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はじめての発情期
しおりを挟む「……はぁ、はぁ、っ、んん……」
身体が、熱い。
感じた事がないような、はしたないぐらいの性的欲求と、浮遊感と、切なくなる焦燥感。色々混じってわからなくなる。
布団にくるまりながら、ジッと耐えるしかなかった。
はじめての本格的な発情期は、病院に行ったその日の夜に、はじまった。
父ちゃんが帰ってくるのを待ってご飯を食べて、薬飲んで、風呂入って、まだこないだろーってゲームつけようとした瞬間、それは、キた。
ドクンっと強い衝撃がきて、一瞬で鼓動が早くなる。
ヤバい、と思って電源ボタンから手を離し、布団にくるまった。
すぐに、理解した。
頭で、じゃない。身体が、理解した。
これが、発情期だと。
アルファを誘い、孕むためだけの、衝動と匂いだと。
自慰だってあんまりしないのに、そういう欲求、が高まっているのを感じる。
でも本能が叫ぶ。
出すだけじゃ、ダメだって。
薬が効いてくるのを信じて、ひたすら耐える。
弱いらしいけど、効くはずだ。
薬も無く今日を迎えてたら、マジで世界に、自分に、絶望したと思う。
昔の、オメガの人が狂ってしまうっていう話、ちょっとだけ理解できてしまって、切なくなった。
土曜日の夜は、ひたすら耐えて、何とか寝る事ができた。
眠って、朝になると、多少気分がマシになっていた。
風邪をひいた時のような熱っぽさがずっと続いているけど、これが主な症状なんだろうか。
フラフラと立ち上がり、せめてご飯を食べようと一階に降りる。
本当に、高熱が出た時のようだ。ふわふわして、あんまり色んな事を考えられない。
「あら、起きてきた……うわっ」
ダイニングに入ると、母ちゃんが失礼にも眉を寄せた。
「なに……」
思わず怪訝そうに見てしまったのだろう。苦笑した母ちゃんと目が合った。
「あんたそれ、無自覚なんだってね。なんか、すっごいきつい花の香水みたいな匂いしてんのよ、あんたから。アタシは女だからそれで済んでるけど、ヤバいらしいねそれ。だから、必要最低限、この期間は部屋から出るんじゃないよ」
「えっ、なにそれ、知らない」
「ワキガよりひどいわ、こりゃ。じゃあ、ご飯食べたらそこ置いといてね。で、またちゃんと寝てるのよ。お母さん、仕事に行ってくるから」
「はぁい」
母ちゃんは何気に酷い事を言いながら、仕事に出かけて行った。
納得いかない。花だって言ってんのに、ワキガより酷いなんて……。制汗剤、ちゃんと調べよ。
一人もそもそとご飯を食べて、薬を飲み、皿を洗って、また部屋に戻る。
未だにふわふわしているが、確かに薬が効いてる気がする。なんとか、風邪レベルで日常生活をしようと思えば、できるみたい。良かった。
部屋に戻り、制汗剤を調べようとスマホを見ると、充電が切れていた。
何気なく充電器に差し、電源を付けると、鬼のような通知の数。沢山のメールが来ていたみたいだ。
びっくりして送信者を確認すると、全て、司からのメールだった。
慌てて、その全てを開いてみてみる。
昨日の午前中の『おっけー』から、午後の『なんで?』とか『どうかした、大丈夫?』っていう心配のメールまで、たくさん、本当に沢山の司からのメール。
ビックリした。
正直、司がこんなにオレにメールしてくるなんて、信じられなかった。
電話も一回あったみたいだが、病院に居た時だからマナーモードにした後だった。繋がらないのに気づいて、メールをしてきたみたいだ。
いつもは、どちらかというとオレの方から司にメールする事が多い。し、司は返信が短かったり、一言で済ませたりする。
その司が、オレに対してこんなにメールを、沢山の心配の言葉をかけてくれている。
嬉しい。
鼓動が早くなる。ドキドキ、ドキドキ、どんどん心臓が早く脈打つ。ふわふわした気分が強くなって、ちょっと勃ってしまった。
うう、発情期だから、しょうがないんだ。これは、しょうがない。
とりあえず、一番最新のメールは……30分前だ。
『大丈夫か。なんかあった? 病気? 困ったことあったら、すぐ言えよ』
嬉しい。
完全に、勃起してしまったのがわかった。パンツの中、ヌルヌルして気持ち悪い。
うぅ、発情期中に好きな奴からのメールなんて、見るんじゃなかった。
この短い文面だけで、幸福感が凄い。まるでヤバい薬でもきめてるようで怖くもあるけど……。
何度か深呼吸して、慎重に文面を考える。
『ごめん、心配かけた。ちょっとひどい風邪ひいたから、明日も学校やすむ』
なんとかいつも通りの文面になった、と思う。
気を抜いたら、今にでも告白してしまいそうで、発情期の恐ろしさを今身をもって体感している。頑張れオレ。
メールを送信したら、すぐに返事がきた。慌てて開く。
『大丈夫なん?! おれ、そっち行こうか?』
キューンってした。胸が、ぎゅーんって。んで、ドクドクするの、オレの心臓。忙しすぎだろ。
ああ、好きだなあ、司のこと。しんどいなぁ。いつかこいつを諦めないといけない日がくるのかぁ。
鼻をすんと鳴らしながらも、また、何度か深呼吸して、文を打つ。
『寝てれば治るし、大丈夫。てか寝たいし、うつしたら悪い』
大丈夫、だよな。変に好意とかにじみ出てないよな?
ちょっと震える手で、送信を押す。と、またすぐ返事が返ってきた。いつもなら考えられない速度で。それもまた股間に悪い。
『そか。わかった。早く治るといいな』
本当にな。
『あんがと』
オレはその文を打つと、スマホをギュッと握りしめ、もう次の瞬間には、スマホの電源を落としていた。
これ以上、刺激を受けるとマジでヤバそうだったから。
……直感している。
一回、この欲求を出してしまったら、もう我慢なんてきかなくなって、擦れて腫れてなにも出なくなるまで抜いてしまうだろうという事を。そして、それでも足りないのだろうという事を。
やだ。
そこまでいったら、今までの尊厳が崩れ去りそうで、やだ。収まらなかったら怖い。
そういうわけで、オレはまた布団にくるまって寝る努力をした。
どうやらオレには、眠ることについて才能があったようだ。
日曜日も、その次の月曜日も、なんだかフワフワウトウトしている間に終わってしまった。
その間、父ちゃんや母ちゃんに世話焼いてもらうのが、いつかの酷い風邪を引いた時のようで、なんだかくすぐったかった。
でも風邪と違って、腹は減ってないのにご飯を完食できる。てことは、腹が減るって感覚がおかしいんだと思う。で、こんだけ食っちゃ寝できるってことは、それだけエネルギーを使ってるんじゃないかな。発情期って大変だ。
あのおじいちゃん先生の、合う薬が見つかればずっと楽に生活できるって言葉が、まるで希望のように思える。早く見つかると良いなぁ。
一応、昼間の大丈夫そうな時に制汗剤を調べて買ってきてもらったし(オメガの掲示板、えっぐい話ししてて怖かった)、月曜日のお昼にきた司からの心配のメールも、何とか変に思われずに返せたと思う。オレがいなくて寂しいなんて、あいつも罪深い。どうせ周りには浜田さんをはじめとした女子がいる事だろう。……そんな嫉妬もうまくごまかせたと思う。思う。
他に困ったことがあったとすれば、それは、ゲームができなかったこと。
パッケージ版を見れば司を思い出し、コントローラーを握れば司を感じ、そのたびに勃起して大変だった。ゲーム所ではなかった。つらかった。
月曜日の夜にはだいぶ治まっていたから、火曜日は学校に行くことにした。おじいちゃん先生も三日ぐらいは安静にって言ってたしね。
制汗剤をあらゆる所に吹き付けて、一階のリビングに入る。両親が晩御飯の後のテレビを見ていた。
「ん? 大和、起きて大丈夫なのか」
「あら、どうしたの。おやついる?」
二人とも、オレが下りてきたことに不思議そうな顔をしているが、発情期初日のように顔を歪めはしなかった。案外、あれ傷つくよな……。
「いらない。なあ、オレどう? まだ臭う?」
二人に近づきながら、おそるおそる聞いてみると、二人は顔を見合わせて、ちょっと難しい顔をしていた。
「う~ん、そうね。近づけば臭うけど、ちょっと離れたら、まだましかな。あなたは?」
「そうだなあ。俺は、まだちょっと臭うな。けどまあ、別にこれぐらいの香水つけている人はいるからなあ」
二人の言葉に、肩を落とす。
「どうする? 明日も学校休む?」
心配そうに聞いてくる母ちゃんの言葉に、悩む。
確かに、日に日にマシにはなってきている。でも、明日も休んだからって、もっとマシになるか微妙な気がする。
うちの学校で、はっきりアルファって噂されてるのは、司しかいないはずだ。アルファがいないなら、ベータばかりなら、匂いがマシならなんとか誤魔化せるんじゃないかな。
これ以上、ゲームもできないのに部屋にこもってるの、もういやだ。飽きた。
「明日は、学校行ってみる。ダメそうだったら、保健の先生に相談してみるよ」
保健の先生は、学校でオレのこの性を知っている数少ない先生の内の一人だ。
「そう? あんたがそう言うなら良いけど、気を付けるのよ」
「無理しないようにな」
「うん」
二人はまだ少し心配そうだったが、オレが頷いたので、それ以上は何も言わなかった。
しかし、気を付けろって言われても、何に気を付けるんだろ。わからない事だらけだ。
明日からの学校生活、少し不安だ。誰か、学校での事を相談できる人でもいればいいんだけど……あっ。
居た。
これ以上ないくらい、理想的な人が、居た。
ただ問題は、その人と喋った事がなくて、もれ聞く噂だと女王様とか冷たいとか、美人という評価以外あんまり良い評判を聞かない事か。
でも、頼るなら、この人しかいない。
三年生の、高木先輩。
普通なら絶対に話しかけないし、関わり合いにもならない人だ。
めっちゃ緊張する。なんなら司の事吹っ飛ぶぐらい、緊張する。
でも、この人以外に今の所頼れる人がいない。やってみるしかない。
色んな意味でドキドキしながら、布団に入った。
明日は、とにかく頑張ろう。
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