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喫茶店にて
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駅前通りにある喫茶店で、ぼくは衝動買いした本を読んでいた。かの有名な豪華客船、タイタニック号の事件に関するドキュメンタリーである。”99の謎”なんて、そそるタイトルだ、と、つい手に取ってしまったのだ。
本当は家に帰ってからゆっくり読めばいいのだが、早く目を通したい!という気持ちが勝って、手近なここに来てしまった。
テーブルには冷めかけのホットココアが置いてある。たかがココア一杯でここまで粘るのは多少気が引ける。ただ、わざわざ店の奥に席を取り、カウンターに背を向けて座ったので、キリのいいところまで本を読み進めるだけの心の余裕をつくることはできた。
ふとページから目を離してココアに二口目をつけた時、後ろの席からの会話が自然と耳に入ってきた。ぼくより年下だろうか、数人の男性の声だ。ぼくはカップを置くと、本を見つめたままで、聞くともなしにその会話を聞いていた。
「そうそう、きのういいことがあってさぁ。」
「またぁ?お前の”いいこと”って、いっつもすっげえ些細なことなんだもん。」
「まあまあ、そういう小さなことでも、喜んでいこうよ、な?」
会話をしているのは3人。…小さなことでも、喜んでいこう…か。いいこと言うなぁ…心の中で納得しながら、ぼくはついその会話に心を奪われていた。目の前の本は、もはや読んでいることを演出する小道具になっていた。
「だってさ、こないだだって10円見つけた!とか、かわいい子猫が日向ぼっこしてた…とか、そんなことばっかりなんだぜ?」
「いいだろ、そん時オレは幸せだったの!」
ニヤリ。ぼくは少し笑ってしまった。小さなことで喜べるのは幸せな証拠だよなぁ…そんなことも考えていた。
「そうそう、幸せってのはいいことだよ。で、今回はどんないいことだったんだ?」
どんなことだったんだろう…ぼくは本のページをめくるのも忘れ、聞き耳を立てる。なぜか少し緊張した。
「実は…昨日さ…あ、あの娘(こ)が振り向いてくれたんだよ!」
「マジで!?」
「ほんとに!?」
さすがの2人も驚きを隠せない様子だった。恋の話ね…。ぼくの心臓の動きが少し早くなった気がした。他人事なのに、ちょっと耳のあたりが熱くなったような気がした。
「お前、それってめちゃくちゃいいことじゃん!…はぁ、今回ばかりは些細なことじゃなかったな。」
「あの娘って、朝と夕方に、ここの前を通る女の子でしょ?…結構、かわいかったよね…。」
にわかに盛り上がる会話。素敵な空気だなぁ…。ぼくも少しほっこりしていた。
「やっぱり、どうしてもオレのほう見て欲しくてさ…。思い切って声をかけたんだ。ダメもとだと思ったし…でも、やらなきゃ!って思ってさ…。そしたら、振り返ってくれたんだ!…すごく、うれしかった…。」
「そうだよなぁ、普段は姿はおろか、声だって聞こえないもんなぁ。」
「ま、おれたちはそういうものだからねぇ。」
?…どういうことだ?ぼくは本を取り落とすと、反射的に後ろを振り返った―。
向かい合った2人掛けのソファが一組。その間には白いテーブル。ぼくの座っているところと同じ作りだ。薄い赤色のソファが、やけに色濃く見えた。
そこには、誰も座っていなかった。
それどころか、ぼくのほかには、カウンターで新聞を読んでいるオジサンしかいなかった。
ぼくより年下のお客は、いなかった。
「いかがしましたか?」
店員が不思議そうに聞いてくる。
「いえ、…あ、別に…。」
ぼくは上の空で、そう答えるのが精一杯だった。
ふと、気が付き、冷たくなったココアをゆっくりと飲み干すと、ぼくは足早にその店を後にした。
「あれ、あの人、本置いてっちゃったね。」
「ほんとだな。ちょっと驚いたな。」
「ぼくたちの声が、聞こえたんだね。」
本当は家に帰ってからゆっくり読めばいいのだが、早く目を通したい!という気持ちが勝って、手近なここに来てしまった。
テーブルには冷めかけのホットココアが置いてある。たかがココア一杯でここまで粘るのは多少気が引ける。ただ、わざわざ店の奥に席を取り、カウンターに背を向けて座ったので、キリのいいところまで本を読み進めるだけの心の余裕をつくることはできた。
ふとページから目を離してココアに二口目をつけた時、後ろの席からの会話が自然と耳に入ってきた。ぼくより年下だろうか、数人の男性の声だ。ぼくはカップを置くと、本を見つめたままで、聞くともなしにその会話を聞いていた。
「そうそう、きのういいことがあってさぁ。」
「またぁ?お前の”いいこと”って、いっつもすっげえ些細なことなんだもん。」
「まあまあ、そういう小さなことでも、喜んでいこうよ、な?」
会話をしているのは3人。…小さなことでも、喜んでいこう…か。いいこと言うなぁ…心の中で納得しながら、ぼくはついその会話に心を奪われていた。目の前の本は、もはや読んでいることを演出する小道具になっていた。
「だってさ、こないだだって10円見つけた!とか、かわいい子猫が日向ぼっこしてた…とか、そんなことばっかりなんだぜ?」
「いいだろ、そん時オレは幸せだったの!」
ニヤリ。ぼくは少し笑ってしまった。小さなことで喜べるのは幸せな証拠だよなぁ…そんなことも考えていた。
「そうそう、幸せってのはいいことだよ。で、今回はどんないいことだったんだ?」
どんなことだったんだろう…ぼくは本のページをめくるのも忘れ、聞き耳を立てる。なぜか少し緊張した。
「実は…昨日さ…あ、あの娘(こ)が振り向いてくれたんだよ!」
「マジで!?」
「ほんとに!?」
さすがの2人も驚きを隠せない様子だった。恋の話ね…。ぼくの心臓の動きが少し早くなった気がした。他人事なのに、ちょっと耳のあたりが熱くなったような気がした。
「お前、それってめちゃくちゃいいことじゃん!…はぁ、今回ばかりは些細なことじゃなかったな。」
「あの娘って、朝と夕方に、ここの前を通る女の子でしょ?…結構、かわいかったよね…。」
にわかに盛り上がる会話。素敵な空気だなぁ…。ぼくも少しほっこりしていた。
「やっぱり、どうしてもオレのほう見て欲しくてさ…。思い切って声をかけたんだ。ダメもとだと思ったし…でも、やらなきゃ!って思ってさ…。そしたら、振り返ってくれたんだ!…すごく、うれしかった…。」
「そうだよなぁ、普段は姿はおろか、声だって聞こえないもんなぁ。」
「ま、おれたちはそういうものだからねぇ。」
?…どういうことだ?ぼくは本を取り落とすと、反射的に後ろを振り返った―。
向かい合った2人掛けのソファが一組。その間には白いテーブル。ぼくの座っているところと同じ作りだ。薄い赤色のソファが、やけに色濃く見えた。
そこには、誰も座っていなかった。
それどころか、ぼくのほかには、カウンターで新聞を読んでいるオジサンしかいなかった。
ぼくより年下のお客は、いなかった。
「いかがしましたか?」
店員が不思議そうに聞いてくる。
「いえ、…あ、別に…。」
ぼくは上の空で、そう答えるのが精一杯だった。
ふと、気が付き、冷たくなったココアをゆっくりと飲み干すと、ぼくは足早にその店を後にした。
「あれ、あの人、本置いてっちゃったね。」
「ほんとだな。ちょっと驚いたな。」
「ぼくたちの声が、聞こえたんだね。」
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