星降る天文台と、10年越しのプロミスリング

藤森瑠璃香

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第3話:揺れるペンダントと、星夜の微熱

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 あの日、月島先生――大樹くんの瞳に一瞬だけ宿った揺らぎ。それは気のせいだったのかもしれないけれど、私の心には小さな灯火のように残り続けていた。

 そんな中、天文台で毎年恒例の「夏の特別観望会」の企画が持ち上がった。子供たちにもっと星に親しんでもらおうという趣旨で、プラネタリウムの特別上映や、屋上での天体観測、そして今年は新たに子供向けの星空ワークショップも開催することになった。そして、そのワークショップの準備担当として、なぜか私と大樹くんがペアを組むことになったのだ。
 館長にそう告げられた時、私は平静を装いながらも、内心では心臓が飛び跳ねるのを必死で抑えていた。彼と、一緒に仕事をするなんて…。

 最初のうちは、やはりぎこちなかった。ワークショップのテーマ決めから教材の準備まで、私たちは必要最低限の言葉しか交わさず、どこか探り合うような空気が流れていたからだ。彼は相変わらずクールで、私の提案にも「合理的ですね」「検討しましょう」と短い返事をするだけ。でも、不思議と一緒に作業をする時間が増えるにつれて、彼の意外な一面が少しずつ見えてきた。

 例えば、子供たちが喜ぶような星座の模型を作る段になって、彼は驚くほど不器用だった。紙粘土をこねる手つきはおぼつかず、出来上がった「北斗七星」は、なんだか歪なひしゃくの形をしている。思わず私がくすりと笑うと、彼は少し顔を赤らめて「…こういう作業は、あまり得意ではないもので」と、ぼそりと言い訳をした。その時の彼は「別世界の研究員」ではなく、どこか人間味あふれる、普通の青年に見えた。

 また、ワークショップで子供たちに配る「星空クイズ」の内容を考えていた時、私が「昔、キャンプで、天の川のそばで一番明るい星はカササギの濡れ羽の星なんだって教えてもらったことがあるんです」と、10年前の彼との会話を、それとなく織り交ぜて話してみた。
 その瞬間、大樹くんの手がぴたりと止まった。彼は、何かを思い出すように遠い目をし、そして、ほんの少しだけ眉をひそめた。
「…カササギの、濡れ羽…?」
 彼は何かを言いかけて、けれどすぐに首を横に振り、「いや、何でもないです。そのクイズ、面白いですね」と、話題を終わらせてしまった。
 でも、私は見逃さなかった。彼の瞳の奥に、一瞬だけ宿った懐かしむような、そして何かを探るような光を。私の言葉は、確実に彼の心のどこかに届いている。そう思うと、胸が熱くなった。

 観望会が近づくにつれ、準備は佳境に入り、私たちは連日夜遅くまで天文台に残ることが多くなった。ある夜、ワークショップで使う小型プラネタリウムの投影機が、突然映らなくなるというトラブルが発生した。明日のリハーサルまでには何とかしなければならない。焦る私に対し、大樹くんは冷静に原因を特定し、黙々と修理を始めた。彼の専門は惑星科学のはずなのに、機械にも詳しいなんて、と私は素直に感心した。
 二人きりの薄暗いドームの中で、カチャカチャという工具の音だけが響く。時折、彼の腕が私の腕に触れそうになり、その度にドキリとした。彼の真剣な横顔を盗み見ていると、私の胸元で揺れるおもちゃの指輪のネックレスが、彼の視界に入ったようだった。
 彼は、ためらいがちに口を開いたけれど、結局は何も言わずに、再び修理作業に戻ってしまった。その時の彼の表情は、どこか切なそうで、私にはその理由が分からなかった。

 そして、いよいよ観望会当日。
 天文台は朝からたくさんの家族連れで賑わい、私たちのワークショップも大盛況だった。子供たちのキラキラした瞳と、星への純粋な好奇心に触れ、私も大樹くんも、自然と笑顔が増えていた。彼は、子供たちに話しかける時、いつもよりずっと声のトーンが優しくなることを、私は発見した。

 夜になり、屋上での天体観測が始まった。望遠鏡の列に並ぶ人々の間を縫って、私は来場者の誘導や質問への対応に追われていた。ふと、視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所で望遠鏡の調整をしていた大樹くんと、目が合った。
 その瞬間、彼は、ほんの僅かだが、確かに私に向けて微笑んだのだ。それは、いつものクールな彼からは想像もつかないほど、優しくて、温かくて、そして何かを理解したかのような、そんな表情だった。まるで、10年前のあの夏の夜に見た、星空のように。
 私の心臓が、大きく、そして力強く高鳴った。
 彼の心の中で、何かが確実に動き始めている。忘れられていたはずの星屑の記憶が、今、再び輝きを取り戻そうとしているのかもしれない。
 そんな大きな期待が、夏の夜空いっぱいに広がる星々のように、私の胸を満たしていくのを感じていた。
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