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第1章 平凡な日常から
宝くじから始まった
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――タクシーのフロントガラス越しに見える東京の夜は、雑多で、どこか乾いている。
赤く点滅するテールランプの群れ。
信号待ちで退屈そうにスマホを眺める人々。
コンビニの前でたむろし、煙草を吹かす学生。
俺――清水翔、二十八歳。
この街でタクシードライバーとして数年。
道も抜け道も頭に叩き込んである。けれど今日という日は、どうにも運がなかった。
「○○駅までお願いします」
客の目的地はどいつもこいつもワンメーター。
千円以下の運賃なのに、差し出されるのは決まって一万円札。
四連続だ。
(……タクシーは両替機じゃねえんだぞ)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、「ありがとうございました」と愛想笑いを作る。
この仕事は、理不尽を飲み込むのもスキルの一つだ。
だが財布を覗けば、千円札はすっからかん。
一万円札だけがやたらと分厚くなり、釣り銭のバランスが最悪。
ため息をつきながらハンドルを切る。両替できそうな場所を探すために。
そのとき、視界に飛び込んできたのは――銀座の宝くじ売り場。
「一等がよく出る」と噂される有名スポットだ。
だが珍しく、行列ができていない。
(……ここで買えば、両替もできるか)
車を路肩に停め、外に出た。
窓口に立っていたのは、見慣れない若い女性。
栗色の髪が街灯に柔らかく光り、笑うと片頬にえくぼが浮かんだ。
「連番十枚ください」
自分でも驚くほど、予定外の言葉が口をついて出た。
差し出した一万円札を、彼女が指先で受け取る。
宝くじとお釣りを返してくれる仕草に、不思議と胸がざわついた。
「……もう十枚追加で」
必要のない買い物をしながら、俺は会話を長引かせたいと願っていた。
このときはまだ知らなかった。
この小さな寄り道が、人生を大きく逸脱させる――そんな始まりになることを。
銀座での再会
数日後。
あの宝くじ売り場のことも、買ったくじのことも、すっかり忘れていた。
相変わらず仕事はワンメーター続きで、気分はどん底。
有楽町の交差点近く。
歩道にしゃがみ込む女性の姿が目に入った。最初は酔っ払いかと思った。
だが、顔を上げたその人を見て息を呑む。
――あの宝くじ売り場の女性。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかける。
「……すみません。貧血で、少し動けなくて」
弱々しく微笑んだその表情は、あの日と同じえくぼを見せていた。
「松田忍といいます。覚えてます? あの日、宝くじを買ってくれた……」
「もちろん覚えてる。送りますよ」
タクシーに彼女を乗せ、自宅まで送ることになった。
助手席に座った忍は、思った以上に気さくで話しやすい。
会話は途切れず、笑い声さえ混じった。
「宝くじの当選発表、もうされてますよ。確認してみましょうか?」
忍がスマホを取り出す。
――そして次の瞬間。
「……これ、本物ですよ。五億円……一等当選です」
「は……?」
言葉が喉に詰まる。
二人は顔を見合わせ、同時に笑い出した。
止まらない笑いの中で、タクシーの中は奇妙な熱気に包まれていった。
夢を語る夜
その夜。
居酒屋のカウンターで、ジョッキをぶつけ合う。
「私、キャンプが好きなんです」
「へえ」
「いつかキャンピングカーで日本一周するのが夢で」
忍の瞳は、子供みたいにきらきらと輝いていた。
「俺も似たようなもんだ。時間に縛られず、好きな道を走っていたい」
「似てますね」
「だな」
それだけで、距離がぐっと縮まった気がした。
五億円の当選金。
夢を語りながら、自然と未来の計画を立て始めていた。
「キャンピングカー、買っちゃいましょうか」
「……いいな。いや、買おう」
「どうせなら豪華に! AIカーナビ搭載で、室内は自由にカスタムして」
気づけば二人とも、“一緒に旅をする”前提で話していた。
やがて注文したキャンピングバスは、最新の家電とキャンプ用品を満載し、
堂々と二人の前に姿を現すことになる。
翔は相棒に名前をつけた。
「ブレイザー――これで決まりだ」
「ふふ、いい名前ですね」
二人と一台のキャンピングカー。
まだ知らぬ世界への旅路が、静かに走り出していた。
赤く点滅するテールランプの群れ。
信号待ちで退屈そうにスマホを眺める人々。
コンビニの前でたむろし、煙草を吹かす学生。
俺――清水翔、二十八歳。
この街でタクシードライバーとして数年。
道も抜け道も頭に叩き込んである。けれど今日という日は、どうにも運がなかった。
「○○駅までお願いします」
客の目的地はどいつもこいつもワンメーター。
千円以下の運賃なのに、差し出されるのは決まって一万円札。
四連続だ。
(……タクシーは両替機じゃねえんだぞ)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、「ありがとうございました」と愛想笑いを作る。
この仕事は、理不尽を飲み込むのもスキルの一つだ。
だが財布を覗けば、千円札はすっからかん。
一万円札だけがやたらと分厚くなり、釣り銭のバランスが最悪。
ため息をつきながらハンドルを切る。両替できそうな場所を探すために。
そのとき、視界に飛び込んできたのは――銀座の宝くじ売り場。
「一等がよく出る」と噂される有名スポットだ。
だが珍しく、行列ができていない。
(……ここで買えば、両替もできるか)
車を路肩に停め、外に出た。
窓口に立っていたのは、見慣れない若い女性。
栗色の髪が街灯に柔らかく光り、笑うと片頬にえくぼが浮かんだ。
「連番十枚ください」
自分でも驚くほど、予定外の言葉が口をついて出た。
差し出した一万円札を、彼女が指先で受け取る。
宝くじとお釣りを返してくれる仕草に、不思議と胸がざわついた。
「……もう十枚追加で」
必要のない買い物をしながら、俺は会話を長引かせたいと願っていた。
このときはまだ知らなかった。
この小さな寄り道が、人生を大きく逸脱させる――そんな始まりになることを。
銀座での再会
数日後。
あの宝くじ売り場のことも、買ったくじのことも、すっかり忘れていた。
相変わらず仕事はワンメーター続きで、気分はどん底。
有楽町の交差点近く。
歩道にしゃがみ込む女性の姿が目に入った。最初は酔っ払いかと思った。
だが、顔を上げたその人を見て息を呑む。
――あの宝くじ売り場の女性。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかける。
「……すみません。貧血で、少し動けなくて」
弱々しく微笑んだその表情は、あの日と同じえくぼを見せていた。
「松田忍といいます。覚えてます? あの日、宝くじを買ってくれた……」
「もちろん覚えてる。送りますよ」
タクシーに彼女を乗せ、自宅まで送ることになった。
助手席に座った忍は、思った以上に気さくで話しやすい。
会話は途切れず、笑い声さえ混じった。
「宝くじの当選発表、もうされてますよ。確認してみましょうか?」
忍がスマホを取り出す。
――そして次の瞬間。
「……これ、本物ですよ。五億円……一等当選です」
「は……?」
言葉が喉に詰まる。
二人は顔を見合わせ、同時に笑い出した。
止まらない笑いの中で、タクシーの中は奇妙な熱気に包まれていった。
夢を語る夜
その夜。
居酒屋のカウンターで、ジョッキをぶつけ合う。
「私、キャンプが好きなんです」
「へえ」
「いつかキャンピングカーで日本一周するのが夢で」
忍の瞳は、子供みたいにきらきらと輝いていた。
「俺も似たようなもんだ。時間に縛られず、好きな道を走っていたい」
「似てますね」
「だな」
それだけで、距離がぐっと縮まった気がした。
五億円の当選金。
夢を語りながら、自然と未来の計画を立て始めていた。
「キャンピングカー、買っちゃいましょうか」
「……いいな。いや、買おう」
「どうせなら豪華に! AIカーナビ搭載で、室内は自由にカスタムして」
気づけば二人とも、“一緒に旅をする”前提で話していた。
やがて注文したキャンピングバスは、最新の家電とキャンプ用品を満載し、
堂々と二人の前に姿を現すことになる。
翔は相棒に名前をつけた。
「ブレイザー――これで決まりだ」
「ふふ、いい名前ですね」
二人と一台のキャンピングカー。
まだ知らぬ世界への旅路が、静かに走り出していた。
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