機甲乙女アームドメイデン ~ロボ娘と往く文明崩壊荒野~

日野久留馬

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 フィオに教育を施したキキョウは、当然装甲機生体アービングについても熟知している。
 メイデンを捕獲し予備パーツにする習性を持つ大型装甲機生体アービングとの交戦時、最も安全な手段はMMDマグネティックマスドライバーのような大火力で遠距離から吹き飛ばしてしまう戦法だ。
 取り込まれてしまう可能性がつきまとう近接戦闘は、悪手と言っても良い。
 しかし、万事において流動的な戦場では、意図しない状況に陥る事も多々ある。
 大型装甲機生体アービングにマチェット一本で立ち向かうという悪条件にも、百戦錬磨のキキョウは対応する手段を心得ていた。
 敵の腹の中へ突入し内部でひたすら暴れたおすという、シンプル極まりない脳筋殺法である。
 本来なら絶対にやりたくない博打プランだが、今はこれが一番勝算が高い。

「はあぁぁっ!」

 フリストグリーズルが入れた装甲の切れ目に突き立った高速振動ヴィヴロマチェットは、超過駆動により灰色の疑似肉を弾き飛ばす。
 僅かに開いた隙間にスラスター全開のキキョウは全身で突っ込み、分厚い疑似肉の壁を無理やり突き抜けた。
 突入した蚯蚓型装甲機生体アービングの内部は中空になっている。
 推力のままに突進したキキョウは内壁の反対側まで到達すると、疑似肉の壁にマチェットを突き立てながら着地した。

「せいっ!」

 大きく腕を振り上げ疑似肉を切り裂きながらマチェットを抜くと、再度スラスターを点火して跳ねた。
 キキョウの着地点目掛けて飛来した無数の疑似肉の触手は、ほんの一瞬の差で目標を取り逃がす。
 大型装甲機生体アービングの内部は完全に相手のテリトリーだ。
 四方八方から疑似肉の触手が槍のように盛り上がり、キキョウを襲う。

「はっ!」

 身を捻る勢いを乗せて回転し、マチェットを竜巻のように振り回す。
 目前に迫った触手の群れを切り飛ばすと、キキョウはスラスターの推力を上げた。
 強引に押し通った突入口は、すでに周囲の疑似肉が盛り上がって塞いでいる。
 外部から差し込む光もない暗闇でキキョウのスラスター炎が踊った。

 大型装甲機生体アービングに対する突入戦法のセオリーに従うのならば、このまま全力で暴れまくり全てをズタズタにしてしまうのがベストなのだが、そういう訳にはいかない。
 キキョウに課されたミッションの第一目標はサンクチュアリの救出であり、装甲機生体アービングの破壊はそのついでだ。
 闇雲にマチェットを振り回しては、サンクチュアリも一緒に切り倒しかねない。
 まずは彼女の確保が最優先だ。

「サンクチュアリ! どこですか!」

 次々に伸びてくる触手を切り払いながら暗がりへと呼びかけるが、返答はない。
 大型装甲機生体アービングの内部構造は大部分を空洞が占めている。
 内壁をナノマシン製疑似肉で構成された空間は、必要に応じて倉庫にも自己複製工場にもなる万能空間だ。
 そして今は捕獲したメイデンに対する隷属化施設となっており、キキョウを狙うトラップハウスでもある。
 損傷した機体で肉壁に取り込まれてしまっては、振りほどくこともできずに嬲られるしかない。

 キキョウは背面武装ユニットに搭載した一発のみのスラスターを緩急つけて吹かし、疑似肉の壁に触れぬよう飛翔した。
 損傷した両足と左腕をカウンターウェイトとして振り回し、巧みな重心移動で触手の槍衾を躱す。
 最小限の動作でマチェットを振るい、直撃コースの触手を的確に切り飛ばした。

 サンクチュアリの救出という明確な短期目標に集中するキキョウの疑似精神は、ここしばらくなかった程に安定している。
 機体のコンディションは最悪ながら、マインドセットの整ったキキョウは本来の実力を存分に発揮した。
 つい先程フリストグリーズル相手に不覚を取ったとは思えないほど、卓抜した技量で圧倒的に不利な状況を軽々と切り抜けていく。

 不意にキキョウを襲う触手の猛攻が停止した。

「なに……?」

 キキョウは前触れもなく止まった攻撃に眉を寄せると、不審げに周囲を見回した。
 先程まで激しい勢いで触手の槍を打ち出していた疑似肉の動きが、大幅に鈍化している。
 灰色の肉壁は今や、小さく波打つように蠢くのみ。
 キキョウは右手に握った高速振動ヴィヴロマチェットを油断なく構え直すと、慎重に降下した。
 傷ついた両足で疑似肉を踏みしめ、着地する。
 柔らかく頼りない踏み心地の床はぷるぷると震えるものの、絡みついたり盛り上がって襲いかかってくる様子もなかった。

「こちらをもう認識していない……。 いえ、これは混乱している……?」

 突然の装甲機生体アービングの不調に訝しむが、これは好機だ。
 今のうちにと、凹凸の多い疑似肉の壁を精査していく。
 程なく、灰色の肉壁に埋め込まれるかのように囚われた僚機を発見した。

「サンクチュアリ!」

 声を掛けるがサンクチュアリは剥き出しの爆乳を震わせてヒクヒクと痙攣するばかりだ。
 古の武人のように精悍だった美貌は洗浄液にまみれて崩れ、圧倒的な快楽に屈服しきっている。
 紅の瞳は裏返り、だらしなく開いた口の端からは舌がはみ出ていた。
 いっぱいに拡げられた秘唇には銀に輝く機械の触手が嵌まり込み、内側から潤滑液愛液を掻き出すかの如くピストン運動を続けている。
 僚機の無惨な有様にキキョウは眦を吊り上げた。

「このっ!」

 肉壁から生えた機械触手の根元にマチェットを突き込み、切断する。
 マチェットを肉壁に突き刺したまま切断した触手を鷲掴みにすると、一気に引き抜いた。
 がくんとサンクチュアリの頭が跳ね上がり、触手に栓をされていた秘唇から潤滑液愛液と粘液がドポドポと溢れ出す。
  
「これは……」

 引き抜いた触手の残骸にキキョウは絶句した。
 サンクチュアリの潤滑液愛液と得体の知れない粘液に塗れた触手の先端は亀頭を模しており、女体を責め立てるべく大きくエラの張り出したえげつない形状をしている。
 幹に生えたいぼ状の突起と疑似亀頭の先端からは、銀の糸のような細いコードがいくつも伸びていた。
 無数のコードは、ぽっかりと開いた秘唇の奥へと繋がっている。
 子宮ウテルスユニットを制圧する、隷属化処理の最終段階だ。

「くっ!」

 怒りの声と共にキキョウは触手の残骸を投げ捨てた。
 子宮ウテルスユニットの内壁に接続されていたコードが投げ捨てる勢いと共に引き抜かれ、褐色の下腹と内股がびくびくと痙攣する。
 キキョウは疑似肉の壁に突き立てたマチェットを握ると、サンクチュアリの両耳に侵入した細い触手と尻穴を抉る機械触手も切断した。
 サンクチュアリを侵食する隷属化処理は、危険な域まで進行している。 
 最早キキョウの声にも反応せず、グラマラスな肢体をひくつかせるばかりになってしまった彼女のパーソナリティはデリートされている可能性も高い。
 だが、幸いにして外にはサンクチュアリの創造主たるドクが待機している。
 彼の元に運べば、修復の見込みもあるかも知れない。

 高速振動ヴィヴロマチェットを起動し、サンクチュアリを捕らえる肉壁を慎重に切り裂く。
 拘束を解かれ落下しかかるサンクチュアリを抱き留めると、キキョウはマチェットの刀身に視線を落とした。
 両手足を失っているとはいえXLフレームのサンクチュアリはMフレームのキキョウよりも大柄であり、担いでいくにはどうしても片腕で保持する必要がある。
 左腕を損傷しているため右腕を使うしかないが、唯一の武器を手放すのは余りにも危険だ。

 一瞬思案したキキョウは、大きく口を開けるとマチェットの柄を横向きに咥えた。
 エネルギー供給は電磁誘導通電で行われるため、この状態でも高速振動ヴィヴロ武器としての起動は可能である。
 ぐったりとしたサンクチュアリを俵担ぎに抱え上げると、周囲を見回した。
 サンクチュアリがこの有様では、装甲機生体アービングの破壊している余裕はない。
 肉壁の薄い箇所を切り開き、脱出しなくては。

 周囲を探るキキョウは灰色の肉壁に埋もれた小さなメイデンの姿に気付くと、紫水晶アメジストの瞳を見開いた。

「スコール!?」

 思わず驚きの声をあげるキキョウの口から、マチェットの柄が零れ落ちる。
 サンクチュアリ同様に両手足を引きちぎられたスコールが、肉壁に拘束され白い裸身を晒していた。
 銀色の機械触手に秘唇を貫かれ、細い下腹には内部を占領した巨大な触手の形が浮き上がっている。
 愛らしい顔は洗浄液と涎の痕で汚れ、堪えるかのようにぎゅっと両目を閉じていた。
 僚機と同じく無惨な姿にされた妹分に怒りを掻き立てられる。 

 当然ながらスコールの救助は、キキョウに命じられたミッションに含まれてはいない。
 だが、襲撃者の一党であるスコールを捕獲すれば情報源になる。
 ドクへの言い訳は立つはずだ。
 キキョウは現在敵対者となってしまっている妹分を助けるための名分を組み上げると、サンクチュアリをそっとその場に横たえた。

 襲撃者一党に思考が及んだことで、一時的に意識野から逸らしていた旧主やフリストグリーズルの事もCPU内でクローズアップされてしまい、キキョウは眉を寄せる。
 現主への背信とも言える想いに、メイデンのOSが頭痛を呼び起こしてキキョウへ警告していた。

「……スコールを助けないと」

 小さく首を振って呟くと、高速振動ヴィヴロマチェットを拾い上げた。
 囚われたスコールに歩み寄り、サンクチュアリの時と同様に責め立てる触手を切断しようとマチェットを起動する。

「待って」

 マチェットを振りかぶるキキョウを、鈴が鳴るような声が制した。





 囚われ嬲られるスコールと責め立てる装甲機生体アービングの関係は一瞬で逆転した。
 メイデンを嬲り、快楽漬けにするシステムを持っていながら、装甲機生体アービング自体には快感を感じる器官は存在しない。
 それ故にまったく未知の情報である快楽データの奔流は装甲機生体アービングのCPUを叩きのめし、これまでの年月で組み上げたロジックをズタズタに破壊するだけの衝撃を与えた。
 ダイレクトアクセスで隷属化処理を行おうとしただけに、装甲機生体アービングが恐慌を起こしている様子はスコールにも伝わる。

 戦闘用ガンマペットの本能がスコールに今が好機と告げた。
 装甲機生体アービングのCPUに対し、両耳と子宮ウテルスユニットに接続された触手を通じて逆ハッキングを試みる。
 隷属化処理中の反撃など前代未聞であり、装甲機生体アービングは全く想定もしていない。
 押しとどめるファイアウォールなどもなく、あっさりと中枢域までアクセスできた。

 装甲機生体アービングのCPUにはメイデンのような疑似精神は備わっていない。
 そういった不安定な「ゆらぎ」を排除した点が、装甲機生体アービングとメイデンの最大の相違とも言える。
 しかし、今の蚯蚓型装甲機生体アービングはその「ゆらぎ」を存分に味わわされていた。
 本来、存在しない器官による不明な情報の濁流がCPUに膨大なストレスを与え、装甲機生体アービングのアイデンティティを崩壊させていく。
 エラーの悲鳴を断続的に出力するCPUに対し、スコールは全く容赦しなかった。

「だめおし」

 とっておきのデータを流し込む。
 蚯蚓に無理やり与えられたものではない、バンとの蜜月のメモリーだ。
 お互いに無知で不器用だった初体験、互いを確かめあうかのように激しく貪る甘い時間、シュネーからの「指導」をフィードバックして実践する研鑽の日々。
 それらは単純な快楽の情報ではなく、主との触れあいでスコールの疑似精神に生じた喜びや慕情の記憶も付随している。
 快楽以上に装甲機生体アービングには理解不能な情報であった。

 余人が目にすれば甘ったるさに胸焼けしそうなスコールお手製「らぶらぶだいありー」をぶち込まれたCPUは完全に飽和し、シャットダウンした。
 同時にサンクチュアリに進行していた隷属化処理は停止し、キキョウを迎撃していた触手の内壁も沈黙する。 
 
「かった」

 小さく凱歌をあげたスコールは、ふと気付く。
 装甲機生体アービングが自分を追加部品にできるのならば、逆もまた可能ではないかと。

「……いける、かな?」

 やり方はまったくわからない。
 そもそも、この状況に陥ったメイデンが自力で逆襲を成功させる事自体が前代未聞なのだ。
 まずは装甲機生体アービングの機体状況の把握から試してみる。

「んっ」

 途端に圧倒的な処理能力不足に陥り、スコールは眉を寄せた。
 両目を閉じて視覚情報を遮断し、少しでもCPU負荷を軽減してみるが焼け石に水である。
 巨大な図体を制御するには、スコールのCPUは非力すぎる。

「それなら」

 体より先に頭を乗っ取ってしまえばいい。
 沈黙したままの装甲機生体アービングのCPUに再度アクセス。
 スコール自身をメインCPUに設定し、その補佐を行うサブCPUとして再起動させる。

「うわ」

 己が明確に変革していく感覚に、スコールは驚きの声を上げた。
 認識できる情報の範囲が桁違いに大きく拡がる。
 装甲機生体アービングの外壁に刀を突き立てるフリス、牽制砲撃を続けるシュネー、武装ユニットを換装しフィオ達を護衛しながら近寄ってくるスゥ。
 装甲機生体アービングの周囲で展開される様々な局面が一度に把握できた。
 巨体のあちこちに設置されたセンサー群が捉えた膨大な情報は、サブCPUと化した装甲機生体アービングが処理しスコールにも把握できる段階までダウンサイジングされて渡されるのだ。
 アサルトライフルを握り険しい顔で近寄ってくるバンの姿に、スコールの疑似精神がざわつく。
 主に心配させてしまった。
 早く自分の勝利を伝えて、彼を安心させなくてはならない。

 そう思うと同時に、これまでの彼女にはない思考が生じる。
 肉壁に囚われ、陵辱されきった姿を主に見られたくないという想いだ。

 これまでの日々でスコールの中には「友人に恥ずかしい所を見られたくない」という羞恥心がすでに生じている。
 だが、その対象にバンは含まれていない。
 主に対しては隠すことなどない、隅から隅まで見られても構わない。
 マスターへの全面的な信頼であり、幼さゆえのあけっぴろげで真摯な慕情によるものだ。

 しかし、今のスコールには強力な処理能力を持つサブCPUが追加されている。
 その結果、未だスコールの中で処理しきれていなかった情緒面の未熟さが一気に解消されていた。
 今のスコールは、普段の彼女よりも数段成熟した乙女の思考を得るに至っている。
 乙女らしい想い人への見栄が生じているのだ。

「ど、どうしよう……」

 困惑するスコールは「自分」の体内で起こった異変に気付く。
 隷属化処理が途中で止まっていた、もう一体のメイデンが切り離されたのだ。

「キキョウ姉様」

 内部センサーごしにキキョウが褐色のメイデンを救出している状況を確認する。
 メイデンを担いで歩きだそうとしたキキョウは、驚愕したように立ち止まった。
 彼女の視線の先を追えば、肉壁に捕らえられた小さなメイデンの姿がある。
 スコール自身だ。

「……スコールを助けないと」

 担いだメイデンを下ろしてマチェットを手に取ったキキョウの呟きを捉え、スコールは内心喜びを覚える。
 敵対し、一度は自分を大破させたとはいえ、彼女は自分を助けようとしてくれている。
 やはり、キキョウは未だにスコールの姉なのだ。
 だが、このまま肉壁から引き剥がされてしまっては、装甲機生体アービングとの接続も解かれてしまう。
 スコール自身、今の状況は綱渡りの結果の産物と理解しているだけに、下手に装甲機生体アービングが再起動してしまえば同じ事をやれる自信はない。
 キキョウを止めなくては。

「待って」

 スコールはキキョウに声を掛けると、両目を開いた。
 装甲機生体アービングのセンサーから得た情報とスコール自身の視覚情報のギャップに慣れず、思わず顔を顰める。

「スコール……? 無事なのですか?」

 言葉を発した妹分にキキョウは紫水晶アメジストの瞳を見開き、呆然と呟いた。
 肉壁に囚われ触手で抉られたスコールの状況は、装甲機生体アービングに敗北しきったようにしか見えない。
 この状態で意識がある事例はキキョウの豊富な経験の中にも存在しなかった。

装甲機生体アービングに逆ハッキングを掛けて制圧しました。
 外にマスターとフィオさん達が居ますので、連絡をお願いします」

「ま、待ってください! 貴女、本当にスコールですか!?」

 流暢に喋るスコールに、キキョウは目を白黒させて戸惑った。
 普段のスコールの言葉が舌足らずなのは、マペット用に調整されたCPUが言語コミュニケーションという不慣れな処理に手間取っているからである。
 接続された装甲機生体アービングのCPUにも会話機能はないが、その強力な処理能力を利用すればスコール本来のたどたどしい言葉遣いを補正することも簡単だ。

「……普段の私よりも処理能力が向上していますから。
 でも、そんなにいつもと違いますか、姉様」

「ええ、その……急に大人になったような」

 姉貴分の率直な感想に、スコールは若干凹む。

「いつもの私の思考が未成熟なのは否定できません……。
 それよりも姉様、『壁』が開きます。 そこは危ないですから、下がってください」

「壁?」

 キキョウが聞き返した時、彼女の頭上の肉壁に大きな亀裂が走った。
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