明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく

文字の大きさ
13 / 26

十三 神社のお客様

しおりを挟む
 躑躅さんと一緒に屋敷を整え、神社を綺麗にしている最中に、最初の参拝客は現れました。

 今まで旅行や牛鍋を食べられていたのは、躑躅さんが以前にわたくしの墓の様子を見に来た際に、蘿月様がぐったりとしているのを見て、何かあってもいいように、神社が持ち合わせていたお金を金に変えて隠し持っていたからだそうです。時代によって貨幣制度が変わってきたのを、彼らは何度も目にしていますから、価値の大きく変動しないもの、つまり金や銀といった金属そのものにお金を換えるようにしているようで、おかげで、しばらく分の贅沢が出来、わたくしも瘦せ細った身体にほんの少し肉がついたものですが、やはり神社を立て直さなくては、収入がなくなってしまいます。蘿月様には刀との特訓を続けてもらい、わたくしと躑躅さんで神社を綺麗にしていたのですが、やっと、観光客がふらりと立ち寄るようになったようでした。

「はぁ、蘭麝神社、か。鎌倉の観光案内書にはなかった神社だなぁ」

 やっと神社の鳥居も綺麗になったところだったのですが、案の定というべきか、江戸の中頃から流行した鎌倉巡りの、それに関わる書物には、蘿月様の神社のことは書かれていないようでした。蘿月様が打たせた刀すら取りに行けず、日々寝込むようにして過ごしていた頃でしょうから。

「昔からあったのですが、やっと復活しまして」

 復活ねぇ、と言って、彼は境内の中を眺めまわしましたが、お賽銭を入れていこうという気分になったのか、拝殿の方に歩いていきます。手を合わせてお祈りしていると、彼の背からすっと黒い靄が立って、蘿月様が籠っている山の方に吸い込まれていきます。あれが蘿月様の守り神としての力なのでしょう。わたくしが驚いてそれを見ていると、彼の身体から立つ靄はなくなり、黒い靄が山に向かっていくだけとなりました。

「どう? 少し、身体が軽くなったんじゃないの?」

 箒を持ったまま躑躅さんが問いますと、男は肩をぐるりぐるり回して、なんだか、すっきりしたと言って軽く笑います。憑き物が落ちたようです。

「でしょう? ここのお祓い、もっと凄いわよ」

 躑躅さんは尻尾を隠してはいましたが、微笑む姿の妖艶さはそのままでした。身内にお祓いが必要な人がいたら連れてらっしゃい。なあに、他の神社ほど高くないわよ。そう語り掛けると、男はぽうと顔を赤らめて、「周りに様子がおかしいやつがいるんだ、連れてくるよ」と言いました。また来てね、と躑躅さんが言うと、彼はこくこくと頷いて、帰っていきました。

「あいつにたんと食べさせないとね」

 そう小さく呟く躑躅さんの目が、ひどく澱んでいたのは、気が付かないふりをしました。



 やがて男は本当に、ご友人を連れてやってきました。男の名は喜助、書生風の恰好をしたご友人の名は太一と言うのですが、喜助さんが生き生きとした様子でいるのに対し、太一さんは顔色が悪く、げっそりとやつれているように見えました。わたくしも昨日まで月のもののために横になっていたものですが、それでも、彼のほうがよほど不健康に見えます。蘿月様はわたくしに屋敷に休んでいるように言いましたが、何か彼のお役に立てれば良いという気持ちと、ちょっとした好奇心のために、お茶を淹れる係に自ら手を挙げて、彼らのやりとりに耳を澄ませます。

 どうやら、太一さんは小説家として生活しているそうなのですが、怪異が出てくる娯楽小説を書こうと思い、怪異の噂が立つ場所に向かったそうなのですが、その日以降、膝に人面瘡が出来てしまったというのです。わたくしがお茶を置きがてらこっそりそれを盗みみると、なるほど、まくり上げた裾から、膝に人の顔に見える、皺のようなものが見えました。人面瘡というものは初めて見ましたが、好奇心で見るものではなかったと、後悔しました。

「バカねえ、だめよ、行ったらだめってところには行ったらだめな理由があるんだから」
「躑躅、やめてやれ。この者も大いに反省しているようだ。して、いったい何を見にいったんだ」

 太一さんは、「腹切りやぐら」や「曼荼羅堂」などの、知る人はよく知っているであろう、武士や落ち武者の霊が出ると噂の場所を上げ、とにかく怪異であれば何でも良かったと言ったのですが、彼が最後に挙げた場所に、蘿月様は眉を顰めました。

「蘇芳診療所、とは何だ」
「五年くらい前に、借金取りに追われて亡くなった男がやっていた診療所でして、あはは、借金をしていたのは、妻の方だったようなのですが、まあ、ともかく、借金取りに殴り殺されてから、頻繁に夜中に男の叫び声がそこから聞こえてくるようになったのだそうで。へえ、で、牛鬼やら姑獲鳥が出るとか言うもんで、行ってみたんでさァ」

 身振り手振りで太一さんが話をしますと、躑躅さんが傍に座るわたくしに、そっと耳打ちし、「目を凝らして御覧なさい、あんたにも見えるはずよ」と言いました。わたくしにも何か見えるのかはわかりませんが、ひとまず言われた通りに目を凝らし、じっと彼の背を見つめますと、何かぼやけた輪郭がわたくしにも見えるようになってきました。くっきりとは見えませんでしたが、彼の背にしがみつき、舌を垂らし、唾液をたらたらと垂らした、角のある生き物が、そこにいました。

「お、鬼、鬼だわ」

 わたくしが座ったままじりと下がると、鬼の目がぎょろりとわたくしを見ます。その目が一つしかないのが異様に恐ろしく、慌てて蘿月様の首にしがみつきますと、太一さんは慌てて背後を振り返りました。しかし彼には何も見えないようで、ただ羽織の裾が翻っただけです。

「琥珀は見なくていいぞ」

 蘿月様は怖がるわたくしを笑うことはせず、だから言ったのにとばかりに躑躅さんを見たのですが、躑躅さんは途端にしおれて、ほんの少しうつむきました。

「ごめんね、怖がらせちゃったわね」
「鬼って、腕羅さんのような者ばかりだと思っていました」
「あれが例外だ。たいていの鬼はこのように醜い」

 わたくしがぽんぽんと頭を撫でられている間に、すっかり太一さんは顔の色をなくし、喜助さんもまた、理由が分からないまま腰を抜かしていました。見えないのだとしても、それを見て、恐れている人間がいることが、彼らの得体のしれない恐怖を増しているようでした。太一さんは早く祓ってくれと頭を下げ、喜助さんもまた、それに倣いました。金なら出す、なんて言葉を聞く日が来るとは思いませんでしたが、人間というもの、困ったときはお金に頼るしかないようです。

「これは祓うのにかかる。何日泊まれる?」
「締め切りが、明日で」
「遅らせなさい」
「は、はい」

 慌てて文を編集の方宛てに出させ、こうして最初のお客様のお祓いをすることになりました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

離縁の雨が降りやめば

碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。 雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。 だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。 幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。 白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。 御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。 葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。

こちら、あやかし村おこし支援課

柚木ゆず
キャラ文芸
 ――廃村の危機を救おう――。  水前寺清香、22歳。大学時代の先輩の紹介が切っ掛けで、卒業後は県北部にある天地村(あまちむら)の村おこしをお手伝いすることになりました。  ただ、その村の住人は全員が『あやかし』で――

処理中です...