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満を持しての登場 その5
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「ヤバい……」
ミッツが精彩を欠いたまま、1日は終わった。
マリルに協力を願い集客に出向いた結果は振るわず、クエスト発行時に沢山来ていた冒険者はぴたりと鳴りを潜める。
予想していたこととはいえ、その結果に落胆するのも無理はない。
心のどこかで、まだなんとかなると思っていたところはあるのだから。
「はむはむ、おいちぃ」
「姫様、それはよう御座いました」
それなのに、ミッツが一人頭抱えている横では姫が夕飯に舌鼓を打ち、マリルはそれを温かく見守っている。
ミッツだってそれに参加したい。
しかし、それどころではない。
気分の上昇急降下を繰り返す情緒不安定さは、会社勤めの時に戻ったよう。
吐き気を催しえずく。勿論、姫が食事中なので離れたのは言うまでもない。
独りになると、不安で胸が潰れそうになる。
本日の客は、ステマで勧誘した冒険者2パーティー。あとは常連の一般人達。
全滅させれば1日分のダンジョンエナジーを稼ぎ出せるが、先のことを考えるとどうしても踏み切れなかったため、冒険者はパーティーメンバーのうちから2人づつ。一般人は適当に狩った。
獲得ダンジョンエナジーは大凡700DE。
少し前までと比べたら大幅な増収だが、現在の維持費の半分しかない。大赤字だ。
――1:5
いったい何の数字だと思われるかもしれないが、これは既存顧客をリピーターにするコストと新規顧客獲得に必要なコストの比較。
これはリピーターの方が一度体験しているので、再度体験してくれる可能性が高いというだけでなく、新規顧客獲得のためにはターゲットに出来る相手を見つけ出し、且つベネフィットを満足させなければならない等ハードルが高いことを表す。
現在、提供できるものがLV7程度対象のモンスターまでしか用意出来ない【黒髪姫の薔薇のお城】だと、ターゲットの確保が相当厳しい。
なので、既存で来場してくれている冒険者らを全滅なんてさせて、二度と立ち入らないことにならないようにせねばならないのだ。
それだけでなく、他ダンジョンよりも稼げなければ意味がない。
今は装飾詞が2つ付いた武器を獲得したばかりだから、まだ誘引力がある。
しかしそれは、いつまで持つかわからない。
「はぁーー……」
考えれば考えるほど、ネガティブな要因が浮かぶ。
大きなため息を吐いて、ミッツはその場にずるずるとへたり込んだ。
追い込まれて奮起していたミッツ。
だが、ここに来て限界を迎えた。
項垂れて、弱い自分を守るように三角座りでぎゅっと強く体を締める。
「どうしたんだろ?」
「自分にも分かりません」
心配そうに姫とマリルは見つめる。
「ミッツに元気がなくて可哀想だよー」
「そうですね、自信満々でない先輩は、先輩らしくありません」
「ね、一緒に元気出させてあげようよ」
「良いですね、姫様」
二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。
一体何をしようとしているのか分からないが、碌なことになりそうもないと思うのは穿ち過ぎだろうか。
「ね、ミッツ」
「先輩!」
項垂れたミッツに近づいて声をかけるも、反応はない。
「どうしたの、元気出して。頑張れ頑張れ! 頑張れ頑張れ!!」
「大丈夫ですよ。先輩ならきっと大丈夫。こんな姿、先輩らしくありません。胸を張りましょう!」
姫はぴょんぴょんと飛び跳ね、マリルは信じ切った目でミッツを見下ろしながら想いを届ける。
美幼女と美少女の応援。
これで元気にならないなんて、あり得るはずがない。
――通常ならそうだろう。だが、今のミッツは軽い鬱状態のようなもの。
そんな簡単に鬱になるものかと思われるかもしれないが、ミッツは10年以上に渡って、所謂ブラック企業に勤めていた。
常に綱渡りの状態だったのだ。だが躁鬱は周りには理解されにくい。
ミッツ本人ですら、気になどしていなかった。
追い込まれて力を発揮していたのも、躁状態だっただけのこと。この世界にすぐに馴染み、命に執着が薄かったのも、これが関係していたのかもしれない。
依って――この二人の励ましは逆効果。
より一層、ミッツは苦しく思う。
「ありがとうございます。元気が出ました」
「ほんと? 良かった」
「何があったのですか?」
「いや別に……。少し疲れただけ、だよ」
だが、自覚のないミッッツは強がる。
応援されて、このままではいけないと思っていても力が出ない。それどころか呼吸が苦しい。頭はさっぱりと動かない。
それでも、責任感に突き動かされ立ち上がる。
二人も悪気があってミッツを追い込んだわけではない。純粋に、心からミッツに元気を出して欲しかっただけ。
誰かが気づければ良かったのだが、この世界に鬱はない。なので、土台無理な話。
正確には鬱に似た症状はある。
しかし、金を出せば知識が手にはいる世界。力不足で自分の理想と乖離することは少ない。
金がないと嘆くものはいても、鬱ぎ込むようなことにはならない。
何故なら、だれでも冒険者になろうと思えばなれる。
そこで力を発揮できなければ、永遠に姿を消すだけなのだ。
鬱のまま生きながらえる者は、存在しない。
それでも生きていけるということは、鬱になる土壌じゃない。依って、ミッツのような鬱にならない。
翌日、ミッツは動けなかった。
物理的に、一切の行動が出来なかったという意味ではない。
姫を、マリルを、【黒髪姫の薔薇のお城】を生きながらえさせる為に、何も出来なかった。
残りダンジョンエナジーは、残りほぼ0。
最後になるかもしれない日が、幕を開けた。
「わらわがなんとかしてみせるもん! ミッツ、見ててね!」
だが、一筋の光明があった。
姫が立ち上がったのだ。
ミッツが精彩を欠いたまま、1日は終わった。
マリルに協力を願い集客に出向いた結果は振るわず、クエスト発行時に沢山来ていた冒険者はぴたりと鳴りを潜める。
予想していたこととはいえ、その結果に落胆するのも無理はない。
心のどこかで、まだなんとかなると思っていたところはあるのだから。
「はむはむ、おいちぃ」
「姫様、それはよう御座いました」
それなのに、ミッツが一人頭抱えている横では姫が夕飯に舌鼓を打ち、マリルはそれを温かく見守っている。
ミッツだってそれに参加したい。
しかし、それどころではない。
気分の上昇急降下を繰り返す情緒不安定さは、会社勤めの時に戻ったよう。
吐き気を催しえずく。勿論、姫が食事中なので離れたのは言うまでもない。
独りになると、不安で胸が潰れそうになる。
本日の客は、ステマで勧誘した冒険者2パーティー。あとは常連の一般人達。
全滅させれば1日分のダンジョンエナジーを稼ぎ出せるが、先のことを考えるとどうしても踏み切れなかったため、冒険者はパーティーメンバーのうちから2人づつ。一般人は適当に狩った。
獲得ダンジョンエナジーは大凡700DE。
少し前までと比べたら大幅な増収だが、現在の維持費の半分しかない。大赤字だ。
――1:5
いったい何の数字だと思われるかもしれないが、これは既存顧客をリピーターにするコストと新規顧客獲得に必要なコストの比較。
これはリピーターの方が一度体験しているので、再度体験してくれる可能性が高いというだけでなく、新規顧客獲得のためにはターゲットに出来る相手を見つけ出し、且つベネフィットを満足させなければならない等ハードルが高いことを表す。
現在、提供できるものがLV7程度対象のモンスターまでしか用意出来ない【黒髪姫の薔薇のお城】だと、ターゲットの確保が相当厳しい。
なので、既存で来場してくれている冒険者らを全滅なんてさせて、二度と立ち入らないことにならないようにせねばならないのだ。
それだけでなく、他ダンジョンよりも稼げなければ意味がない。
今は装飾詞が2つ付いた武器を獲得したばかりだから、まだ誘引力がある。
しかしそれは、いつまで持つかわからない。
「はぁーー……」
考えれば考えるほど、ネガティブな要因が浮かぶ。
大きなため息を吐いて、ミッツはその場にずるずるとへたり込んだ。
追い込まれて奮起していたミッツ。
だが、ここに来て限界を迎えた。
項垂れて、弱い自分を守るように三角座りでぎゅっと強く体を締める。
「どうしたんだろ?」
「自分にも分かりません」
心配そうに姫とマリルは見つめる。
「ミッツに元気がなくて可哀想だよー」
「そうですね、自信満々でない先輩は、先輩らしくありません」
「ね、一緒に元気出させてあげようよ」
「良いですね、姫様」
二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。
一体何をしようとしているのか分からないが、碌なことになりそうもないと思うのは穿ち過ぎだろうか。
「ね、ミッツ」
「先輩!」
項垂れたミッツに近づいて声をかけるも、反応はない。
「どうしたの、元気出して。頑張れ頑張れ! 頑張れ頑張れ!!」
「大丈夫ですよ。先輩ならきっと大丈夫。こんな姿、先輩らしくありません。胸を張りましょう!」
姫はぴょんぴょんと飛び跳ね、マリルは信じ切った目でミッツを見下ろしながら想いを届ける。
美幼女と美少女の応援。
これで元気にならないなんて、あり得るはずがない。
――通常ならそうだろう。だが、今のミッツは軽い鬱状態のようなもの。
そんな簡単に鬱になるものかと思われるかもしれないが、ミッツは10年以上に渡って、所謂ブラック企業に勤めていた。
常に綱渡りの状態だったのだ。だが躁鬱は周りには理解されにくい。
ミッツ本人ですら、気になどしていなかった。
追い込まれて力を発揮していたのも、躁状態だっただけのこと。この世界にすぐに馴染み、命に執着が薄かったのも、これが関係していたのかもしれない。
依って――この二人の励ましは逆効果。
より一層、ミッツは苦しく思う。
「ありがとうございます。元気が出ました」
「ほんと? 良かった」
「何があったのですか?」
「いや別に……。少し疲れただけ、だよ」
だが、自覚のないミッッツは強がる。
応援されて、このままではいけないと思っていても力が出ない。それどころか呼吸が苦しい。頭はさっぱりと動かない。
それでも、責任感に突き動かされ立ち上がる。
二人も悪気があってミッツを追い込んだわけではない。純粋に、心からミッツに元気を出して欲しかっただけ。
誰かが気づければ良かったのだが、この世界に鬱はない。なので、土台無理な話。
正確には鬱に似た症状はある。
しかし、金を出せば知識が手にはいる世界。力不足で自分の理想と乖離することは少ない。
金がないと嘆くものはいても、鬱ぎ込むようなことにはならない。
何故なら、だれでも冒険者になろうと思えばなれる。
そこで力を発揮できなければ、永遠に姿を消すだけなのだ。
鬱のまま生きながらえる者は、存在しない。
それでも生きていけるということは、鬱になる土壌じゃない。依って、ミッツのような鬱にならない。
翌日、ミッツは動けなかった。
物理的に、一切の行動が出来なかったという意味ではない。
姫を、マリルを、【黒髪姫の薔薇のお城】を生きながらえさせる為に、何も出来なかった。
残りダンジョンエナジーは、残りほぼ0。
最後になるかもしれない日が、幕を開けた。
「わらわがなんとかしてみせるもん! ミッツ、見ててね!」
だが、一筋の光明があった。
姫が立ち上がったのだ。
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