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9.入れない運命2
しおりを挟む――距離が近すぎるのではないかしら? 私が気にしすぎなの?
ソフィアはエルウィンとの距離をあっという間に縮めていっているように、ルイーゼには見えた。ルイーゼだけではない。周囲の人々にはそう見えた。
下町で生まれ育ったソフィアとエルウィンには、生粋の伯爵令嬢であるルイーゼには分からない共通の話題がいくつもある。ルイーゼが席を外している一瞬の間にも、ソフィアはエルウィンに近づき続けた。
ただソフィアは、慣れない環境にいる中で、自分の気持ちを分かってくれる優しい人に縋りたかっただけなのだろう。その相手が、眉目秀麗な人物であれば尚のこと。
自分のエルウィンに対する執着が、他人にどう見えるのかなど気にもとめない。執着している自覚すらないのだろう……と、ルイーゼは義妹のことを見ていた。
恋愛感情とも名付けられない純粋な好意を向けられているエルウィンの目に、ソフィアはどのように映っているのか……そんな義妹にやきもきしている自分は、どのように映っているのか……ルイーゼの目下の悩みはそれだった。
今日も、いつものようにルイーゼを訪ねてやってきたエルウィンを、約束相手であるルイーゼよりも早くソフィアが出迎えている。一度や二度ではない。
ソフィアにそれとなく伝えておくのは、貴族社会で不興を買わないためにも必要なことだ。そうわかっているのに、実際に二人を目の前にしてしまうと動けない。
なぜなのか、ルイーゼには分からなかった。
ソフィアのエルウィンに向ける瞳、それに応えるようにエルウィンがソフィアへ向ける優しげな瞳。楽しげに笑う二人を前に、何もすることができない。
誰もいないのに、大勢の人間に「二人の邪魔をするな」と叱られているような気になる。何もされていないのに、大きな何かに押さえつけられているかのように動けなくなる。
――ソフィアは、人懐っこい子だから……まだ、平民としての無防備な感情が残っているだけ。時期になくなる。
ルイーゼは必死にそう思い込もうとしていた。
◇◆◇ ◇◆◇
いつものように、自分を訪ねてきたエルウィンを出迎えるため、ルイーゼはエントランスへ向かった。
しかし、そこに二人の姿がないことに気づき、ルイーゼはため息をつく。ため息をついたのは、心を落ち着かせるためだ。無意味に取り乱したりしないように。
――二人が私を裏切るようなことをするはずがない。大丈夫、大丈夫……。
「お嬢様」
エントランスで二人の姿を探していたルイーゼに、背後からメイドが声をかける。振り返るルイーゼの表情には、自覚していない若干の焦りが見て取れた。
メイドはそれに気づいたようで、一瞬目を見張るが何も言わない。
「ソフィア様がエルウィン様を、『赤の庭園』へ案内されると連れて行かれました。お嬢様には応接室でお待ちいただくようにと言付かっております」
恭しく頭を下げるメイドは、一切の感情をのせずに淡々とルイーゼの質問に答えた。
「……私も庭園へ行くわ」
ルイーゼはしらずため息まじりにメイドへそう言った。
これまでの間に、ソフィアには何度も貴族令嬢としての慎みを教えてきているはずなのだが、ソフィアのエルウィンに対する行動は、結局何も変わらなかった。
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