう。
生が折角譲ってくれたベッドだが、きちんと眠れないのに占領するのも申し訳なく、かと言って今更眠れないなんて言っても彼を困らせるだろう。
身体を起こして静かにベッドから抜け出す。
薄暗い中をゆっくり進み、寝室から出て、リビングのソファで眠る生をちらりと様子見する。
やはりいくらソファベッドと言っても、上背のある生には小さく、寝心地が良さそうには到底思えない。
寝る前にさんざん自分がソファで眠ると主張したのに、一向に意見を譲ってもらえなかった。
無理にでもじゃんけんをさせてもらうべきだったかもしれない。ちひろはじゃんけんの弱さには人一倍自信があるのだ。
音を立てないようにソファに近付くと、彼は眼帯も手袋も内履きもそのままで、まるですぐにでも外出するかのような服装で寝ていることに気が付く。
これだと仮眠のようだ。いや、もしかすると仮眠なのかもしれない。
明日も仕事があって、すぐに出ていくのかもしれない。そういえば、今の彼の仕事は、なんなのだろうか。
ぼんやりと眺めていると、生が身じろいだ。
「眠れない?」と問いかける声に、ちひろは慌てる。
「あ、え、えっと」
「目、覚めちゃったなら、何か飲む?」
「だ、大丈夫、大丈夫、寝れるよ」
なんとなくばつが悪く、ちひろは首を振って、起きようとする生を手で制す。
おこしてごめんね、と早足で寝室に戻りかけ、ドアノブを握る。
ただ、一人の時は感じた覚えのない心細さに、そのまま固まってしまう。
「…いく」
「なぁに」
そっとリビングへ目を向けると、生はソファの背もたれに腕を乗せ、こちらを見て微笑みながら呼びかけに答える体勢を取っていた。
それに申し訳なさと安心感を覚えて、ソファの近くに戻り、前に座る。
「あのね、ごめんね。嘘ついた」
「うん」
「最近あんまり、ぐっすり眠れない」
生はそれを聞いて、ちひろがベッドや環境の変化のせいで、一時的に眠れなくなっているわけではないことを察した。
「そう。なにか、薬でも出そうか」
考えたことの無い選択肢に、ちひろは不安げに眉を垂らす。
「起きれなくならない?」
「起きたいの?」
「だって起きれないと、」
起きれないと、どうなるんだろう。いつもなら、仕事に遅れるとか、色んな弊害を思いつくけれど、そんなことを心配する必要もないのだ。
「…ゆっくり寝たくない?」
なにも心配することはないというように、静かに言う生に、ちひろは「寝たい」と半ば無意識に自分の欲求を口にした。
ゆっくりと眠りたかった。夢を見ないくらい深く、次の日のことなんて考えなくていいほど長く。
ちひろの答えを、生は「うん」と受け入れた。
「でも、きっとあんまりだらだらになっちゃうのも、良くないから。えっと、どうしよう」
「じゃあ、寝すぎてたら起こしてあげる」
「なるほど」とちひろは生の言葉に頷く。家主が迷惑にならない程度がきっと一番いい。
提案に乗る意思を伝えると、生は「少し待ってて」と言い、どこからか救急箱らしき箱を持ってきた。
中から市販品らしき薬を取り出すと、水を注いだコップと共に机に乗せた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ちひろは睡眠導入剤を飲んだことが無い。ちひろの知る知識で言えば、物語で出てくるような、犯人が殺したい相手にかがせて意識を失わせるようなものだ。
コップを手に取り、錠剤をしげしげ眺める。
この場で床に倒れたらきっと大変だ、と、ちひろは生に「すぐ眠くなる?」と聞いた。
「すぐじゃないよ。ベッドでゆっくりしてたらいい」
「そっか」
その返答に安心して、ちひろは恐る恐る薬を飲んだ。
急に倒れたりしない自分の体を確認して、よし、とちひろはうなずく。
「ありがとう、いく」
「どういたしまして。コップは置いといていいよ」
帰り際に洗おうとコップを持った手を上から抑えられ、そのまま寝室のほうへ背を押される。
ベッドに入るところまで見届けられるらしい。
まあ、生も夜中に起こされてきっと早く寝たいだろうから、大人しく従わないと生の睡眠時間が短くなるな、と、ちひろは促されるままにベッドに入った。
「おやすみ」
「おやすみ」
扉を閉められる。暗闇の中でゆっくりと目を閉じると、コップを洗う水音が聞こえた。
その音を聞いているうちに、ちひろの意識は落ちる。
夢は、見なかった。
心臓はどきどきと脈打ち、指先が震えている。
最近ずっとこうだった。
眠れないわけではないが、浅い眠りを繰り返し、金縛りや突然の覚醒を繰り返してしまう。
生が折角譲ってくれたベッドだが、きちんと眠れないのに占領するのも申し訳なく、かと言って今更眠れないなんて言っても彼を困らせるだろう。
身体を起こして静かにベッドから抜け出す。
薄暗い中をゆっくり進み、寝室から出て、リビングのソファで眠る生をちらりと様子見する。
やはりいくらソファベッドと言っても、上背のある生には小さく、寝心地が良さそうには到底思えない。
寝る前にさんざん自分がソファで眠ると主張したのに、一向に意見を譲ってもらえなかった。
無理にでもじゃんけんをさせてもらうべきだったかもしれない。ちひろはじゃんけんの弱さには人一倍自信があるのだ。
音を立てないようにソファに近付くと、彼は眼帯も手袋も内履きもそのままで、まるですぐにでも外出するかのような服装で寝ていることに気が付く。
これだと仮眠のようだ。いや、もしかすると仮眠なのかもしれない。
明日も仕事があって、すぐに出ていくのかもしれない。そういえば、今の彼の仕事は、なんなのだろうか。
ぼんやりと眺めていると、生が身じろいだ。
「眠れない?」と問いかける声に、ちひろは慌てる。
「あ、え、えっと」
「目、覚めちゃったなら、何か飲む?」
「だ、大丈夫、大丈夫、寝れるよ」
なんとなくばつが悪く、ちひろは首を振って、起きようとする生を手で制す。
おこしてごめんね、と早足で寝室に戻りかけ、ドアノブを握る。
ただ、一人の時は感じた覚えのない心細さに、そのまま固まってしまう。
「…いく」
「なぁに」
そっとリビングへ目を向けると、生はソファの背もたれに腕を乗せ、こちらを見て微笑みながら呼びかけに答える体勢を取っていた。
それに申し訳なさと安心感を覚えて、ソファの近くに戻り、前に座る。
「あのね、ごめんね。嘘ついた」
「うん」
「最近あんまり、ぐっすり眠れない」
生はそれを聞いて、ちひろがベッドや環境の変化のせいで、一時的に眠れなくなっているわけではないことを察した。
「そう。なにか、薬でも出そうか」
考えたことの無い選択肢に、ちひろは不安げに眉を垂らす。
「起きれなくならない?」
「起きたいの?」
「だって起きれないと、」
起きれないと、どうなるんだろう。いつもなら、仕事に遅れるとか、色んな弊害を思いつくけれど、そんなことを心配する必要もないのだ。
「…ゆっくり寝たくない?」
なにも心配することはないというように、静かに言う生に、ちひろは「寝たい」と半ば無意識に自分の欲求を口にした。
ゆっくりと眠りたかった。夢を見ないくらい深く、次の日のことなんて考えなくていいほど長く。
ちひろの答えを、生は「うん」と受け入れた。
「でも、きっとあんまりだらだらになっちゃうのも、良くないから。えっと、どうしよう」
「じゃあ、寝すぎてたら起こしてあげる」
「なるほど」とちひろは生の言葉に頷く。家主が迷惑にならない程度がきっと一番いい。
提案に乗る意思を伝えると、生は「少し待ってて」と言い、どこからか救急箱らしき箱を持ってきた。
中から市販品らしき薬を取り出すと、水を注いだコップと共に机に乗せた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ちひろは睡眠導入剤を飲んだことが無い。ちひろの知る知識で言えば、物語で出てくるような、犯人が殺したい相手にかがせて意識を失わせるようなものだ。
コップを手に取り、錠剤をしげしげ眺める。
この場で床に倒れたらきっと大変だ、と、ちひろは生に「すぐ眠くなる?」と聞いた。
「すぐじゃないよ。ベッドでゆっくりしてたらいい」
「そっか」
その返答に安心して、ちひろは恐る恐る薬を飲んだ。
急に倒れたりしない自分の体を確認して、よし、とちひろはうなずく。
「ありがとう、いく」
「どういたしまして。コップは置いといていいよ」
帰り際に洗おうとコップを持った手を上から抑えられ、そのまま寝室のほうへ背を押される。
ベッドに入るところまで見届けられるらしい。
まあ、生も夜中に起こされてきっと早く寝たいだろうから、大人しく従わないと生の睡眠時間が短くなるな、と、ちひろは促されるままにベッドに入った。
「おやすみ」
「おやすみ」
扉を閉められる。暗闇の中でゆっくりと目を閉じると、コップを洗う水音が聞こえた。
その音を聞いているうちに、ちひろの意識は落ちる。
夢は、見なかった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる