ほろ酔い坂の向こう側

つくねこだま

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第一夜

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新年度も落ち着いた、6月中頃。
土曜の夜、待ち合わせた友人と飲みに行く。

他愛ない日常の話、共感の笑い声。
心地良い時間の合間、喉を潤すグラスの生ビール。
のど越しもさることながら、微細な泡の感触が
その旨さを引き立てている。

酒には強くない。しかし、この時間がとてつもなく好きだ。
時を楽しむのだ。美味しいビールも2杯で充分。

それではまた、といつものあいさつで別れ、帰路に着いた。

自宅の最寄り駅を降りると、当然通勤路と一緒だ。
ちょっと変な気分になりながら、これもほのかな酔いのせいかなと、
突然文学的になる自分の頭に、ニヤリとしてしまった。

いつもの公園の道。暗がりにぽつぽつと街灯の明かり。
鼻歌交じりの歩み、しかし、誰かの声がした…

「次は、あなたでしたか。」
びっくりして振り返るも、だれもいない。
風の音、か…?
目の前に古びたベンチ。少し酔いを醒まそう。
夜風の心地良さに頬をゆだね、ベンチに座る。

ギッと小さな木鳴り。辺りには虫だろうか、小さなジーっという響き。
ふうっと短く息を吐くと、またあの声。

「少し、話しますね。ずっとここにいたものですから。」
気味が悪いと思いつつ、不思議と怖くはなかった。ゆっくりと目を閉じる。
声はそれを待っていたように、ゆっくりと続いた。

「もう、どのくらいでしょう。ここに来る皆さんに座っていただきました。」
老人のような、しかしはっきりした言葉で語る声。
「たくさんの人が、ここを訪れました。昼も、夜もね…
睦まじく遊ぶ親子
それを眺める老夫婦
高校生のカップル
酔いつぶれたビジネスマン
一人呑みのおじさん
読書する女性
思いを寄せる男性
 本当にたくさんの人たちを、見てきたのです。
 もちろん、毎日ここを通る、あなたのこともね。」
思わず、一瞬目を開ける。
声は一瞬の間を置いた。

「人の言葉で言えば、きっと楽しかったのでしょう。
 とても、充実していました。」
虫の声がジッと言って止まった。

「明日は、新しい椅子に変わるのです。
 だから、今夜だけ、と思いまして、声をかけました。
 聴いてくれて、ありがとう。」
それきり、声は聞こえなかった。
その後はよく覚えていない。
気がつくと、家のベッドで天井を眺めていた。
ゆっくりと目を閉じる。

いつも通りの日曜日がめぐり、月曜日の朝、
不意にあの公園での出来事を思い出した。
そうだ、あの公園だ。

いつもより身支度を早く整え少し早めに家を出る。
温かいほうじ茶は、職場の近くで買うとしよう。

早足で例の公園に着く。息が少し上がっている。
あのベンチの場所には…真新しいベンチが置いてあった。

もう声は聞こえない。
朝の空気が、いつもより冷たく感じられた気がした。

―あれは、酔っていたせいだ。
 たぶん。

おしまい
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