クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第一部

 8話




『……お、怒ってる?』
 マクマが珍しくびくつきながら、棚の影からこちらの様子を窺っております。

 ジャン様が泥を払って下さり、そのままシャワールームの手配まで世話をしてくれたので人力で制服を乾かすことになりました。ここは食堂から最も近い教練棟であり、更衣室やシャワールームといった設備が整っています。実家の階級毎に使用フロアが定められていて、自動昇降機が設置されるまでは階級が下がるほど上のフロアを使用することとなっていました。今は逆ですが。
 制服が乾くまでの間、ジャン様が用意して下さった制服を拝借しております。

「……もう怒ってないわよ。全く、妖精ってのは皆アンタみたいにむちゃくちゃなことするワケ?」
『むむぅ……』
「もっと魔法でスマートに解決できなかったの?」
『穢れを祓うのはモニカにしか本来できないから……! ボクはモニカの助けがないと……』
「何もできないから私を泥まみれにした、と?」
『むぅぅ……』

 どうやらマクマは、先程のような場合に『思わず飛び出して正義のために戦う』ような清廉さを私に求めているらしいです。
 ……今生では無理だと思われま――。
「いだだだだだ!!!」
『何を考えたの?!』


「大丈夫ですか、モニカ嬢! 入っても宜しいですか??」
「ジ、ジャン様?! だ、大丈夫です、ので……入ってこないで下さい」
「申し訳ありません……」

 どうやらジャン様は更衣室の直ぐ側で待ってくれています。
 体術訓練のない女子生徒がシャワールームを使用することはほぼ無く、実質男性専用となっているため、万が一のことがないようにと外で見張ってくれているようなのです。
 そんな面倒な施設を非常事態とはいえ拝借するのはかなり抵抗がありましたが、公爵家ご令息の案内ですし――高位貴族御用達の綺麗な設備を一度目にしておきたかったという邪なもありましたので――ご厚意に甘えることにしました。

 ……それに、最近のジャン様はまあ…………うん。


「お待たせしました……ジャン様?」
 ジャン様は更衣室に背を向けながら、廊下全体を遠目にぼんやりと見ているようでした。その様はどこか疲れているように見えます。
「は、はい! あの、申し訳ありませんでした! あと、そちら借り物なんですが悪いところなどありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……よかった」
 やっぱり疲れているのではないでしょうか?

 ……なんか、こういう雰囲気のジャン様の側にいるのは、落ち着きませんね。

 公爵家のご令息を些末な用事で疲弊させてしまうのは、どうにも不敬であるような気がしてしまうから……でしょうか?




 ◇◆◇ ◇◆◇


 そして今――――私は食堂の三階にある計算し尽くされた採光が明るいティールームで、ジャン様と共にお菓子を食べています。なぜこうなったのでしょう?
 着替えを済ませ、ジャン様に礼を告げたら今日は速攻で屋敷へ戻る予定だったのですが、なぜか彼に誘われるまま流されています。
 他に人もいませんし落ち着けるので良いですけど。

『これは何? 何? 可愛い! キレイ! 良い匂い!』
 視界の端でマクマがテーブルの上を飛び回りながら、菓子に釘付けになっています。ジャン様にはこの、かなり五月蠅く騒いでいるマクマの姿が見えないのですね。殿下の反応を見たのでジャン様の反応も見てみたくなりましたが、無理そうですね。
 テーブルの上で騒ぐマクマがくさかったので、取り敢えず鷲掴み背後へぽいっと放り投げてみました。背後でギャーギャー喚いている分には、気にならないので問題なしです。

「どうかしましたか?」
「い、いえっ! 何でもないですっ!
 そういうジャン様こそ……最近、何かあったのですか?」
「…………」
 私の質問に、ジャン様は口にしていたティーカップをテーブルに戻し、何か言いたげにこちらを振り返ってきました。

「それは、こちらの台詞でもあるのですが?」
「え?」
「貴女の、聖女様と行動を共にされている今の状態についてですが、これは姉上を避け続けた行動の結果だと思っていました」

 確かに、それは合っています。
 元々、私は聖女様に心酔して側にいるようになったわけではありませんでした。ただ……嫌なことを……赦せないことを……面倒なことを……避けている間に、気付いたら聖女様と行動を共にするようになり……気付いたら……メイドのように彼女に傅いていました。
 ――私は赤の他人にも勘付かれる程、コーベル嬢への敵意をむき出しにしていたのでしょうか。

「なのに最近の貴女は……。確かにガーヌ嬢も最近、色々と行き過ぎた感があるのは否めませんが貴女は彼女よりもあの姉の方がマシだと……聖女様に見切りを付けたのかと思いまして」
「ええっ?!」

 って……聖女様の信奉者が聞いたらまた一騒動起きそうな事を平然とした顔で言うのですね…………ジャン様だって彼女の信奉者……というより彼女を恋い慕う取り巻きの一員……のはず。

「あの、ジャン様は……聖女様のことをお慕いされ――」
 言い終えるより早く、ジャン様の冷たい視線が突き刺さりました。目は口ほどにものを言うとはこのことでしょうか。
「俺はガーヌ嬢に個人的な興味は欠片もありません。そのように勘違いをされるような言動をとった記憶は一つもありません。
 本当に、ないんですよ――――――……」

 今度は哀愁が漂い始めました。
 これは驚きです。好き好んであんな場所にいるのだとばかり思ってました。

「ではなぜ、今の位置に甘んじているのですか?」
「…………」
「聖女様のお側にいるのが苦痛なら、離れればよいのでは?」
「貴女は?」
「はい?」
「貴女は聖女様のお側にいることについて、苦痛ではないのですか?」
「ありません」

 ――私は、聖女様の側に居れば、の一顰一笑を窺う必要など無いからと、ただそれだけだった。それだけでよかった。
 マクマが言った通り、私はきっと根性が腐りきっているのでしょう。
 でも、もうそれでいい。

「あの陣営から離れたら、私は自分がこの世で最も望まない陣営に属さなければならなくな――――いだだだだだだだっ!!!」
「モニカ嬢っ?!」

 ――サークレットがっ!!!
 この思考がダメって……穢れてるって言われても……今更、私は軌道修正する気などない!!! 一生この根性で生きてやるのよ!!!

「あの、これがきついのですか? 外されては――」
「外れないんですよ、これ」
「え?」
 マクマの姿が見えないジャン様に、何をどう説明したらよいものか。

 頭を捻ってみましたが、良い案は浮かんできませんでした。



「モニカ嬢は来週から始まる課外実習には赴かれないのですか?」
「ああ……そろそろでしたね……どうしようかな?」

 課外実習というのは、教会主導で行われる穢れの浄化実習のことです。例年通りならば、騎士を目指す貴族子息の為の魔獣討伐実習が主な実習内容となるところですが、今年は異例の扱いを受けています。
 何しろ、噂の聖女様がいらっしゃいますからね。神の御業を直ぐ側で見たいと考える生徒が多く、男女問わず多くの生徒達が実習の参加を希望しているそうです。

 聖女の役目は、聖なる力で闇を払い世に光をもたらすこと。要するに、神聖魔術と精霊の力を借りて、穢れを祓うことができてこそ一人前の聖女と認められます。
 神聖魔術くらい実は誰にでも行使できるのですから、さっさとその強い思い込み意思を遺憾なく発揮して、習得していただきたいものです。
 教会は後々、騎士や神官程度には対峙できない高位悪魔を掃討してくれることを、聖女様に期待しているようです。




「モニカ・ホーグランド!」
 私とジャン様しかいなかったティールームの扉を、勢いよく開けて走り込んで来るようにして現れたのは――ヘタれ殿下です。
 ジャン様は殿下のそのような様子を見たことが無かったのか、かなり驚かれているようですが。

「どうかなさいましたか?」
 殿下の手には、いじけた様子のマクマが抱え込まれていました。
 ――あの子、何を言ったのでしょう?

「あ、ああ……少々君に相談があって……」
「相談ですか? ガーヌ嬢でも姉上でもなく、彼女に?」
 私と殿下の間に割って入ってきたのは、ジャン様です。何が気に入らないのか知りませんが、私の目の前で面倒な争いは控えて下さい。

 まとめて死んでいただきたくなりま――――――――――だあああああっ!!!




 サークレットの痛みは最悪でも十分程度で去って行きます。
 ――十分って結構長いですから!!!

 元凶二人による心配タイムが終わると、殿下が本題を切り出してきました。

「実は来週から始まるに、リュクレースが難色を示していて……」
「そんなこと、彼女には関係ないでしょう。彼女は姉君を疎んじているだけで、聖女に傾倒しているわけではないのですから。聖女の心を支えるのは貴方の役割では?」

 ジャン様……なぜ、王太子殿下に対して喧嘩腰なのでしょう??
 この二人が揉めるような事案、ありましたっけ? やはりコーベル嬢という婚約者がいるのに、聖女様と爛れた関係でいることに苛立ちが?

 ここ最近のアレやコレは、聖女様への歪んだ恋心が?! ――なんて、思うほど者が見えていないわけではないのだけれど…………マクマのせいで、頭痛が頻発する事態に陥ったから、最近特に、面倒毎に対して頭が回らないのです。


「――殿下、今年のに参加される生徒は、どの程度いらっしゃるのでしょう?」
「ほぼ、生徒全員だ。今年は話題の聖女が参加するからな」
「彼女が難色を示しているというのは?」
「決まって居るでは無いですか。彼女が、神聖魔術を行使できないからですよ!」
 ジャン様が呆れたように吐き捨てました。

 神聖魔術なんて、心の持ち様で誰にでも行使できるものなのに。ある意味、聖女様は素直な方だということでしょうか?

「君は、参加するのか?」
「参加予定はありませんけれど?」
「……無理を承知で頼みがある。参加をしてくれないだろうか」
「なぜですか?」
 殿下へ疑問を投げかけると、彼は躊躇しているようにジャン様へと視線を向けました。彼がいると口にするのを憚られる理由……マクマの件でしょうか。
 なら――――……。


「お断りします!」

 ――即答でお断りします!!!







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