青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

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2部

第四話

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 どこかから落ちるような感覚に、身体が勝手にはねて、ちひろは目を覚ました。
 心臓はどきどきと脈打ち、指先が震えている。
 最近ずっとこうだった。
 眠れないわけではないが、浅い眠りを繰り返し、金縛りや突然の覚醒を繰り返してしまう。
 生が折角譲ってくれたベッドだが、きちんと眠れないのに占領するのも申し訳なく、かと言って今更眠れないなんて言っても彼を困らせるだろう。
 身体を起こして静かにベッドから抜け出す。
 薄暗い中をゆっくり進み、寝室から出て、リビングのソファで眠る生をちらりと様子見する。
 やはりいくらソファベッドと言っても、上背のある生には小さく、寝心地が良さそうには到底思えない。
 寝る前にさんざん自分がソファで眠ると主張したのに、一向に意見を譲ってもらえなかった。
 無理にでもじゃんけんをさせてもらうべきだったかもしれない。ちひろはじゃんけんの弱さには人一倍自信があるのだ。
 音を立てないようにソファに近付くと、彼は眼帯も手袋も内履きもそのままで、まるですぐにでも外出するかのような服装で寝ていることに気が付く。
 これだと仮眠のようだ。いや、もしかすると仮眠なのかもしれない。
 明日も仕事があって、すぐに出ていくのかもしれない。そういえば、今の彼の仕事は、なんなのだろうか。
 ぼんやりと眺めていると、生が身じろいだ。
 「眠れない?」と問いかける声に、ちひろは慌てる。
「あ、え、えっと」
「目、覚めちゃったなら、何か飲む?」
「だ、大丈夫、大丈夫、寝れるよ」
 なんとなくばつが悪く、ちひろは首を振って、起きようとする生を手で制す。
 おこしてごめんね、と早足で寝室に戻りかけ、ドアノブを握る。
 ただ、一人の時は感じた覚えのない心細さに、そのまま固まってしまう。
「…いく」
「なぁに」
 そっとリビングへ目を向けると、生はソファの背もたれに腕を乗せ、こちらを見て微笑みながら呼びかけに答える体勢を取っていた。
 それに申し訳なさと安心感を覚えて、ソファの近くに戻り、前に座る。
「あのね、ごめんね。嘘ついた」
「うん」
「最近あんまり、ぐっすり眠れない」
 生はそれを聞いて、ちひろがベッドや環境の変化のせいで、一時的に眠れなくなっているわけではないことを察した。
「そう。なにか、薬でも出そうか」
 考えたことの無い選択肢に、ちひろは不安げに眉を垂らす。
「起きれなくならない?」
「起きたいの?」
「だって起きれないと、」
 起きれないと、どうなるんだろう。いつもなら、仕事に遅れるとか、色んな弊害を思いつくけれど、そんなことを心配する必要もないのだ。
「…ゆっくり寝たくない?」
 なにも心配することはないというように、静かに言う生に、ちひろは「寝たい」と半ば無意識に自分の欲求を口にした。
 ゆっくりと眠りたかった。夢を見ないくらい深く、次の日のことなんて考えなくていいほど長く。
 ちひろの答えを、生は「うん」と受け入れた。
「でも、きっとあんまりだらだらになっちゃうのも、良くないから。えっと、どうしよう」
「じゃあ、寝すぎてたら起こしてあげる」
 「なるほど」とちひろは生の言葉に頷く。家主が迷惑にならない程度がきっと一番いい。
 提案に乗る意思を伝えると、生は「少し待ってて」と言い、どこからか救急箱らしき箱を持ってきた。
 中から市販品らしき薬を取り出すと、水を注いだコップと共に机に乗せた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 ちひろは睡眠導入剤を飲んだことが無い。ちひろの知る知識で言えば、物語で出てくるような、犯人が殺したい相手にかがせて意識を失わせるようなものだ。
 コップを手に取り、錠剤をしげしげ眺める。
 この場で床に倒れたらきっと大変だ、と、ちひろは生に「すぐ眠くなる?」と聞いた。
「すぐじゃないよ。ベッドでゆっくりしてたらいい」
「そっか」
 その返答に安心して、ちひろは恐る恐る薬を飲んだ。
 急に倒れたりしない自分の体を確認して、よし、とちひろはうなずく。
「ありがとう、いく」
「どういたしまして。コップは置いといていいよ」
 帰り際に洗おうとコップを持った手を上から抑えられ、そのまま寝室のほうへ背を押される。
 ベッドに入るところまで見届けられるらしい。
 まあ、生も夜中に起こされてきっと早く寝たいだろうから、大人しく従わないと生の睡眠時間が短くなるな、と、ちひろは促されるままにベッドに入った。
「おやすみ」
「おやすみ」
 扉を閉められる。暗闇の中でゆっくりと目を閉じると、コップを洗う水音が聞こえた。
 その音を聞いているうちに、ちひろの意識は落ちる。
 夢は、見なかった。

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