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雇用と土下座。 その4
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「どうですか、先輩!」
「参った。俺の負けだ」
「では――」
「あぁ。お前の言う通り、姫には騎士が必要だと認めるよ」
「そうです。その通りなのです。では、これから宜しくお願いします」
イケメン冒険者はミッツの腕を掴み、引き起こして頭を下げる。
二人の顔には、健闘を讃え合う爽やかな笑み。
「これから? 俺は姫に騎士は必要だと認めたが、いつから用意するかは言及していない」
「え? どういう……」
「だから、騎士を用意するときに、あれだったら連絡するよ。連絡先教えておいてもらえる?」
笑顔のままそう告げるミッツ。
「ちょっと! 約束が違いますよ先輩!」
「そんなことはないぞ。俺がした約束は破っていない」
「そんなはずはありません。だって先輩は……せんぱいは……」
「私が負けたら姫には騎士が必要だと認めます。俺はそう言ったんだけど、思い出したみたいだな」
「なっ!」
ミッツの言っていることは、唯の屁理屈で意趣返し。
話の流れから、そんな理屈が通じるなんて思ってもいない。
「そう、です、か……」
なのに、みるからに肩を落としたイケメン冒険者。
それを見て、ずきりと胸が痛んだような気がした。
しかし、これで諦めてくれるのなら儲け物と、人間を雇わなくて済むことに安堵した。
だが、それを見て可哀想と感じた姫は放っておかない。
「ミッツ! それは意地悪だよ。そんなのダメダメなんだから」
ミッツに対してほっぺたを大きく膨らまし、ぷりぷりとする。
その姿に、ミッツは一瞬で心奪われる。
そしてもう一人、肩を落としてがっくりしていたイケメン冒険者も頬を緩ませていた。
それどころか、口を間抜けに開けていて、今にも唾液が溢れそうである。
「ミッツが負けたんだから、ちゃんと仲間にしてあげないとダメなんだよ!」
「姫様……」
「勿論ですよ、姫。先程のは、ほんの仕返しです。私との約束を先に反故にされましたから、少し揶揄っただけですよ。本気で言ったわけではありません」
「そうなの? なんだ、良かった。ミッツが意地悪になっちゃったかと思ったよ。意地悪なの、わらわ嫌ーい」
危ない。
半ば本気だったミッツは、自分が助かったことを実感する。
姫に嫌われるなんて、考えただけで恐ろしい。咄嗟にフォローを入れて良かった。
そう胸をなでおろした。
「ということは……、自分は姫様の騎士として、お仕えしても構わないということですね」
「だよ。だよね、ミッツ」
「はい。仰る通りです」
とは返事をしたものの、ミッツは承服しかねていた。
イケメン冒険者の姫を見る目に、やばいものを感じたからだ。
それは自分も同じだということを、完全に棚上げした思考。
「先輩。先ほどはびっくりしましたよ。完全に騙されました」
「悪かったな。これから宜しく頼む」
「!?」
それでも姫の意向だから、ミッツは逆らわない。
握手した時に少し力を強く入れたことは、細やかな歓迎の気持ちを表したに過ぎない。
「じゃーねー、わらわと契約しよっか」
ミッツとイケメン冒険者が固い握手を交わした後、姫は玉座にぴょんと飛び乗り、腰掛ける。
それを見たイケメン冒険者は焦る。
当然である。ダンジョンにある玉座、誰の物かなんて聞かなくても分かる。
このダンジョンの主人の物以外にありえない。
「あの、姫様……。そこに腰掛けるのは、止した方が宜しいのではないかと……」
「なんで?」
「それは、その……。恐らくこのダンジョンのボスの、復元位置だと思われるのですが……」
ダンジョンにはボスが居る。
それはどこのダンジョンでも必ず。
そんなダンジョンの常識を、イケメン冒険者が語る。
だが、姫もミッツもそんなことは百も承知である。
なにせ、姫がそのダンジョンマスターなのだから。
しかし厳密には、イケメン冒険者のいうボスとダンジョンマスターは別物。
人間側とダンジョン側の認識の違いなんて、この時はどちらも理解していなかった。
「大丈夫だよ」
「そうですか……。先輩が最近退治されたのですかね?」
「え? 違うよ」
「ん? ではタイミングが良かったのですね」
ミッツは思った。
玉座に座ったこともそうだが、この会話、姫は全く隠す気がないな。
仲間にすると決めたのだから、もはや隠すことは出来ないし、意味もない。
だが、それを受け入れさせることは出来るのか?
もし無理だった場合、ミッツはどうするべきなのか。
最悪を想定しながら、行くすえを見守る。
最悪とは、本当の殺人を犯すということ。
「で、どうするの? 契約して良い?」
「え、あ、はい。勿論です。その契約とはどのようなものなのでしょうか?」
「契約は契約だよ。えっと……ミッツ説明できる?」
シリアスに考えていたミッツに、話が振られる。
だが、ミッツは契約というものに心当たりがない。
言葉からは大体想像できるのだが、もし予想通りだとすれば完全な騙し討ちである。
ただ、姫には悪気は一切ない、100%の善意での行動。
イケメン冒険者は自分の置かれて居る状態に気づくはずもない。
「……騎士の叙任のようなものかと」
「あぁ、そうですね。それがなければ騎士にはなれません。今すぐお願いいたします!」
ミッツは、騙し討ちになるかもと分かっていながら、その言葉を選んでスイッチを押した。
「分かった。始めるよ」
玉座の座面に姫が立ち上がる。
そして、目を閉じて右手を突き出し、念仏のような呪文のような、意味も音も理解し辛い言葉を綴る。
恭しく跪き、頭を垂れて叙任の儀式を待っているイケメン冒険者の足元を、突如現れた魔法陣の紫の光が照らす。
そして、そこから無数の細く小さな手が溢れ出てきた。
「参った。俺の負けだ」
「では――」
「あぁ。お前の言う通り、姫には騎士が必要だと認めるよ」
「そうです。その通りなのです。では、これから宜しくお願いします」
イケメン冒険者はミッツの腕を掴み、引き起こして頭を下げる。
二人の顔には、健闘を讃え合う爽やかな笑み。
「これから? 俺は姫に騎士は必要だと認めたが、いつから用意するかは言及していない」
「え? どういう……」
「だから、騎士を用意するときに、あれだったら連絡するよ。連絡先教えておいてもらえる?」
笑顔のままそう告げるミッツ。
「ちょっと! 約束が違いますよ先輩!」
「そんなことはないぞ。俺がした約束は破っていない」
「そんなはずはありません。だって先輩は……せんぱいは……」
「私が負けたら姫には騎士が必要だと認めます。俺はそう言ったんだけど、思い出したみたいだな」
「なっ!」
ミッツの言っていることは、唯の屁理屈で意趣返し。
話の流れから、そんな理屈が通じるなんて思ってもいない。
「そう、です、か……」
なのに、みるからに肩を落としたイケメン冒険者。
それを見て、ずきりと胸が痛んだような気がした。
しかし、これで諦めてくれるのなら儲け物と、人間を雇わなくて済むことに安堵した。
だが、それを見て可哀想と感じた姫は放っておかない。
「ミッツ! それは意地悪だよ。そんなのダメダメなんだから」
ミッツに対してほっぺたを大きく膨らまし、ぷりぷりとする。
その姿に、ミッツは一瞬で心奪われる。
そしてもう一人、肩を落としてがっくりしていたイケメン冒険者も頬を緩ませていた。
それどころか、口を間抜けに開けていて、今にも唾液が溢れそうである。
「ミッツが負けたんだから、ちゃんと仲間にしてあげないとダメなんだよ!」
「姫様……」
「勿論ですよ、姫。先程のは、ほんの仕返しです。私との約束を先に反故にされましたから、少し揶揄っただけですよ。本気で言ったわけではありません」
「そうなの? なんだ、良かった。ミッツが意地悪になっちゃったかと思ったよ。意地悪なの、わらわ嫌ーい」
危ない。
半ば本気だったミッツは、自分が助かったことを実感する。
姫に嫌われるなんて、考えただけで恐ろしい。咄嗟にフォローを入れて良かった。
そう胸をなでおろした。
「ということは……、自分は姫様の騎士として、お仕えしても構わないということですね」
「だよ。だよね、ミッツ」
「はい。仰る通りです」
とは返事をしたものの、ミッツは承服しかねていた。
イケメン冒険者の姫を見る目に、やばいものを感じたからだ。
それは自分も同じだということを、完全に棚上げした思考。
「先輩。先ほどはびっくりしましたよ。完全に騙されました」
「悪かったな。これから宜しく頼む」
「!?」
それでも姫の意向だから、ミッツは逆らわない。
握手した時に少し力を強く入れたことは、細やかな歓迎の気持ちを表したに過ぎない。
「じゃーねー、わらわと契約しよっか」
ミッツとイケメン冒険者が固い握手を交わした後、姫は玉座にぴょんと飛び乗り、腰掛ける。
それを見たイケメン冒険者は焦る。
当然である。ダンジョンにある玉座、誰の物かなんて聞かなくても分かる。
このダンジョンの主人の物以外にありえない。
「あの、姫様……。そこに腰掛けるのは、止した方が宜しいのではないかと……」
「なんで?」
「それは、その……。恐らくこのダンジョンのボスの、復元位置だと思われるのですが……」
ダンジョンにはボスが居る。
それはどこのダンジョンでも必ず。
そんなダンジョンの常識を、イケメン冒険者が語る。
だが、姫もミッツもそんなことは百も承知である。
なにせ、姫がそのダンジョンマスターなのだから。
しかし厳密には、イケメン冒険者のいうボスとダンジョンマスターは別物。
人間側とダンジョン側の認識の違いなんて、この時はどちらも理解していなかった。
「大丈夫だよ」
「そうですか……。先輩が最近退治されたのですかね?」
「え? 違うよ」
「ん? ではタイミングが良かったのですね」
ミッツは思った。
玉座に座ったこともそうだが、この会話、姫は全く隠す気がないな。
仲間にすると決めたのだから、もはや隠すことは出来ないし、意味もない。
だが、それを受け入れさせることは出来るのか?
もし無理だった場合、ミッツはどうするべきなのか。
最悪を想定しながら、行くすえを見守る。
最悪とは、本当の殺人を犯すということ。
「で、どうするの? 契約して良い?」
「え、あ、はい。勿論です。その契約とはどのようなものなのでしょうか?」
「契約は契約だよ。えっと……ミッツ説明できる?」
シリアスに考えていたミッツに、話が振られる。
だが、ミッツは契約というものに心当たりがない。
言葉からは大体想像できるのだが、もし予想通りだとすれば完全な騙し討ちである。
ただ、姫には悪気は一切ない、100%の善意での行動。
イケメン冒険者は自分の置かれて居る状態に気づくはずもない。
「……騎士の叙任のようなものかと」
「あぁ、そうですね。それがなければ騎士にはなれません。今すぐお願いいたします!」
ミッツは、騙し討ちになるかもと分かっていながら、その言葉を選んでスイッチを押した。
「分かった。始めるよ」
玉座の座面に姫が立ち上がる。
そして、目を閉じて右手を突き出し、念仏のような呪文のような、意味も音も理解し辛い言葉を綴る。
恭しく跪き、頭を垂れて叙任の儀式を待っているイケメン冒険者の足元を、突如現れた魔法陣の紫の光が照らす。
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