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追放先、1人、また1人

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死厄しやくの四魔帥、その筆頭である大魔帥ジルフィスよ。その任を解く」

「なっ? 今何と仰いました!?」

「予に同じ事を2度も言わせるか? まあよい、これまでの功に免じて改めて申す。そなたにあたえた大魔帥の地位を返してもらう」

「私に何か落ち度でもありましたか!?」

「四魔帥の1人パメルが大魔帥の地位が欲しいと予にせがむのじゃ。それが叶わねば床を共に出来ぬと」

 魔王が情事に溺れる傾向が強いのは知っていた。184人の王位継承権を持つ子を成してしまったのを、継承順位第1位にある俺が知らないはずはない。だが、183人の弟や妹に狙われても簒奪を阻止し続けた大魔帥の地位があまりにもな理由で奪われるとは……。

「魔王様、勇者パーティが喉元まで迫っている時期にそれでは大事に陥るやもしれません。どうぞ、お考え直しを!」

「知らぬのか? かの勇者パーティで内輪もめが起きて1人追放されたときく。ならば大事にもならんだろう」

「……。父上! お歳を召されましたか? ならば総反撃に出る好機ではありませぬか。私に出撃をお命じ下さいませ!!」

「この様な話をしている時に父と呼ぶとは。そなた、地位が惜しくて親子の情に訴えようとしたのではあるまいな?」

「その様な事はございません! それより、昨今の四魔帥任命についてお考え直し下さい。私以外、全て愛妾ではございませぬか。あの者達が魔族と魔物を率いたところで勇者には勝てませぬ!」

「えぇぃ、くどい! 次期魔王である魔王子としての立場までは奪わぬつもりであったが愛妾達を愚弄されてはそうもいかぬ。ジルフィスを廃嫡し、魔界から追放致す!」

 魔王が右手の掌を開いて俺に向けた。魔王が配下の魔族を処断する際に用いる術式の発動なのだとすぐに気付いた。そうやって誰かが追われる瞬間に幾度となく立ち会ってきたからだ。

「ぐっ……! 父上!」


 気がつくと青い空と雲が見えた。魔界にはそれがない、その様な物が見えるという事は人間界のある地上にでも飛ばされたのだろうか。

「うっ……。身体が酷く痛む」

 全身から煙の様なものが吹き出していた。そして右手の甲に見慣れぬ傷が刻まれていた。

「これが、魔界へ2度と入れぬ身みとなる呪詛のかかった証。魔絶の刻墨しるしだったか……」

 幾人もの冒険者を葬ってきた魔槍を握る両手に力を込める。今や、それは俺が何とか立って歩く為にもたれかかる杖となっていた。地面を見つめながら数歩進んだ時だった。

「そこを動かないで!」

 重い頭を上げて声を発した者に目をやる。白い法衣をまとい、右手には天使の羽根を模した独特な意匠のある杖を持つ女。紫色の長い髪の毛を束ねている女。

(こいつは、手配書にあった勇者パーティの! 俺の部下を幾人も塵に変えたやつら……)

 俺は両脚に力を込め仁王立ちとなると右手に魔槍を握り直して頭上に水平に掲げた。深く傷付いた今の俺では投げ付けての一撃に全てをかけるしかない。

「おのれぇぇぇーーーー!」

 魔槍が手を離れた瞬間に意識を失いかけた。

「動かないで。そう言ったはずよ!」

 女の持つ杖からほとばしった光が俺の胸を貫いた。失いかけていた意識は完全にどこかへ行ってしまっていた。


「うぅぅ……。ここはどこだ? いや、待て。なぜ俺はまだ生きている?」

 目の前にあるのは木と木を組んで造られた天井と俺の顔の間に女の顔が割り込んできた。

「おっ、お前は。俺を殺した人間の女」

「何言ってるの? 私はあなたを殺してなんかいない。その逆にこうして傷の手当をして10日間も付きっ切りの看病までしてあげているのに酷い言われようだわ」

「なぜ、俺を殺さなかった? 人間にとってそうすべき相手のはずだ。何しろ俺は特別だぞ、俺を仕留めれば人間の世界では伝説の英雄とやらになれるだろう」

 女は暫く黙ったままでいた。

「もう立てるはず。私に付いてきてもらえる?」

 俺に背中を向けて女は前を歩いていた。傷の癒えていた俺は女を簡単に殺せる位置にいたのだがそうはしなかった。一度は右手の掌の中に集中させた魔力を霧散させていた。


「よくわからないのだけど、ここにはよく見るとまだ使えるものが落ちてくるのよね。ほら、丁度今よ」

 女が指差す先には空から何かが落ちてきていた。それは少々錆びついてはいるが砥げば充分に使えそうな剣だった。

「ここは何なのだ?」

「う~~ん、ここがどこかはよくわからないの。冒険者パーティを追放された私は魔法で飛ばされてここに落ちた。そして、10日前にはあなたが落ちてきた」

(はっきりと言わなかったが勇者パーティの事だな。父上が言っていた様に、確かに聖女は追放されていたのか)

「あなたが魔族なのは姿を見ればわかる。それに、溢れる魔力の質の高さからそれなりに上位の存在ともわかったわ。同時に魔力の乱れから死にかけているのもわかった。だから、動かないでと言ったのに……」

「お前、最初から俺を助けるつもりで?」

「助ける? まあそういう事になるのかしら。私は、ただ話し相手がいなくて退屈していたのよ」

「話し相手? 魔族と人間で話なんてした事なんて争い始めてからの1000年間で1度もないだろう?」

「そう、1度もない。つまり、お互いに何代も代変わりしているのに争いを続けている理由をぶつけ合った事もないのよ。だから、魔族と話し合ってみようと提案した時、私は追放を受けたの」

 頭の中に電流の様なものが走るのを感じた。人間を滅ぼす、その為の障害となる勇者パーティの殲滅こそ魔王の一族に受け継がれる悲願だった。しかし、そもそもなぜ人間を滅ぼす必要があるのかを俺は知らない。恐らく、父上も、その先の代も。

「ジルフィス、俺の名はジルフィスだ。お前は?」

「お、ま、え、か。まだ人間と魔族の対立構造に縛られている様ね。私、聖女よ? 女よ? レディにいきなりお前はないでしょ」

「その……。こういう時、何と呼べばよいのだ? 俺はまだ魔女族と付き合った事がないのだ」

「君とか、あなた、とか。でも、そんな事はどうでもいいわ! 話してみるものね。魔族にも男女で付き合う文化があるのね。つまり、愛があった!! そうだ、私の名前はルミルよ」

「あい? それは何だ? ルミルよ」

「そこで、麗しのルミルとか言ってこない感じが新鮮でいいわね! 素朴な感じが孤高な雰囲気にマッチしてとてもいいわ」

「麗しのルミル? 人間はいちいち通り名で呼び合うのか。答えのないルミルよ、答えてくれ?」

「うんうん! 覚えたの事を応用し間違えるのも可愛いわね。今のジルフィスに全部言っても理解出来ないだろうからとても簡単に言うわ。愛が育つと子供が産まれる、愛とは世の中の明るい未来を築く源よ」

 ルミルの言った事を頭の中でゆっくりと考えてみた。真っ先に浮かんだ顔は父上だった。あの人は『あい』というものに溢れ、魔族の明るい未来を切り開く人物だったのか。俺は父上の女漁りを勘違いしていたのかもしれない。

「ねぇ、ジルフィス。その難しい顔は、今、愛について何か考え事をしていたでしょ?」

「そうだ。父上には184人の子供がいる、父上は『あい』の塊で、未来を切り開く伝説の存在だった。そうとも知らずに俺は!!」

「取り敢えず、愛について考えるのはやめようか。絶対に何か間違っていそうだから」

「ルミル、『あい』についてもっと教えてくれ」

「そうね。まずは人間と魔族が話し合えるとわかった。愛について理解を深めればいつか戦わずに争いが納められるのかもしれない。いいわよ!」


 俺がルミルと出会ってから何日が過ぎたのだろう。時々、一見ゴミだが使えなくもない物が降ってくる地でのスローライフに不便はなかった。

「ルミル、君の魔力はとても高い。全力で最上位の炎魔法を放てば城塞都市の1つくらい一瞬で焼け野原に出来るんじゃないか。それって素敵な事だよね」

「ジルフィス、それじゃレディを褒めた事にならない! 愛情表現にもならないわよ!」

「……(いつからだろう? ルミルからキツめに何か言われると胸が熱くなる様になったのは)」

「そ、れ、に。相手の目を見て言う事! 私はただの練習相手なんだから緊張なんてしない、地の底でも見る様にうつむきながらじゃダメよ」

(練習相手なんかじゃないんだ……。それにルミルと目なんか合わせてしまったら)

 愛用していた魔槍を溶かして打ち直した鍬で畑を耕す。戦いに使う事もないのだから1度は捨てようと思ったのだが思い直してそうした。よくわからないが側に置いておきたいと思った。この感覚は『あい』と関係あるのだろうか?今度、ルミルに尋ねてみよう。次は目を見ながら言えると、いいな。
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