恋なおし

姫ちょ

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恋なおし

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「ごめん…。もっと君の気持ちを考えるべきだったね・・・。」
 
 
聡志が言うと
数秒の沈黙の後、真紀は電話を切った。
 
いつもの、聡志を責める電話だった。
 
 
『自分の言いたい事だけ言うと切りやがる…。』
 
仕方なく聡志は携帯を閉じた。
 
 
そして、いつものようにベッドの横の壁に貼ってある、
グラビアモデルの等身大ほどのポスターに吐き捨てた。
 
 
「生意気なこと言いやがって…。
こっちは仕事で忙しいんだよ。 おまえにばっかり構ってられるかっ!」
 
こうやって本当は真紀に向かって言いたいセリフを吐く。
 
 
ポスターに向かって・・・。
 
 
聡志は悩んでいた。
 
このポスターではなく
いつか本人に向かって文句を言ってしまうかもしれない。
 
きっとそんな日がくるだろうことを懸念していた。
 
 
『俺が頼りないのか…、それとも真紀が我が儘なのか・・・。』
 
 
メールが少ないだとか…
デートの回数が減ってきただとか…
最近、好きと言ってくれなくなっただとか・・・。
 
実際の話、あれもこれも真紀の要望に応えていたら
 
『俺の身がもたない…。』
 
 
確かに付き合い始めの頃は
仕事が忙しくてもメールだって無理して打ってたし…

デートだって
足りない時間を工面して 会っていた。
 
 
でも、もう三年も付き合ってれば…
正直、背伸びするのは疲れる。
 
ああ言えば…
こう言うし
 
謝れば…
ツケ上がる
 
かといって歯向かおうものなら
 
手が…
 
つけられない・・・。
 
 
『キンキン声で夜中に電話されるくらいなら、
シャクだが俺から謝っとくほうが無難だ・・・。』
 
 
聡志にとって一見メリットのなさそうに思える真紀との関係だが…
何故か、別れる勇気がない
 
勇気がないというより…
エネルギーがない。
 
 
あと数ヶ月もすれば聡志は30。
かたや真紀は22になったばかり。
 
『この差は、しんどいな…。』
 
 
苛々して眠れそうにない体を無理矢理ベッドに横たえて
聡志は眠りにつこうとした。
 
『明日は半月ぶりのデートか…。』
 
何とか夢うつつになりながら明日のデートを想像した。
もちろん、どんな楽しいデートにしようか… ではなく
 
どれだけ真紀の怒りに触れないように振る舞おうか、と…。
 
・・・・・・・・・・・
 
夕べの真紀からの怒りの電話が祟って予想通り遅刻してしまった。
待ち合わせの時間をすでに30分も過ぎている。
 
しかも、この渋滞…
 
 
土曜の午後は、恋人達の微熱でアスファルトも上気していた。
 
 
『今頃、真紀はアスファルト以上に熱くなってるだろうなあ…。』
 
そう思うと握るハンドルに汗が滲む。
 
 
助手席に無造作に置いてある携帯が
さっきから何度ブルブルしたことか…。
 
真紀の怒りで携帯の充電池が吹っ飛ばないか… 
と、聡志は本気で思っていた。
 
 
結局、一時間ほど遅れてカフェに到着した。
 
聡志は小走りで店の駐車場を出ると
身なりを整えながら店内へと入った。
 
 
店の中は昼時とあって結構賑わっていた。
 
聡志は一通り店内を見渡して真紀が座っている席を探した。
 
すると、一番奥の目立たない席で
煙草を吹かしている真紀を発見。
 
Marlboroの煙に混じった深い溜め息が
真紀の口元をやけに色っぽく感じさせた。
 
 
『こんな、いい女だったっけ…。』
 
 
聡志は新たな真紀の一面を見たようで
久しぶりに緊張した。
 
聡志の放置愛に不満を募らせながら
それでも真紀の魅力は数段増しているように思えた。
 
 
「・・・・。」
 
聡志は言葉に詰まった。
 
 
 
「何か、言いなさいよ。」
 
真紀は、冷ややかな目線だけを聡志に向けると
まだ吸いはじめのMarlboroを灰皿で揉み消した。
 
 
 
「遅れて… ごめんな…。」
 
聡志は覚悟した。
 
 
 
「ありえない・・・。」
 
そう吐き捨てると…
バッグの中にMarlboroとZippoを押し込み
真紀は勢いよく席を後にした。
 
 
真紀の飲んでいた珈琲代を精算すると
聡志は必死で追いかけた。
 
 
「ちょっと待てよ。帰っちゃうつもり?」
 
左肩を掴んで真紀の早歩きを制止した。
 
 
すると、
 
 
「最低・・・。」
 
 
まるで人を見下すかのような表情でポツリと言った。
 
自分を軽蔑するようなその何とも言えない真紀の表情と言葉に
さすがの聡志もキレてしまった。
 
 
「何様だと思ってんだ…。」
 
 
「えっ?」
 
 
 
「おまえは見た目は綺麗だが、心は…
腐ってる。」
 
 
そう言い残すと聡志は
店の駐車場に止めてあった自分の車に乗り込み急発進させた。
 
 
取り残された真紀はしばらく唖然と突っ立っていたが…
やがて独りで、とぼとぼと宛もなく歩き出した。
 
 
 
初夏の爽やかな風が真紀の長い茶髪を揺らして
 
時折、汗ばんだ首筋に張り付いた。
 
・・・・・・・・・・・
 
 
果たしてどうやって自分の部屋にたどり着いたのか
聡志は記憶になかった。
 
 
『畜生! とうとう言っちまった・・・。』
 
後悔ばかりが聡志の頭の中を駆け巡っていた。
 
 
『もう… 終わったな…。』
 
 
考えてみれば真紀は生意気なところもあるが
実は、ああ見えて結構優しい。
 
 
いつだったか…
土砂降りの雨の中を一緒にドライブ、
信号待ちで車が止まっているときに道路の端っこで、ずぶ濡れになっている猫を見つけた。
 
ほっとけよ、という聡志の言葉を真紀は振り切り
近くで車を止めて待ってて、と言った。
 
真紀は傘を差すのも忘れ
夢中で猫の所まで走って行った。
 
 
数分してから車に戻ってくると
まるで猫を雨から守るように
お気に入りのPRADAのジャケットで被せていたのだ。
 
その時、聡志は…
自分の胸の奥に温かい何かが広がるのを感じた。
 
 
今となっては
真紀のいいとこばかりが思い浮かぶ・・・。
 
 
いつもは…
 
嫉妬深いし
束縛女だし
不満ばかり言う我が儘な欲求不満女…
 
 
『あっ!』
 
聡志は、いきなり座っていたベッドから立ち上がった。
 
 
『優しくて素直だった真紀を、こんなにしたのは…
もしかして… 俺?』
 
 
この三年の間に
いつまで自分が真紀を大切にしていたかを考えてみた。
 
 
たぶん…
 
付き合って一年ほど過ぎて
気心が知れるようになった頃から
 
安心と信頼と…
 
根拠のない自信から
 
『ほんとの意味で俺は、真紀を大切にしていなかったのかも・・・。』
 
 
両手で頭を抱え込み…
聡志は、後悔と自己嫌悪という負のスパイラルに苦しんだ。
 
二十歳の時に体験した祖父の葬式以来
初めての涙が頬を伝っていた。
 
 
大切なものって…
あると当たり前
 
無くなりかけると…
慌て始める
 
『もう一度、戻れたら
きっと今度は手放さないように大事にする・・・。』
 
と、思うのが人間の滑稽なところ。
 
 
無くす前に大切なものに気がつくという…
学習ができない動物なのである。
 
 
「ブルブル… ブルブル…。」
 
メールも着信も最近はうっとうしくて
始終マナーモードにしている携帯がバイブで震えた。
 
急いで携帯の画面を確認すると…
真紀からの着信だった。
 
 
聡志は、ひとつ深呼吸をすると
別れ話かもしれない真紀の電話に出てみた。
 
 
30秒ほど沈黙が続いたが、
聡志は自分からその沈黙を破った。
 
 
 
「真紀? さっきは… ごめん…。」
 
 
すると携帯の向こうからすすり泣く声が聞こえた。
 
 
「まだ… 怒ってる?」
 
珍しく気弱な真紀の言葉に
聡志は戸惑った。
 
 
 
「いいや、怒ってなんかないよ。
デートに遅刻したのは俺だし… 悪いのは俺だから…。」
 
 
 
「かっこよかったよ…。」
 
 
 
「はっ? 何が?」
 
 
 
「聡志に初めて本気で怒られたね。
怖かったけど… でも、かっこよかったよ。」
 
 
思ってもない展開に
聡志は驚きとともに、ほっとした。
 
 
 
「今、何処?」
 
 
 
「うちらが初めてデートした、あの海だよ・・・。」
 
 
 
『あの… 海か…。』
 
聡志は思い出していた。
真紀と初めて一緒に見た
 
あの海…。
 
 
真紀との初めてのキスもその時だった。
 
 
 
「よし、今から行くよ。 待てるか? 1時間はかかるぞ。」
 
 
 
「えっ? そんなに? 車だと… 30分くらいでしょ?」
 
 
まるで小学生みたいに心細そうな真紀の声…。
 
自分が真紀を愛していることに
聡志は改めて気づかされた。
 
 
「ば~か!おまえの大好物を買って行くから少し時間かかるの!」
 
 
 
「えっ? もしかして… あのエクレア?」
 
 
 
「そっ!」
 
 
 
「嬉しい、覚えててくれたんだね…。」
 
 
 
「当たり前だろ。 自分の彼女の大好物だもん…。」
 
 
 
電話を切ると聡志は
車のキーを鷲掴みにして玄関を出ようとしたが、
 
 
しかし、忘れ物でもしたように
もう一度ベッドルームまで戻ってきた。
 
 
そして、ベッドの横の壁に貼ってある
いつものポスターを力任せに剥がした。
 
 
 
『俺の彼女は真紀なんだ。
これからは、文句があるなら真紀に直接言う…。』
 
 
聡志は、壁から引き剥がしたポスターをそのままにして
部屋を後にした。
 
 
 
真っ二つに引き裂かれて
床に落ちかかったポスターの間からは
 
 
写真立てに飾られている
 
 
二人の笑顔が覗いていた。
 
 
 
 



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