ダンジョンに人が来ないと死ぬのだが、マーケティングで地道に拡販

夏木 七月

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社畜、アクロバティック転職_その6

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 地下2階、姫の居た部屋に到着すると、豪華な玉座と言っても過言では無い椅子の上で姫が三角座りをしながら前後に揺れていた。

「どうしたの?」

 部屋に飛び込んできた満博に気づき姫が声をかける。
 三角座り+上目遣いの破壊力は抜群で、満博の表情は一瞬崩れそうになったが、そんな状況ではない。満博はTPO※時と所と場合に応じた対応を弁える大人なのだ。

「あの……言い難いのですが、待っているだけでは誰も来ないと思うのですが」
「しょうがないでしょ」

 真剣な表情で訴えかける満博に姫はいじけたように呟き、膝に顔をつける。
 満博の心情としては、しょうがないでは済まされない。
 このままでは死ぬより酷い結果が待っている訳だ。それをなんとかしないで諦めるような発言には、不快感を覚えた。
 だから姫に対して、少し語調がキツくなってしまったのも仕方がないのかもしれない。

「そうですかね? 冒険者をダンジョンに連れてくるなり出来ることはあると思うんですが?」
「無理だもん」
「何故無理なんですか? 時間はたっぷりあったんですよね? それに冒険者が来たくなるダンジョンを作るとか、根本的な解決も疎かなんじゃないですか?」
「なによ、なによ……意地悪意地悪! それが出来たら、あんたなんか召喚してないわ! もう、ハズレのくせに生意気!」

 姫の大きな瞳にみるみる涙が溜まっていく。
 やってしまった。満博は、はっと我に返る。
 200年以上生きているとは甚だ疑問だが、見た目幼気いたいけ|な女の子を泣かせるのは駄目だ。大人の

――いや、男のすることではない。

「え、あの、ち、違います。意地悪なことを言いたかったのではございません。そのように聞こえてしまったようで申し訳ございません」
「ほんと?」
「え、えぇ。もちろんですとも。私が姫に意地悪なことを言うと思いますか?」
「言ったもん。わらわに“ごめんね”って言って」
「……申し訳ございません」
「“ごめんね”って言って!」
「ご、ごめんね」
「いーよ。許したげる」

 咄嗟に下手に出て、満博は姫の涙を止めた。
 その結果、強制的にちょっと可愛くごめんねと言わされたことは瑣末な事。
 姫にニコニコと笑顔が戻る。
 これに満博は『くっそ! 可愛い』と態度にまで出そうなところ、既で堪えた。
 そんなやりとりを挟み、満博は言いたいことがあったはずなのだけれど、どう言おうとしていたかすっかりと頭から抜けてしまっていた。
 そのままほのぼの空気に呑み込まれそうになったが、はたと気づき、緩む頬を引き締めるよう努めながら、わざと大きく咳払いをしてから発言する。
 先ほど感情の儘に口を衝いた言葉を、再度確認してみたのだ。
 冒険者を呼ぶために、何か出来るのでは無いかと。

 だが、姫の返答は要領を得ず、一向に話が進まなかった。
 それでも積極的傾聴で相槌を打ちながら姫の話を真摯な態度で聴く満博。
 しかし、「できないもん」と頑なに繰り返すだけの姫がまた泣きそうになったところで追求は諦める。

「分かりました。姫、もう一度お伝えしますが、私がなんとかしますので安心してください」
「ほんとに?」
「えぇ、任せてください!」
「わかった」

 満博は自信満々に胸を叩く。
 自分に与えられた仕事に責任を持って死ぬ気で取り組むアピールを取るのは、社畜のさがだ。
 しかし、満博には勝算があった。
 晩飯時に垂れ流していた深夜アニメの転生モノ。ぼっちで何の才能もないという設定の主人公が、現代知識に基づく技術で無双をしていた。
 平凡な高校生男子に出来るのだ。社会人の満博に出来ないはずがない。
 すなわち、ここで満博が無双して姫は救われるのだ。
 そんな荒唐無稽なものを勝算としてしまう満博は、見た目には表れていなかったが相当追い込まれているのかもしれない。
 もしくは、よっぽどの阿呆なのか……。

 満博の見たアニメでは、どれも似たような内容だった。
 科学っぽい何かを応用した魔法の開発。プロ以上の素人料理による人心掌握。一般人では知る由のない近代兵器の製造。
 もしくは、最強状態からのスタート。

「……」

 そのどれもが無理な上、現状の問題解決に合わないと満博は悟り、頭を捻る。
 学歴は高卒。特にその間、特別な趣味にのめり込んだことはなく、特別な知識を得たなんてことはない。
 片親のため早い就職を希望。そのため大学への進学は諦めweb就活の結果、前述のブラック企業の通信機器事業、携帯電話ショップの店長候補で就職した底辺。
 修飾語は自由な時間が無く、友達は居なくなり、やはりこれといった趣味なし。

「いや、よく考えろ。大学には行ってないが頭が悪かったわけじゃないと思う。就職しないといけなかったから就職しただけだ。情報収集が足らずブラックだった訳だが、同年代と比べても給料はそこそこ良いし、僅か10ヶ月で店長まで行ったのは俺だけ。学生時代の友達は確かに1人しか残ってないが、彼女はいる……いや、居た。深い趣味はないが、広く浅くはあるはず。……自称ぼっちで無能な男子高校生以下ということか……。ですよね。どうせ俺は産廃底辺ですよ」
「どうしたの? お腹痛いの?」
「目にゴミが入っただけです」

 姫はにっぱりと笑っていた顔を曇らせて、満博を覗き込んだ。
 弱音と少し涙が出た満博だが、兜を被っていたために姫にはバレてないだろうと何もない様子で返答する。

 どうやら、満博は阿呆の方だったらしい。
 俺TUEEEは取り敢えず諦め、集客0のまま、日がな一日荒野を眺めていることに不安を募らせていたのを思い出し、ゴミ屑ナメクジ底辺の有っても無くても変わらない頭を働かせ真剣に考える。
 しかしながら、事前準備もないこの状況では大した事など想い浮かぶはずも無く、いつも店でやっていた“集客が無ければキャッチキャッチセールスの略。路上でお客様を獲得する行為のこと”という安直な手段しか手が無い不甲斐なさだ。

「しかも冒険者を街から連れてくると言っても問題があります」
「そうだね――」
「――周りは荒野だけで、街が何処にあるのか全く分からないのです」
「――ダンジョンから出られないから、そんなこと出来ないもんね」
「え?」
「え?」

 姫と満博が同時に発した言い分だが、問題点がズレた。
 互いに顔を見合わせ百聞は一見に如かず。二人で出口にやってきた。
 姫が出口に近づくとSF映画の様に空中に透過性の高いフィルターのような大きく赤いバッテンが描かれた壁が進路を塞ぐ。
 当然満博は、何の問題もなく出入り自由。

「すごいすごーい」
「しかし、外に出ても周囲には何もないので出られたところで何一つお役に立てないですがね」

 満博の言う通り外に出られるかといって直ぐにキャッチに出られるかというと、そうでもない。この付近は地平線まで見えるほどの荒野がただ広がっている。人の気配なんて全く感じないのだ。
 問題はそれだけではない。
 このダンジョン、これで2度全階を通過した訳なのだが、何もない。
 モンスター的なものは勿論のこと、そもそも迷路ですらない。
 これをダンジョンと言ってしまっていいものなのか満博は悩む。
 これではキャッチに出たところで、セールスポイントが何もない。
 そうなれば、結果が出ないのは自明の理。
 兎に角、今すぐに解決しなくてはいけない問題が最低でも2つはあるのだ。

「それだったら大丈夫だよ!」

 満博から懸念を聞いた姫は、自信満々に応えた。
 そうして、三度玉座の間に戻ってきた。
 戻るや否や、姫はぴょんと玉座に飛びつき座る。
 それから肘掛の先に付いた玉に触れると――

「おぉ」

 満博から感嘆の声が漏れる。
 今、姫の前には大きな半透明な板が出現し、そこに色々と文字や絵が浮かんでいる。

「こっちきて見てみて」

 呼ばれた満博が姫の後ろに回って画面を覗き込むと、見ただけで何となく内容が理解できる、UIの良く出来たゲーム画面のようなものが表示されていた。
 ぱっぱっぱっと、姫が触れる度に表示が切り替わっていく。

「これでダンジョンの操作が出来るから、自由に変えていいよ」
「ちょっといいですか?」
「いいよ」

 断りを入れ、満博も画面に触れてみると画面はちゃんと切り替わる。
 直感的なタッチパネル式。ヘルプメニューもあったので、操作に関しては問題はなさそうだ。
 これでダンジョン黒髪姫の薔薇のお城のセールスポイントに関しては光明が見えた。

 次に街への移動についてだが、こちらはあっさりと解決してしまった。

「そこの床に立ってみて」
「この模様のある床ですね」

 姫の指事に従い満博が地下2階玉座の間の奥壁際に立つと、目の前の壁が青く輝きだした。

「そこを潜れば、街に行けると思うよ」
「なるほど、ちょっと試してみますね」
「うん」

 青い光に触れると、満博の視界がまたも光に包まれた。

「何度目だよ」

 視界中に広がるちかちかと明滅する白の所為でフラフラとする頭を振りながら、悪態を吐く。
 目を擦っても焼きついた光が強すぎて、日が落ちて薄暗くなった周りは見え辛い。
 それでも、満博は目的地に近づけたのが分かった。
 目をしきりに擦る満博に向けて、嘲りが聞こえているからだ。
 内容は『転送の光で目をやるなんて、どんなど素人だ』といったような満博の経験のなさを嘲笑しているが、満博には聞こえていなかった。
 周りにいる人達の姿を見て、胸が高鳴っていた。
 コスプレにしては汚れや臭いなどが、余りにリアル。なにせ、その姿はリアルなゲームキャラクター達だったのだから。
 自分も全身が金属で覆われているのだから浮かずに溶け込んでいて、周りから見れば同じグループに見えるのだが、満博は物珍しさでキョロキョロと周りを見る。
 当然そんな態度は良い顔されないのだが、興奮している満博にそんな周りの空気に気づく余裕はなかった。
 武装した人たち冒険者が同じ方向に進み始めた。
 満博もそちらに目をやると、そこにはまたも満博の心を踊らせるものが待っていた。

――巨大な城壁。

 薄暗いため輪郭しか見えないが、とてつもなく巨大。
 首をぐるっと回しても端が見えない。
 他の人たちの目的地は、恐らくあの中であろうとあたりをつけた満博は、置いて行かれないようについて行く。
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