魔力のない魔法使い、魔力しかない魔女と出会う

柿名栗

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魔力のない魔法使い、魔力しかない魔女と出会う

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 『魔法』

 ある程度勉強をすれば基本的なものなら誰にでも使えるようになる、様々な可能性を秘めた神秘的な力。
 相手を攻撃したり、傷ついた人を癒したりと、用途は色々だ。

 しかし、この力をより極めるためには生まれ持った才能が不可欠だという。
 なにしろ分厚い魔導書に記載されている数式をすべて暗記しなければならないのだから。

 幸い俺【リクマ・ナッシン】はその才能に恵まれていたらしく、幼い時からどんな魔術書も一度読んだだけで、すでに知っていたかのように簡単に記憶できた。

 そして十六歳を迎えた俺は親の期待を背負い、名門の魔術学校【マスターミリック学園】の試験を受け、満点合格を果たす。

 周囲から注目を浴びる中、俺には一つ気がかりなことがあった。
 入学前に行われる簡単な魔力測定で、俺の時だけ魔水晶が反応しなかったのだ。

 机の上に置かれた手のひらほどの大きさの水晶玉に手を近づけると、普通ならその人の持つ魔力量に応じて光り輝くものなのだが、俺が手を近づけても何の反応もなかった。

 幸い満点合格という実績のおかげで大した問題にはされなかったのだが、俺には心当たりがあった。

 実は、子供の頃から何度も魔法を使おうと試みてはいたのだが、一度も使えたためしがなかったのだ。
 数式も、呪文も全て完璧に頭の中に入っているはずなのに。

 ――もしかしたら、俺は魔法が使えないんじゃないか。
 そう思い始めたのは十二歳の時。

 両親は普通に魔法が使えるのに、俺だけ使えない状況に違和感を感じ始めていた。

 そんな俺の不安をよそに、両親は少し無理をして俺を魔術学校に入れてくれた。
 もしかしたらここで過ごせば、俺も魔法を使えるようになるかもしれない。そう思ったのだが。
 
 簡単な魔法を扱う授業で。

 同級生の中で俺一人だけ、魔法を使うことができなかった。
 
♢ ♢ ♢ ♢

「おい、あいつだろ? 噂の……」

 教室の机に突っ伏している俺の耳に、見知らぬだれかの声が入って来る。
 その声は、教室の入り口からあきらかに俺の方に向けられていた。

「ああ。満点君まんてんくん、だよ」

 クラスメイトの一人が言った満点君。それは俺のあだ名だった。
 
 面と向かって言われることはないが、みんなかげで俺をそう呼んでいる。
 試験だけ満点で、魔法を一切使えない俺を皮肉っているのだろう。

 俺が机から顔を上げ声がする方に目をやると、金髪の生徒がうすら笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
 目が合うと、肩をすくめながら教室を出て行く。

 とまあ、こんな感じで俺は、この学園ですっかり居場所を失っている。
 授業では空気。訓練でも腫物扱い。
 勉強ができるだけのお荷物野郎というのが周囲の反応だ。

 もう認めよう。俺は魔力がない。
 稀にそういう人がいるらしいが、どうやら俺もその稀な人になってしまったようだ。
 修練によって魔力量は伸ばせるが、最初から存在しない場合はそれも叶わないらしい。

 けど、無理をしてここに入れてくれた親の事を考えると、簡単にやめるわけにもいかず、こうして極力目立たないように日々を過ごしている。

 このままここに居ても何にもならないということはわかってる。
 なぜならここは魔術学校であって、魔法を使えない者にとって何の意味もない場所なのだから。

 それでも俺は……。俺はまだ、もしかしたら、心のどこかで魔法が使えるようになるかもしれないという淡い希望にすがっているのかもしれない。

♢ ♢ ♢ ♢ 

 今日は野外授業で学園の外にある森へ来ていた。

 比較的弱い魔物の出現地域へとおもむき、魔法で魔物を倒し、素材をあつめる。
 あつめた素材の量で成績が決まる為、魔力のない俺にはちと酷な授業である。

 この授業は二クラス合同で行われ、一人でやるのも、誰かと組むのも自由だ。
 当然、回復役や攻撃魔法の得意な人と組みたがるのが普通である。

 ま、そんなわけなので……魔法の使えない俺は当然のように一人あまるのであった。

 三十名ほどのクラスメイト達は一人、または数人で思い思いの方向へと散っていく。
 そしてとうとう出発地点の広場にいるのは俺と先生、あともう一人の女生徒だけになってしまった。
 どうしたものかと突っ立っていると、その女生徒が長い黒髪を揺らしながらこちらに歩み寄ってきた。

「ねえ、あなた……リクマ・ナッシンよね?」

 どうやらこの女生徒は俺の事をご存じらしい。ま、当然か。
 けど、実は俺もこの女生徒の事をよく知っている。なぜなら彼女もまた、学園の有名人だから。

「俺をご存じとは光栄だね。……マナ・ダイナボウさん」

 実は、入学時に噂になったのは俺だけではなかった。
 魔力測定の時に、水晶玉がはじけ飛んだ生徒がいると。
 それは魔力の強さの証明であり、とんでもないやつらが現れたと学園中が沸いたものだ。

「……なんか嫌な言い方ねぇ」

 マナが形の良い眉をひそめる。

「気にさわったのなら謝るよ。こういうものの言い方しかできなくてさ、俺」

 俺がそう言うと、彼女の態度が同情的なものに変わる。

「あなたも色々あるみたいだしね。そりゃひねくれもするか」

 今マナはあなたも、と言ったが実は彼女も周囲の生徒から俺と同じような扱いを受けていた。

 どうやら彼女も魔法が使えないらしく、かげで備蓄倉庫と呼ばれている。
 ちなみに俺の話し方にクセがあるのは昔からで、別に周囲からの扱いでひねくれたからではない。

「やっぱりあなたも一人なのね」
「……まあね。やっぱり、ということは君も?」

 そう言うと、彼女は両手を広げ、大げさにため息をつきながら首を横に振る。

「魔法が使えないやつと組む人なんて、いないでしょ。この学園で」
「だな」

 互いに自嘲気味な笑みを浮かべる。

「ねえ。わたしと一緒にやらない? 二人ならこの杖でボコれば雑魚の魔物ならなんとかなるでしょ」

 言いながら、マナが学園から支給された先端が丸まった木の杖を軽く振って見せる。
 この杖は魔法の威力を高めるためにあるもので、魔物を殴る為のものではないのだが。

「うーん……」

 正直、俺はべつに成績が悪くても構わないのだが……まあ、噂を聞いて勝手な親近感をおぼえていた彼女の力になれるなら、それも悪くないか。

「そうだな。それじゃ、一緒に行こう。よろしく、ダイナボウさん」
「マナでいいわよ、同級生なんだし。わたしもリクマって呼ぶから」
「わかった。それじゃ行くぞ、マナ」

 俺は親指を森へ向け、気取ったポーズでマナをうながす。

「……なんで急に偉そうになるわけ?」
「冗談だよ。面白くなかったか?」
「あなたを理解するのに、しばらく時間がかかりそうね……」

 そんな言葉を交わしながら、俺達は肩を並べ森の中へと足を踏み入れた。

♢ ♢ ♢ ♢ 

「うわああああああ!!!」

 二人で森の中を散策していると、遠くからだれかの悲鳴が聞こえてきた。
 
「何かしら?」
「さあ……雑魚の魔物と遭遇したにしては、ちょっと大げさすぎるような……」

 その時、茂みがガサリと揺れ、何かが俺たちの前に飛び出してきた。

「ガルルルルル……ガウッ!!」

 それは全身紫色の体毛に覆われた、筋肉のよろいをまとった犬のような魔物だった。
 鋭い牙を見せ、涎を垂らしながらこちらを威嚇している。

「な、なにコイツ。……すごい強そうに見えるけど、これ、雑魚なの?」

 杖を構え、魔物を刺激しないようにススス……とマナが俺の後ろに隠れる。なかなか要領がいい娘のようだ。

「こいつはムレイル。群れで行動する魔物だ。時折予想外の場所に現れては、多大な被害をもたらすらしい。なんでもこいつらに滅ぼされた村もあるとか」
「激ヤバじゃない……」

 マナが俺の背中で声を震わせる。しかし、逃げるつもりはないらしい。

「ねえ、あなた本当に魔法が使えないの?」
「なんだこんな時に。まあ、噂通りさ。どうやら俺の中には魔力が微塵も存在しないみたいでね……知識だけは自信があるんだけど」
「……おじいちゃん……この人なら、大丈夫かな……」

 マナが何かを小声で呟く。おじいちゃん?

「ガウッ!!」

 ムレイルが吠えながら低い体勢をとり、こちらに飛びかかろうとしている。

「マナ。恐らくこの杖じゃこいつは倒せない。ここは俺が食い止めるから、その隙に逃げ……」
「リクマ。しゃがんで」

 格好いいセリフを決めようとしたが、無下にキャンセルされてしまう。

「……しゃがむ?」
「いいから。こうなりゃイチかバチかよ。早くして」

 どうやらふざけているわけでもないらしい。真剣なマナの声におされ、俺は言われたとおりにヒザを折り、その場にしゃがむ。

「えい」

 背中に柔らかな感触を感じると共に、ずしりと何かがのしかかってきた。

「うおっ! な、何してるんだ!?」

 どうやら俺の背中にマナが負ぶさってきたらしい。まさかこのまま逃げろ、とでも?

「おい、マナ。俺、体力に自信はないぞ。逃げるなら一人で……」
「魔法」
「へ?」
「魔法、使ってみて。早く」

 魔法って……。今しがた魔法は使えないと言ったばかりなのに。
 いや、ちょっと待て。なんだこの感じは……背中が……熱い?
 背中のマナを通して、俺の中に何かが流れ込んでくるような感覚がある。これはまさか……。

「ガァッ!!」
「えいっ!」

 ムレイルがこちらに飛びかかろうとした瞬間、マナが自分の持っていた杖をムレイルの背後にぶん投げた。

「ウガッ……ウウ……キャウーン!」

 ムレイルが向きを変え、後方の杖を追いかけていく。

「本能か……」
「今よ。呪文の詠唱を」

 言いながら、背中のマナが俺の肩をぺちぺちと叩く。

「……わかったよ。こうなったらなるようになれだ」

 精神を集中し、頭の中に数式を描く。

 魔法はただ呪文を唱えれば出る、というものではない。
 学んだ数式を頭の中で思い描き、魔力と共に外へと解き放つ。歌で例えるなら、覚えた歌詞を魔力と言うメロディーと組み合わせ、声と言う呪文で外に出す、といった感じだろうか。
 大魔法になるとこの数式がより複雑となり、半端な知識ではすぐにこんがらがって詠唱は中断されてしまう。もちろんそれ相応の魔力量も必要だが、不思議と今ならどんな魔法でも使えるような気がする。

「ガウッ ガウッ……ハッハッハ……。ウガァッ!!」

 戻ってきたムレイルが口にくわえていた杖を牙で勢いよくへし折る。
 何をやらせとんじゃボケ、というような事を言っている気がする。

「……ヨ・オノ・ホエ・ドツ……」

 詠唱中、構えた杖の先に赤い魔法陣が現れ、ぐるぐると回転を始める。
 左腕は背負ったマナを支えているため、動かすことが出来ない。腕に伝わる柔らかな感触に心を乱さぬよう、必死で意識を集中させる。

「……セクツ・キヤヲテ・ベスデ・マタノツ・ネクヤシ・ノソ!!」

 詠唱を終えると、杖の先から直径一メートルはある炎の球が勢いよくムレイルに向かって飛んで行く。
 炎は大口を開けこちらに飛びかかる途中のムレイルを飲み込み、吠える暇も与えず消し炭に変える。
 後に残ったのは周囲にただよう焼け焦げたにおいと、炎がくすぶる草木だけだった。

「でっ……でっ……出た!」

 俺は思わず杖を放り投げ、両拳を強く握りしめていた。
 あれだけ夢に見た魔法を、とうとう使うことができたのだ。これまでの人生で、こんなに嬉しいことはなかった。やった。やったぞ俺。

「やるじゃん」

 背後の地面から、マナの声がする。……ん? 地面?

 振り向くと、マナが地面に仰向けに倒れていた。スカートの中身が見えそうになったので、慌てて視線をそらす。

「……急に手を離さないで欲しいわね」
「ご、ごめん」
「あと、森の中で炎魔法を使うってどうなの?」
「……うぐ。咄嗟のことだったから、つい」
「あなた、頭がいいのか悪いのかわからないわね。ほら、さっさと起こしてよ」
「あ、ああ」

 俺はマナの手を取り、身を起こすのを手伝った。
 
「あのさ……今の」
「話は後。今はこの状況をなんとかしましょ」

 周囲では人の声と魔物の声が入り乱れ、大混乱に陥っているようだ。
 確かに今は女の子との会話に花を咲かせている場合ではない。

「わかった。とにかく戻ろう」

 俺たちは先生の待つ広場へ向かって駆けだした。

♢ ♢ ♢ ♢

 森の広場へ戻ると、先生の周囲には数体のムレイルが横たわっていた。
 穴の開いたような傷跡と、体の一部が凍結している。どうやら氷の魔法で対処したようだ。

「さすが先生。やるぅ」

 先生がこちらに気づくと、慌てた様子で駆け寄って来る。

「あなたたち、無事だったのね!? 怪我はない!?」
「はい、この通り。いぇい」

 マナが俺の肩口から腕を伸ばし、ピースサインを出して見せる。

「それは良かったわ。でも、それならどうしてあなたは背負われているの?」

 そう、マナは走ってる途中腰がいたいと言い出し、俺にここまで背負われてきたのだった。
 俺はと言うと、息を切らし、すぐにでも地面に倒れ込みたい気分だった。

「まあいいわ。今、連絡魔法で救援を呼んだから、あなたたちはここにいなさい。私は他の生徒を助けに行くわ」
「まっ……ってくだ……げほっ、まってください……ぜぇぜぇ」

 死にそうな様子で俺が言うと、心配そうな表情で先生が覗き込んでくる。

「あなた、大丈夫? 本当にケガはないの?」
「だいじょっ……ぶっ……です。それより……俺が……なんとか……してみますので……」
「えっ? あなたが? それはどういう……」

 それだけ伝え、マナを背負ったまま力の入らない足で広場の中央へ移動する。

「大丈夫?」
「よく……そんなことが……言えたもんだな……」
「あいたた……持病の腰痛が」

 本当かどうか怪しいが、腰痛に関しては俺の責任もあるのでそう言われると何も言えなくなる。
 いつの間にか持病になってるし……。

「とにかく、やる、ぞ」
「ええ。わたしの魔力、好きに使いなさい」
「はぁ……はぁ……。すぅー……」

 乱れた呼吸をなんとか整え、頭の中に数式を組み立てる。
 火はまずい。風も木々をなぎ倒して生徒たちの身が危険に晒されるかもしれない。なら、先生と同様に……。

「イカウ・ヨヒ・エドツ……」

 俺達の頭上に現れた小さな氷の塊がみるみる大きくなっていく。

「ゲソソリフ・ニキ・テリナトバ・イヤノウ・スム!」

 詠唱を終えると同時にガラスの割れたような音と共に氷の塊がはじけ飛び、無数の蒼い刃と化し森のあちこちへと飛んでいく。
 同時に、周囲から魔物達の悲鳴が聞こえてきた。

「やったか!?」
「……多分な。あと、その言い方はやめてくれ。よくない事が起こりそうだ」

 俺の心配をよそに、魔物に襲われていた生徒達が木々の隙間から次々に姿を現す。

「こ、これは一体……どういうことなの?」

 一部始終を見ていた先生が大口を開けておどろいている。今まで魔法が使えないと思われていた俺が突然大魔法を使いだしたのだから無理もない。

「先生、けが人がいないか確認をお願いします。俺、上位の回復魔法も使えるので」
「わたしがいないと何も出せないくせに、偉そうよね」
「……マナ。力を貸してくれ」
「しょうがないなぁ……いいよ」
「あと、一旦背中から降りてくれると嬉しい」

 こうして俺たちはなんとかムレイルを撃退し、犠牲者を出すことなく学園へと戻るのであった。

♢ ♢ ♢ ♢

 次の日。

 噂はあっという間に学園中広がり、俺は校長から表彰された。

 人々は手のひらを返し、能ある鷹はどうのとか、仲間の窮地にしか実力を出さない熱い男とか好き勝手に噂をしている。
 授業の合間はずっと質問攻め。
 たまらなくなった俺は、昼前の授業が終わるとそそくさと学園で一番の人気のない場所、校舎裏へと避難した。

「あら、お久しぶり」

 そこでは、校舎の裏口へつながる階段に座り、マナがもくもくとパンを食べていた。

「昨日会ったばかりだろ」

 俺もマナの隣に座る。

「近くない?」
「……ごめん。昨日の今日のでちょっと距離感がおかしくなってた」

 特に何かを意識したわけではないのだが、うっかり彼女の体に触れるような位置に座ってしまった。

「学園の英雄がこんな所に居ていいの?」
「……やめてくれよ」

 俺が頭を抱えて見せると、マナはクスクスと笑う。

「ありがとね。ちゃんと黙ってくれてるんだ」

 昨日、学園に戻った後俺はマナに口止めされた。
 自分の力の事は誰に言わないで欲しいと。
 理由は聞かなかったが、なんとなく察しがついたので言わないと約束したのだ。

「その力がバレたら、悪いやつに利用されそうだもんな。魔力の回復薬ってバカみたいに高いし」
「そゆこと。わたしの力の事を知ってるのは、今のところおじいちゃんとあなただけよ」
「……そういえば昨日もおじいちゃんがどうとか言ってたよな。よければ聞かせてくれないか?」
「話せば長くなるけど……いいの?」
「……次の授業に間に合う程度で頼む」

 俺がそう言うと、マナは空を見上げ、遠い目をしながらゆっくりと語り始める。

「あれはわたしがまだ四歳の頃……おじいちゃんも魔法使いだったんだけど、わたしをおんぶしてる時にこの力に気づいたの。そしたらこの力は悪用されるかもしれないから誰にも言わないほうがいいって。いつか出会う、本当に信じられる人にだけ使ってあげなさいって言われたの。完」
「なるほど」

 思いのほか短かった。

「ということは、俺はマナから見て信じられる人間だってことかな」
「あの状況じゃ、ああするしかなかったでしょ」
「……確かに。でも、俺が魔法を使えなかったらどうしてたんだ?」
「あなたを餌にささげて逃げてたわよ」
「ひどいな」

 とは言いつつも、俺の肩に置かれたマナの手が小さく震えてたのを俺は覚えている。
 マナが他人を犠牲にできる人なら、恐怖を感じた瞬間に逃げ出していたはずだ。

「ついでに聞きたいんだけどさ。どうしてマナは魔法が使えないんだ?」
「……」

 それまで笑顔だったマナの表情が露骨に曇り、しおしおと首をもたげる。

「悪い。言いたくないならいいんだ……今の質問は忘れてくれ」

 やってしまった、と思ったが、俯いたままのマナが小さく何かをつぶやく。

「……の」
「え?」

 耳に手をあて、マナに顔を近づける。

「……おぼえられないの」
「おぼえられないって……」
「数式よ!」

 マナが伏せていた顔を勢いよく上げ、あやうくおでこがぶつかりそうになる。

「なんなのよ! あのダラッダラとしたわけのわからない長い文字列は! あれ見てると頭の中がわーってなってすぐ眠くなっちゃうのよ!」
「ダラダラって……数式ってそういうものだろう」
「あなた、よくあんなの覚えられるわね。一体どういう頭してるのよ」
「……どういう、と言われても」
「とにかく、わたしの頭には木の葉に滴る朝露のように、ただ滑り落ちるだけで何も吸収されないのよ……ううっ」

 マナが両手で顔を覆い、よよよと泣き始めた。木の葉のような形の目から零れ落ちる涙の雫は、まさに朝露のようであった。

「……まあ、適材適所って言うからな。でも、その調子でよくここの試験に合格できたな」
「数式以外は普通に覚えられるのよねぇ」

 そういうものなのか……。

「……ねえ、リクマはこれからどうするの?」
「どうするって?」

 顔を上げ、マナがこちらに体を向ける。

「あなたこれから、すごい魔法使いとして学園中の注目を浴びながら過ごしていかないといけないのよ。大丈夫?」

 そう言うマナは、心配しているような、楽しんでいるような、少しいたずらっぽい顔をしている。

「それなら問題ない。俺、もうここをやめるから」
「あら、そう」

 俺がそう答えるとわかっていたかのようにマナが目を細める。

「結局俺は、自力じゃ魔法が使えないことがわかったしな。授業で学べる知識なんてたかが知れてるだろうし」
「キザねえ。ま、実際その通りなんだろうけど……あんな大魔法使えるんだもんね」
「マナから借りた魔力のおかげだけどな」

 昨日使った魔法は、魔力の消費量が激しいものだった。
 にもかかわらず、まだまだ体感で魔力が尽きる感じはなかった。
 普通ならあれだけの魔法を使えばすぐに魔力が尽き、魔力不足で魔法が発動することはなかったはずだ。
 マナから受け取ったケタ外れの魔力のおかげで、昨日の窮地を脱することができたのだ。

「そういえばまだ礼を言ってなかったな。ありがとう」
「な、なによ改まって。わたしはただ負ぶさってただけだし、お礼なんて言われる筋合はないわよ」
「……そうか」

 どうやらマナはお礼を言われ慣れてないらしく、照れた様子で目を泳がせている。

「でも、ここを辞めてどうするの? 行く当てはあるの? お金は? 頼れる人はいるの?」
「……君は俺の親か。うーん、まあ、寮ではもう暮らせないから実家に帰ることになるだろうな」

 入学時に支払った頭金はもう返ってこないんだよな。両親には悪いことをしてしまった。

「今、お金の心配してるでしょ」
「わかるか」
「あなた、ポーカーフェイスのようで実は顔に出やすいタイプよね」
「……そうなのだろうか」

 そういえば昔から周囲には俺の考えている事がすぐ伝わっていたな。

「ねえ、実家に帰る前にどーんとお金稼いで驚かしてあげれば?」
「え?」
「冒険者って稼げるらしいじゃない」

 突然何を言い出すかと思えば……。
 魔法も使えない、武器で戦えるほど力もない俺が冒険者なんかになれるわけがないだろう。

「俺みたいな出来損ないは、ギルドに行ったところで門前払いを食らうだけさ」
「んっ んっ」

 不敵な笑みを浮かべ、マナが自分の顔を指さしている。

「……おいおい、まさか」
「なんだったら、わたしが力を貸してあげるわよ?」
「いや、だって君はまだこれからこの学園で……」
「わたしもやめる」
「えー……」

 そんなごっこ遊びをやめる時みたいなノリで言うような事じゃないだろうに。

「あなたと同じで、わたしがここにいても大して意味がなさそうだし」
「貴重な青春時代を過ごしたくないのか?」
「……そのセリフ、おじさん臭い」
「う……」
「ね、どう? わたしとあなたが組めば、ドラゴンだろうが魔王だろうが、なんでも倒せる気がしない?」
「おいおい、それはさすがに楽観的すぎるぞ」

 この調子で冒険家になんてなったら、すぐに命を落としてしまいそうだ。それに、マナを背負いながら戦う自信などないぞ。

「ねえ、いいでしょ?」
「うーん……」

 俺が返事を渋っていると、すくとマナが立ち上がり、俺の背後に移動してきた。

「な、なんだ?」
「立って」
「え?」
「いいから、立って」

 言われるままに立ち上がると、突然マナが俺の背中に抱き着いてきた。

「うおっ。おい、危ないぞ、段差で」
「……どう?」
「どうって……」

 昨日のように魔力が流れ込んでくる感覚はなく、背中に感じるのは柔らかなマナの感触だけだった。昨日は切羽詰まった状況だったので深く考えるヒマはなかったが、ふと鼻をくすぐる女の子の甘い香りに自分が男であることを意識してしまう。

「あ。変なこと考えてるでしょ?」
「ま、まさか……」
「よっ、と」

 どうしていいかわからずかたまっていると、マナが背中に飛び乗ってきた。

「うおっとと」

 体勢を整えると同時に、背中からマナを通して魔力が俺の体に流れ込んでくるのを感じる。

「……なるほど。完全に負ぶさらないと魔力の移動はできないのか」
「そうみたい。ねえ、この体重まりょく……あなたに預けるわ。一緒に愉快な人生を過ごしてみない?」
「愉快、ねえ……」

 この力があれば、俺は……いや、俺達は冒険者としてやっていけるのだろうか。
 不安要素が多すぎるが、これまで学んで来た知識を試してみたい気持ちもある。
 でも、やっぱりマナまでこの学園を辞めさせるというのはなぁ……。

「わっ……!!」

 突然少し離れた場所から声がしたのでそちらに目をやると、女生徒が両手で口元を押さえこちらを見ていた。

「ご、ごめんなさい! お邪魔しましたぁーっ!」

 その女生徒は顔を赤らめたまま、どこかへと走り去ってしまった。

「……見られちゃったね」
「ああ、バッチリとな」
「噂になるかな」
「恐らくは……もう手遅れだろう」

 こうして俺たちはそのまま授業に戻ることなく荷物を抱え、退学届けを提出すると逃げるように学園を後にした。

 結局俺たちは冒険者となり、のちに勇者と共に魔王討伐へ向かうことになるのだが、それはまだしばらく先の話である。

 おわり
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