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第一部
7話
聖女様VSコーベル嬢の戦いは、聖女様が先陣を切ったのだとばかり思っておりましたが、近づいてみると彼女はいつも通り、殿方の後ろに隠れて事の成り行きを見守っていました。
先程の怒声は空耳だったのでしょうか?
コーベル嬢も、今日は地べたに這いつくばるようなことも無く何よりです。
しかし、喧嘩はサシでやって欲しいものです。被害も少なくて済みますし。
聖女様軍団には、例によって騎士団長息子のアベル・プランケット卿と侯爵令息、そして侯爵令息の小判鮫である子爵令息がいます。殿下は……今のところどちらの陣営にも属していないようですが……どうなりますかね。
それ以外は有象無象が十数名。
対するコーベル嬢陣営には、初めて見るお方がいますね。
聖女様のお友達である侯爵令息の婚約者である、ベアトリス・アンディオン侯爵令嬢(御年十八)が。
コーベル嬢も、取り巻きを引き連れていないわけではありません。聖女様ほどべったりとくっついているわけではありませんが。コーベル嬢の取り巻きは、ハーレムと言うよりは、彼女の忠実なる部下というか下僕というか……本人達は真実の友と言って憚りませんが。この辺り、聖女様とコーベル嬢に集る人間は似たもの同士なのでしょうか。人数は五、六名ですね。
人数的には聖女様軍団に軍配が上がりますが、有象無象は戦力換算できそうもないですけどね。
「ベアトリス様が婚約を破棄されたのは、ご自分にも責任があるとは思わないんですか?! 一方的にグスタフだけが悪いように親に言いつけるなんて卑怯です!!」
「そうだそうだ!」
聖女様はグスタフ・リンネ侯爵子息(御年十八)にしがみつきながら、ベアトリス嬢に対し吠えています。あの様な仕草が、一般男性には受けるのでしょうか?
しがみつかれているグスタフ卿はご機嫌です。グスタフ卿の小判鮫、エドアルド・パリノフ子爵令息(御年十七)は、小物感満載でベアトリス嬢を威嚇するように睨みつけています。
そう言えばグスタフ・リンネ卿については最近、家督を弟君にとられたとか、本人は貴族位すら保てなくなるかもしれないとか、様々な噂を耳にしますね。
「言いがかりはよして頂戴?」
威圧的ではあるけれども、あくまで優雅にベアトリス嬢が反撃に転じました。
「わたくしに何の責があると?
まさか、只の女遊びで婚約解消に至ったとでも思っていらっしゃるのかしら?」
「ふん! 相変わらず賢しらな女だ! お前のような血も涙も無い人間には、リューの麗しさと尊さが理解できないのだろう。精霊の愛し子である彼女を尊べないとは……貴様、性根が腐りきっているのではないか?」
――ああ、その発言は耳が痛いです。
そのありがたいお言葉は、既に大精霊よりいただいちゃっています、はい。
「そのような輩を、我がリンネ家へ招き入れるなどできるはずがないだろう!
恥を知れ!!!」
これまたいい顔で言い切りますね。
精霊の愛し子を尊ばない――――確かに貴族社会において、それはかなり問題があるかもしれませんね。
しかし聖女様の現状を鑑みるに、それだけのご威光があるのかと問われると微妙なんですよね。
そもそも内から溢れ出す神秘的な何かがあるのだとしたら、今このような状況にはなっていないでしょうし。
癒やしの力が使えると言われているだけの庶民なんですよね、彼女。面倒だから表立っては言いませんが、内心では皆そう思っていると思いま――――。
「彼女は本当に愛し子なのですか?」
――え、ベアトリス嬢、正気ですか???
「ここにいる誰もが思っていることです。そこにいる聖女様は、神聖魔術の行使は愚か治癒魔術すら扱えないと聞きましたが? グスタフ卿、貴方はご存じないのかもしれませんが、王太子殿下が聖女様の側へいらっしゃるのは――――」
『ああ! 穢れが満ちていくよ! 大変だ! 止めてモニカ!!!』
「えええええっ???!」
巻き込まれたくなかった私は、やや離れた場所から一連の動きを見ていたのですが、突如青い顔をしたマクマによって中央へ叩き出されました!
「モニカ……?」
グスタフ卿の背中に引っ付いていた聖女様が、突如飛び出してきた恰好となった私を見て驚いています。私の背後にいる大精霊マクマには気付いていない様子。
「あの……えぇっとですねぇ……」
「貴様! あの悪女の味方をしたら許さんからな!!!」
グスタフ卿が威圧してきます。悪女とは、コーベル嬢のことでしょうか。
……先に謝っておいた方が良いでしょうか?
「ええと、とりあえずベアトリス嬢、発言お許しいただけますでしょうか?」
「え、ええ」
「公衆の面前で、聖女様を貶める発言をされるのは避けられた方が宜しいかと。
この場で真偽を問うのは愚かというものです」
「……貴女はどういうつもりですの?」
「どういうとは?」
「側仕えのように聖女様に付き従いながらも、日和見主義だった貴女が……どういう心境の変化かしら?」
心境ではなく環境の変化です。……そうですか、側仕ですか。
「一般常識の範囲内で発言をしているに過ぎません。ご理解頂きますよう」
ベアトリス嬢は私の発言をご理解下さったのかは分かりませんが「ふんっ!」と視線をそらすと、再び聖女様憎しと彼女を責め立て始めました……。
――聖女様が一方的にイチャモンを付けているだけだと思っていましたが、ベアトリス嬢はグスタフ卿の件で相当鬱憤が溜まっているのか、応戦する気満々のようですね。
「最近のガーヌ嬢の行動は目に余ります。分かっていらっしゃらない様だから、教えて差し上げますけれど、貴族の婚約と平民の婚約は違うのです! いつまでも、個人の感情が優先される平民の感覚を引きずられては、周りの者が迷惑致します! ガーヌ公爵は貴女に貴族としての礼節を教えていないのかしら?
それとも――――」
ベアトリス嬢が聖女様を糾弾している一方で、聖女様に側仕えしている有象無象が、不穏な動きをし始めているのが見えました。
バケツ一杯に入った泥水を、ベアトリス嬢に向かってぶちまけ――――。
――っ?! 何かに背中押され――……えぇっ?!
『ご、ごめん……なさい……』
「…………………………」
――マクマさえ邪魔しなければ、私が泥まみれになるようなことはなかったでしょう…………。
あのアクマが、ベアトリス嬢の前に私を突き飛ばしたりしなければ……!!!
『ふ、服なら直ぐに綺麗にできるよ? す、する?』
――衆人環視の中、大精霊の魔術なんか披露したら、大問題になりますよね?
この無能精霊……。
『ボク、無能じゃないぃ』
「モニカ・ホーグランド?!」
「ど、どうしましたの?!」
「何しているんだ貴様!」
その場にいた皆が一斉に驚きの声を上げたものだから、誰が何を言ったのか分かりません。もう分かりたくもありませんしね!
……何が高位貴族だ! 傲慢知己のイカレ集団が! 大精霊を見ることすら出来ない聖女擬き! 妄信するしか能の無い阿呆の話ぐいが――。
「いだだだだだだだ!!!」
頭の中で罵詈雑言を並べ立てていたら、サークレットが発動しました……もうやだ色々……。
「大丈夫ですか?!」
……おや?
人が弱っている時に、そっと肩を抱いてくれて優しくタオルまで差し出してくれてしまうのは…………ジャン様でした。
この集団の中では最年少に当たるジャン様が、今は輝いて見えます。こんな状況ですからね、はい。
「……これは、どういう状況ですか?」
タオルで視界が遮られているので分かりませんが……直ぐ側から、ジャン様の低い低い静かな声が聞こえてきます。もしや、激しくお怒り中ですか?
ジャン様は少々乱暴ですね……恐らく、タオルの下では髪がぐしゃぐしゃです。汚れた制服は、さっさと物陰でマクマに綺麗にしてもらえばよい話なので……。
今は二次災害となりつつある臨戦態勢のジャン様を止めるとしますか。
マクマのせいで、巻き込んでしまったようなものですからね。
「あの、ジャン様?」
「モニカ嬢は下がっていて下さい! この人達は、何をするか分かったものではありませんから!」
「私はいいので、あまり騒ぎにしないでいただきたく……」
「大丈夫です! 貴女にこれ以上被害を加えさせはしません!」
「この騒動が既に大被害なのですが?!」
何のスイッチが入っているのか知りませんが、ジャン様は義憤に駆られているご様子。素直に人の話を聞き入れる精神状態にないようです……!
「ジャン! 大丈夫?!」
聖女様の悲痛な叫びにタオルの影から様子を窺ってみれば、グスタフ卿の後ろに隠れていたはずの聖女様がジャン様の腕にしがみつこうとして振りほどかれている様子が見えました。
「貴女がさせたのですか? 一体、どういうおつもりで――」
ジャン様は聖女様を責め立てているようです!
――何してンですか、ジャン様!!!
今のこの状況では、ジャン様のとんちき行動は全て、私のせいという流れになってしまうんですよ!!! 分かってるんですか、ジャン様!!!
「ジャンはモニカに騙されてるんだよ!」
――聖女様がとんでもないことを言い出しました!
「ご自分の取り巻きに仰ったらいかがです?」
――こっちも同じだった!!
「ひ、酷いわジャン……! 皆、わたしのことを大事に思ってくれる特別な人よ? ジャン、貴方だってわたしにとっては特別な人だわ!」
聖女様のこの発言を皮切りに、グスタフ卿とアベル卿による三文劇場が始まりかけましたが――。
「双方控えよ!」
殿下の一喝で、直ぐに公演終了となりました。
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