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短編 手を繋ぎたい
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二人が付き合ってすぐぐらいの頃
「早乙女くん」
また来たか、と、オレは内心だけで溜息を吐いた。
男子高校生の貴重な休み時間。昼寝していた机から頭をはがし、愛想笑いを浮かべ、オレの前にいる頬を上気させ瞳をウルウルしている女子を見た。見た事無い可愛らしい子だ。上履きの色が違うから、三年生だろう。
「なんですか?」
オレが邪険にしないとわかった瞬間、その女子はバッとオレの机に両手を置いてオレに顔を近づけた。
「土岐くんに彼女できたって噂、本当? あなた友達なんでしょ、誰だか知ってる? この学校の子?」
さっきまでのいじらしさは全て消え、小声だが凄く早口でまくしたてられた。
やっぱりか。
オレは溜息を吐かないように気を付けて、言葉を返す。これまで何度も口にした、言葉を。
「すみません、オレも司に秘密にされてるんです。口が堅くて、教えてくれなくて」
苦笑しながらそう言うと、その女子は怪訝そうにオレを睨みつけてきた。おお、怖い。
「本当?」
「はい」
「うちの学校の子か、他校の子かすら、知らない?」
「はい」
「そもそも、本当に付き合ってるの?」
「おそらく」
オレが本当に何も知らないと思ったのか、女子はこれみよがしに溜息を吐いて、無言で立ち去って行った。いいけどさぁ、オレの貴重な昼寝時間だったんだけど。
オレが今度は本当に溜息を吐くと、斜め前の席の男子、前田くんが可哀想なものを見る目でオレを見ていた。そう思うなら、助けてくれ。横の席の浜田さんが鼻で笑った音が聞こえた気がするが気のせいだと思っておく。
もう一度、机の上に置いた腕に顔を乗せようとしたら、チャイムが鳴った。がっくりとうなだれる。
これでもう、何度目だろう。
オレは、仕方なく寝るのを諦めて次の授業の準備を始めた。
オレと司がなんやかんやあって付き合いだした後、司はハッキリと彼女が出来たから今後は遊べない、と公言した。
それまでは、今までもあった事だ。
だが、今までと違った事があった。
それは、司が彼女の事を徹底的に秘密にした事だった。これまでは、司が詳しく言わなくても彼女の方から実は付き合ってるんだよねー、みたいにリークがあったりしたので、それとなく司を狙っていた人達には共有されていたそうだ。
今回は、それがない。そのせいで、みんなが不安なのだと思う。司に嫌われたくないけれど、他の女子は出し抜きたい、というようなアグレッシブな人達がオレの所に問い合わせに来ているようだった。……その本人がオレだと気づかないでくれ、といつも思う。
当の司は相変わらず人気者だし、部活の助っ人なども程よく受けていた。
変わったのは、オレと一緒に居る事がほんの少し多くなったぐらい。だけど、それに気づく奴はいないだろう。
「大和ー、かえろーぜー」
「おう。今日は助っ人は良いのか?」
「ああ、三つ重なったから、全部無理って断ってきた」
司も、少しだけオレを優先してくれるようになった。みんなにはわからない程度だけど、それが、嬉しい。
「そっか。じゃ、とっとと帰るか」
「あ、大和」
オレが鞄を持って立ち上がろうとしたとき、不意に司が顔を近づけてきて、小さな声で、
手、繋いじゃだめ?
と耳元で囁いてきた。オレは思わず顔を上げて司を見る、が司はいつも通りの顔で。一人だけ顔真っ赤にして、馬鹿みたいだなんて思うけど、これは不意打ちした司が悪い。
「駄目に決まってんだろ馬鹿。お前、今日のおやつ無しな」
「えっ、嘘だろ、ごめんって大和~」
「ばーか」
司から逃れるように速足で歩くと、司が難なく追いついてくる。腹立つな。
まわりに人は少なかったが、女子からの視線はばっちり感じてしまったから、早く逃れたかった。女子って変にカン鋭いから、怖いよな。
学校から出て、コンビニに寄り道した帰り道。
いつも通りなんて事ない話をしていると、司が偶然を装って、手をこつんと当ててきた。一回だけじゃなく、何回も。
そんな事にも、一瞬の体温にも、あの時の事を思い出していちいち動揺する自分の童貞力が恨めしい。童貞だからな! 一生な!! 仕方ないだろ! 一回するのと、しないとでは世界がまるで変ってしまった。あいつの体温がわかるという事が、恥ずかしい。
「司」
手を繋ぎたいのだろう、と思う。オレだって、誰に憚る事なくいわゆる恋人繋ぎみたいな事、してみたい。した事ないし。
だけど、この校区内ではリスキーだ。最近は落ち着いてきだしたとはいえ、いまだにオレに司に彼女ができたという、噂の真偽を確かめに来る人がいるぐらいだし。
オレがちょっと怒ったように司に言うと、しょんぼりするかと思ったら、ぷいとそっぽを向かれた。あ、拗ねた。
オレだって繋ぎたいよ。
ちょっと笑うのをこらえてしまった。
「つかさ」
笑いをこらえたまま呼びかけると、司はちらっとこちらを見て、またぷいとそっぽを向いた。
その可愛らしさについ意地悪したくなって、オレからコンコンと拳を当てた。恨めしそうにオレを見た司だが、キョロキョロとあたりを見回しだした。この辺りには、もうだいぶ人が少なくなっている。
何かを伺うような司を、不思議そうに見上げていると、次の瞬間、
「わ」
司に手を握られた。握られたというか、握り込まれたというか。そしてぐいっと引っ張られた。
「あんまり可愛い事しないで、大和」
「なっ」
驚いていると、そう耳元で囁かれて、パッと手が離された。思わず息が吹きかかった耳を押さえる。頬がすごく熱い。
言葉が出てこない。
こんな事で動揺している事が恥ずかしくて、でも、その相手が司だという事実が胸を満たして、ことばが、出てこない。
そんなオレを見て満足したのか、司はいつも通りの調子で、
「どうしたの、大和」
と聞いてくるから、
「ばーかばーか」
そう小学生みたいな事しか言えなくなって、オレは走り出していた。後ろから、司が追いかけてくる事を疑いもしない自分にも、なんだか恥ずかしくなる。
「やまとー、ごめんってー」
後ろから案の定、司が追いかけてくる。声になんだか笑いが含まれていて、オレももうなんだかよくわからなくなって、笑ってしまった。
二人して笑って走ってるなんて、青春、って感じでなんだか気恥ずかしくて、楽しくて、幸せだな、なんて思ってしまった。
「どうしたの、大和?」
「……ううん、なんでもない」
ふと、昔の事を思い出していたら、司が声をかけてきた。
大人になっても相変わらず見上げる司はかっこよくて、オレの自慢の幼馴染で旦那だ。オレと目が合うと、にこっと微笑むのも変わらない。
だけど、繋いだ手から感じる温もりはオレにしっかり馴染んで、オレの一部になった。
当たり前のように手を繋げる今が、幸せだ。
だけど。
あの時の、高校時代の、甘酸っぱい感じも今考えれば、嫌いではなかった。その時はその時で楽しかったのだと今は思う。司と一緒だったから。
「司、高校の頃さ、オレ達が付き合ってる事、女子にバレないように苦労したの覚えてる?」
オレの突然の問いに司はきょとんとした様子だったが、思い出したのか苦笑した。
「ああ、覚えてるよ。あの時の大和、色々恥ずかしがってて、可愛かったなあ」
可愛くなくていい。オレの心の声が聞こえたのか、司が苦笑を深くする。
「今も可愛いけどね。でも、あの頃はあの頃で、不自由だったけどそれもちょっと楽しかったよね」
オレと同じ事を想っていた司に、つい笑ってしまう。
「オレもそう思ってた」
「まあでも、こうやって、堂々と大和と歩ける今の方が幸せかな~」
「オレもそう思ってた!」
司の言葉に、オレは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。目と目が合う。人目が無ければキスの一つでもしたい所だが、ここは我慢だ。
だって、オレ達の家に帰れば、いくらでも甘やかな時間を過ごせるのだから。司もそれはわかっているのか、にこっと笑う。
「帰ろっか、大和」
「えっち」
「なんでだよ」
「図星だろ」
「そうだよ」
「ほらぁ」
笑い合いながら、手を繋いで、同じ家に帰れる幸せ。
色々あったけれど、その色々すら愛おしいなと改めて思った日だった。
たまには、昔を思い出すのも悪くないな、なんて。
おわり
「早乙女くん」
また来たか、と、オレは内心だけで溜息を吐いた。
男子高校生の貴重な休み時間。昼寝していた机から頭をはがし、愛想笑いを浮かべ、オレの前にいる頬を上気させ瞳をウルウルしている女子を見た。見た事無い可愛らしい子だ。上履きの色が違うから、三年生だろう。
「なんですか?」
オレが邪険にしないとわかった瞬間、その女子はバッとオレの机に両手を置いてオレに顔を近づけた。
「土岐くんに彼女できたって噂、本当? あなた友達なんでしょ、誰だか知ってる? この学校の子?」
さっきまでのいじらしさは全て消え、小声だが凄く早口でまくしたてられた。
やっぱりか。
オレは溜息を吐かないように気を付けて、言葉を返す。これまで何度も口にした、言葉を。
「すみません、オレも司に秘密にされてるんです。口が堅くて、教えてくれなくて」
苦笑しながらそう言うと、その女子は怪訝そうにオレを睨みつけてきた。おお、怖い。
「本当?」
「はい」
「うちの学校の子か、他校の子かすら、知らない?」
「はい」
「そもそも、本当に付き合ってるの?」
「おそらく」
オレが本当に何も知らないと思ったのか、女子はこれみよがしに溜息を吐いて、無言で立ち去って行った。いいけどさぁ、オレの貴重な昼寝時間だったんだけど。
オレが今度は本当に溜息を吐くと、斜め前の席の男子、前田くんが可哀想なものを見る目でオレを見ていた。そう思うなら、助けてくれ。横の席の浜田さんが鼻で笑った音が聞こえた気がするが気のせいだと思っておく。
もう一度、机の上に置いた腕に顔を乗せようとしたら、チャイムが鳴った。がっくりとうなだれる。
これでもう、何度目だろう。
オレは、仕方なく寝るのを諦めて次の授業の準備を始めた。
オレと司がなんやかんやあって付き合いだした後、司はハッキリと彼女が出来たから今後は遊べない、と公言した。
それまでは、今までもあった事だ。
だが、今までと違った事があった。
それは、司が彼女の事を徹底的に秘密にした事だった。これまでは、司が詳しく言わなくても彼女の方から実は付き合ってるんだよねー、みたいにリークがあったりしたので、それとなく司を狙っていた人達には共有されていたそうだ。
今回は、それがない。そのせいで、みんなが不安なのだと思う。司に嫌われたくないけれど、他の女子は出し抜きたい、というようなアグレッシブな人達がオレの所に問い合わせに来ているようだった。……その本人がオレだと気づかないでくれ、といつも思う。
当の司は相変わらず人気者だし、部活の助っ人なども程よく受けていた。
変わったのは、オレと一緒に居る事がほんの少し多くなったぐらい。だけど、それに気づく奴はいないだろう。
「大和ー、かえろーぜー」
「おう。今日は助っ人は良いのか?」
「ああ、三つ重なったから、全部無理って断ってきた」
司も、少しだけオレを優先してくれるようになった。みんなにはわからない程度だけど、それが、嬉しい。
「そっか。じゃ、とっとと帰るか」
「あ、大和」
オレが鞄を持って立ち上がろうとしたとき、不意に司が顔を近づけてきて、小さな声で、
手、繋いじゃだめ?
と耳元で囁いてきた。オレは思わず顔を上げて司を見る、が司はいつも通りの顔で。一人だけ顔真っ赤にして、馬鹿みたいだなんて思うけど、これは不意打ちした司が悪い。
「駄目に決まってんだろ馬鹿。お前、今日のおやつ無しな」
「えっ、嘘だろ、ごめんって大和~」
「ばーか」
司から逃れるように速足で歩くと、司が難なく追いついてくる。腹立つな。
まわりに人は少なかったが、女子からの視線はばっちり感じてしまったから、早く逃れたかった。女子って変にカン鋭いから、怖いよな。
学校から出て、コンビニに寄り道した帰り道。
いつも通りなんて事ない話をしていると、司が偶然を装って、手をこつんと当ててきた。一回だけじゃなく、何回も。
そんな事にも、一瞬の体温にも、あの時の事を思い出していちいち動揺する自分の童貞力が恨めしい。童貞だからな! 一生な!! 仕方ないだろ! 一回するのと、しないとでは世界がまるで変ってしまった。あいつの体温がわかるという事が、恥ずかしい。
「司」
手を繋ぎたいのだろう、と思う。オレだって、誰に憚る事なくいわゆる恋人繋ぎみたいな事、してみたい。した事ないし。
だけど、この校区内ではリスキーだ。最近は落ち着いてきだしたとはいえ、いまだにオレに司に彼女ができたという、噂の真偽を確かめに来る人がいるぐらいだし。
オレがちょっと怒ったように司に言うと、しょんぼりするかと思ったら、ぷいとそっぽを向かれた。あ、拗ねた。
オレだって繋ぎたいよ。
ちょっと笑うのをこらえてしまった。
「つかさ」
笑いをこらえたまま呼びかけると、司はちらっとこちらを見て、またぷいとそっぽを向いた。
その可愛らしさについ意地悪したくなって、オレからコンコンと拳を当てた。恨めしそうにオレを見た司だが、キョロキョロとあたりを見回しだした。この辺りには、もうだいぶ人が少なくなっている。
何かを伺うような司を、不思議そうに見上げていると、次の瞬間、
「わ」
司に手を握られた。握られたというか、握り込まれたというか。そしてぐいっと引っ張られた。
「あんまり可愛い事しないで、大和」
「なっ」
驚いていると、そう耳元で囁かれて、パッと手が離された。思わず息が吹きかかった耳を押さえる。頬がすごく熱い。
言葉が出てこない。
こんな事で動揺している事が恥ずかしくて、でも、その相手が司だという事実が胸を満たして、ことばが、出てこない。
そんなオレを見て満足したのか、司はいつも通りの調子で、
「どうしたの、大和」
と聞いてくるから、
「ばーかばーか」
そう小学生みたいな事しか言えなくなって、オレは走り出していた。後ろから、司が追いかけてくる事を疑いもしない自分にも、なんだか恥ずかしくなる。
「やまとー、ごめんってー」
後ろから案の定、司が追いかけてくる。声になんだか笑いが含まれていて、オレももうなんだかよくわからなくなって、笑ってしまった。
二人して笑って走ってるなんて、青春、って感じでなんだか気恥ずかしくて、楽しくて、幸せだな、なんて思ってしまった。
「どうしたの、大和?」
「……ううん、なんでもない」
ふと、昔の事を思い出していたら、司が声をかけてきた。
大人になっても相変わらず見上げる司はかっこよくて、オレの自慢の幼馴染で旦那だ。オレと目が合うと、にこっと微笑むのも変わらない。
だけど、繋いだ手から感じる温もりはオレにしっかり馴染んで、オレの一部になった。
当たり前のように手を繋げる今が、幸せだ。
だけど。
あの時の、高校時代の、甘酸っぱい感じも今考えれば、嫌いではなかった。その時はその時で楽しかったのだと今は思う。司と一緒だったから。
「司、高校の頃さ、オレ達が付き合ってる事、女子にバレないように苦労したの覚えてる?」
オレの突然の問いに司はきょとんとした様子だったが、思い出したのか苦笑した。
「ああ、覚えてるよ。あの時の大和、色々恥ずかしがってて、可愛かったなあ」
可愛くなくていい。オレの心の声が聞こえたのか、司が苦笑を深くする。
「今も可愛いけどね。でも、あの頃はあの頃で、不自由だったけどそれもちょっと楽しかったよね」
オレと同じ事を想っていた司に、つい笑ってしまう。
「オレもそう思ってた」
「まあでも、こうやって、堂々と大和と歩ける今の方が幸せかな~」
「オレもそう思ってた!」
司の言葉に、オレは繋いだ手にぎゅっと力を込めた。目と目が合う。人目が無ければキスの一つでもしたい所だが、ここは我慢だ。
だって、オレ達の家に帰れば、いくらでも甘やかな時間を過ごせるのだから。司もそれはわかっているのか、にこっと笑う。
「帰ろっか、大和」
「えっち」
「なんでだよ」
「図星だろ」
「そうだよ」
「ほらぁ」
笑い合いながら、手を繋いで、同じ家に帰れる幸せ。
色々あったけれど、その色々すら愛おしいなと改めて思った日だった。
たまには、昔を思い出すのも悪くないな、なんて。
おわり
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