婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり

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第一幕:失墜と再生の序章

3-3:古代文字の解読、契約の断片

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 荘厳な静寂に包まれた聖獣の聖堂で、アメリア・ヴァルディアは、壁一面に描かれた壮大な壁画から、しばらくの間、目を離すことができなかった。
 特に、祭壇の背後に描かれた、月光の下で白銀の聖獣と契約を交わすかのような先祖の少女の姿は、彼女の心に深く刻み込まれた。
 あの少女が流していた涙の意味は何なのか。そして、聖獣と交わした約束とは、一体どのようなものだったのだろうか。

「アメリア様、こちらにも何か文字が…」

 ディラン・マークレインが、祭壇の側面に刻まれた細かな文字に気づき、アメリアに声をかけた。
 アメリアは、壁画から視線を移し、ディランが指し示す祭壇へと近づいた。
 黒曜石のように滑らかな祭壇の表面には、壁画と同じく、見たこともない古代の文字がびっしりと刻み込まれている。
 それは、象形文字のようでもあり、また何かの記号のようでもある、不思議な形状をしていた。

(これは…古代聖獣文字…?)

 アメリアの脳裏に、幼い頃、祖母から聞かされた古い伝承の記憶が蘇る。
 祖母は、ヴァルディア家に伝わる数少ない古文書を紐解きながら、かつて人間と聖獣が言葉を交わし、共に生きていた時代があったこと、そしてその時代には、聖獣たちが使う特別な文字が存在したことを、アメリアに語ってくれたことがあった。
 その時は、ただのおとぎ話のように聞いていたが、今、目の前にあるこの文字こそが、その古代聖獣文字なのかもしれない。

「読めるのですか、アメリア様?」

 ディランが、アメリアの真剣な表情を見て、尋ねた。

「…完全にはわかりませんわ。でも、祖母から少しだけ、この文字の読み方を教わった記憶があるのです。もしかしたら…」

 アメリアは、そっと指先で祭壇の文字をなぞった。
 ひんやりとした石の感触が、指先から伝わってくる。
 彼女は目を閉じ、意識を集中させ、遠い昔の祖母の声を、そして彼女が教えてくれた文字の形とその意味を、記憶の奥底から手繰り寄せようとした。

 それは、 마치深い霧の中を手探りで進むような、困難な作業だった。
 しかし、アメリアが諦めずに集中を続けていると、不思議なことに、いくつかの文字が、まるで内側から淡い光を放つかのように、彼女の意識の中で浮かび上がってきた。
 そして、それらの文字が、意味のある言葉として繋がり始めたのだ。

「…『月満ちる夜』…『白銀の守護者』…そして…『魂の契約』…?」

 アメリアが、途切れ途切れに言葉を紡ぐと、ディランは息をのんでその言葉に耳を傾けた。
 それは、まるで失われた古代の呪文を詠唱しているかのようだった。

 さらに、壁画の隅々にも、同じ古代聖獣文字で短い碑文が添えられていることにアメリアは気づいた。
 彼女は、松明の光を頼りに、それらの碑文を一つ一つ丁寧に読み解こうと試みる。
 その多くは風化が進み、判読が困難だったが、いくつかの言葉は明確に読み取ることができた。

「…『大いなる災厄』…『世界の涙』…『聖獣たちの犠牲』…」

 それらの言葉は、断片的ではあったが、かつてこの世界を襲ったであろう何らかの大きな悲劇と、それに対して聖獣たちが大きな犠牲を払ったことを示唆しているように思われた。
 そして、先祖の少女が涙を流していた壁画の下には、このような言葉が刻まれていた。

「…『最後の希望』…『未来への誓い』…『ヴァルディアの名において、光を守り続けん』…」

(ヴァルディアの名において…光を…?)

 アメリアは、その言葉に胸を突かれた。
 それは、まるで自分自身に直接語りかけられているかのような、強いメッセージ性を感じさせるものだった。
 ヴァルディア家は、ただ辺境を治める一貴族ではなかったのだ。
 そこには、もっと深く、そして重大な、聖獣たちと結ばれた「誓い」が存在した。
 それは、世界の光を守るという、途方もなく大きな使命。

 父が手紙に記した「ヴァルディア家の役目」とは、このことだったのかもしれない。
 王都の者たちには忘れ去られ、あるいは意図的に隠されてきた、聖獣との絆と、それによって託された使命。
 その重さに、アメリアは思わず身震いした。

「アメリア様…大丈夫ですか?」

 ディランが、アメリアの顔色が優れないのに気づき、心配そうに声をかける。

「ええ…大丈夫よ、ディラン。ただ…少し、圧倒されてしまって…」

 アメリアは、かぶりを振って答えた。
 まだ全てが明らかになったわけではない。
 しかし、この聖獣の聖堂に隠された秘密の一端に触れたことで、アメリアの中には、新たな覚悟と、そして使命感が芽生え始めていた。
 それは、婚約破棄という個人的な不幸を超えた、もっと大きな運命の流れに、自分が巻き込まれようとしているという予感だった。

 ヴィルは、そんなアメリアの足元で、じっと彼女の顔を見上げていた。
 その瑠璃色の瞳は、まるで「あなたは一人じゃない」とでも言うように、優しく、そして力強い光を湛えている。
 アメリアは、ヴィルの頭をそっと撫でながら、この聖堂の中心にある祭壇へと視線を向けた。
 あの祭壇には、まだ何か重要な秘密が隠されているような気がしてならなかった。
 そして、その秘密を解き明かすことが、自分の聖獣使いとしての力を本格的に目覚めさせる鍵となるのかもしれない。
 アメリアの心臓が、期待と緊張で、再び強く鼓動し始めていた。
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