ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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社畜、アクロバティック転職_その3

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「わかった」

 姫は短い返事と共に、ずずっと鼻水を啜り上げる。

「えっと、何か拭くものはないかな? まだ、鼻出てるよ」

 整った姫の顔に鼻水が垂れているのを放置することは罪。
 これはこれで可愛いんじゃないかという気もしなくもないが、やはり美幼女が鼻水を垂らしたままというのは恥ずかしいだろうと忖度し、満博が手ずから拭きとりたかったのだが、全身を包んでいる鎧にポケットなどなく、ティッシュは疎かハンカチの代わりになる布すら身につけていなかった。

「イイ。わらわ持ってる」

 鎧をぺたぺたと触ってわたわたしている満博を横目に、姫はぱっとハンカチを取り出し、ずびびと鼻を擤む。

「落ち着いた?」
「無理。早く助けて。何をしてくれれるの?」

 満博は精一杯格好をつけたのだが姫は華麗にスルー。
 そうして、もう一度鼻をズビビズビビと大きな音を出しながら問う。

「それは――」
「それは?」
「あれだよ」
「あれ?」
「そう、あの、ほら……」

 満博は困った。こんなに突っ込まれるとは思ってもいなかった。
 姫が簡単に騙されて元気になってくれると思っていただけに、何も考えていなかったので返答出来るはずがない。

「もしかして、『なんとかする』って嘘だったの?」

 姫の大きな瞳が潤む。

「そ、そんなことないです。エ、エネルギーを手早く増やし問題を解決します」

 今にも泣き出しそうな顔を見て、満博は慌てて頭を急速回転させ何となくそれっぽい回答をり出す。
 ダンジョンエナジーという響きから、ダンジョンの維持に必要なエネルギーのことだろうと当たりをつけた。だから、それを増やせば問題ないはずと考えた。

「じゃあ早くして」

 ここでまた満博は困る。早くしてと言われても何も出来ない。泣き出しそうなのを止めるため先ほどと同じく深く考えず言っただけなのだから。

「ね、早く」

 姫の瞳に満博が映る。
 涙は引っ込み、慎まやかな胸の前で可愛くグーを握った拳を小さくゆらゆらした姫は、全身で期待を表している。

「……すいません。ダンジョンエナジーはどうやったら増やせるんですか?」

 無邪気に喜んでくれている姫の期待を裏切るのは大変忍びなかったが、これ以上は出任せで姫を糠喜びさせるのが心苦しくなった満博は素直に謝った。

「なにも知らないのに、威張った感じだったの!?」

 考えなしの発言は姫を怒らせてしまう。半眼になって満博を睨めつける。

「はい、申し訳ございません」
「許さないもん! ちょっとカッコイイと思ったわらわがバカみたいだよ!」

 自分の言った言葉に気づいて、姫は顔を真っ赤に染めながら背けたが手遅れだ。
 満博の耳にバッチリと聞こえていた。

「俺に惚れちゃった?」
「……」

 ブツブツと姫が何か呟く。

「え、なに?」

 満博は耳に手を当て、姫の口元に近づける。

「ムカー!」

 姫は叫びながらのビンタ一閃。
 それにより満博は理解することになった。
 首が宙を舞う。姫のビンタ1発で首が飛んだのだ。
 ガランガランとけたたましい金属音を響かせながら壁に激突し、地面に落ちる。
 満博の目にゲームに出てくるような全身鎧を身につけ、両刃の剣を腰に携えた首のない戦士が映る。

「あぁ、俺ってこんな格好してたんだ」

 そんな悠長なことを考えながら、満博の意識は薄れていった。
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