誠実な悪魔(ショートショート)

藻ノかたり

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誠実な悪魔

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僕は、何をするにも自信がなかった。月並みの容姿だったし、大した学歴もない。もちろん両親も普通の人たちで、家柄がどうのこうのと言える立場じゃない。

それでも特技の一つでもあれば、まだよかったのだが、あいにくとそういった才にも恵まれなかった。天は二物を与えずと言うが、僕には”一物”すら与えられなかったわけだ。

だが、そんな人生に希望を見いだせず、緩慢な日常を送る僕の前に悪魔が現れた、最初は新手の詐欺とも考えたが、彼はあの手この手で自分が本物だとアピールした。そして、遂には僕も”まぁ、信じてもいいかな”と思えるほどに至ったのだった。

「悪魔というからには、魂と引き換えに僕に何かをしてくれるのだろう?

大金持ちにしてくれるとか、何かの才能に目覚めさせてくれるとか」

僕は、小説などで読んだ悪魔との契約を思い浮かべて、彼に尋ねる。

「いやいや、困ったなぁ。どうせどこかの三文小説を読んで、そう思ったのでしょう?

しかし現実は、そう甘いもんじゃないですよ」

僕は図星を指されてちょっと腹が立ったが、それでこの珍しい出会いをぶち壊す気にはなれなかった。

「どう甘くないんだい?」

僕の憮然とした問いに、悪魔は、

「もし、あなたに十億円も渡したとします。あなたはきっと、持ちなれない大金のおかげで不幸を招き入れるでしょう」

と、したり顔でこたえる。

まぁ、小説やドラマでも、大抵はそうだよな。

僕は、妙に納得した。

「それにですね。才能を進呈するって方ですが、それも余り良い考えではないんですよ」

「どうして?」

悪魔の講釈に、僕が茶々を入れる。

「たとえば、あなたに素晴らしい画家の才能を与えたとしましょう。ですが、良い絵を描けるだけでは、幸せにはなれません。

作品を売るだけの交渉力や、運だって必要です。

もちろん”素晴らしい作品が描ければ、それで本望”というご希望で、その結果、ゴッホのような人生を辿ってもよいというのであれば、お止め致しませんがね」

悪魔が、嫌味ったらしい笑みを浮かべた。僕が、そんな殊勝な人間ではないと見抜いているようだった。

「じゃぁ、君はいったい、何をしてくれるんだい?」

「やはりズルをしても、人生は上手くいきません。どこかで必ず破綻が訪れます。

一時期は良くても、そんな生涯はお嫌でしょう?」

僕の疑問を見透かしたように、悪魔がこたえた。

「いや、待ってくれ。人生でズルをする代償に、魂を渡すんじゃないのかい?」

僕がそう言うと、

「違いますよ。大切な大切な魂を頂くのですからね。契約者には、幸せになっていただかなくては困ります。

それが、誠意ある商売ってもんですよ」

と、悪魔は悪魔らしくない言葉をペラペラと紡ぎ出す。

「それじゃぁ、僕のような平々凡々な男が、どうやって幸せになれるんだよ」

僕は、少々イラついた調子で悪魔に返した。

悪魔は一呼吸おいてから、

「それにはですね。あなた自身の”努力”において、頑張っていただかなくてはなりません」

と、自信たっぷりに言った。

「はぁ? ”努力”だって? そりゃ、僕だって、それなりに努力はしたさ。でも、結果はこの通りだ。人生に夢や希望なんてもてやしないよ。

だから、ズルをしたって幸せになりたいんじゃないか」

僕はカッとなって、思わず叫ぶ。

そうさ。努力しても、それがみな徒労に終わるから悩んでるっていうのに……。

悪魔は、またしても僕の心底を見透かしたように、

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。私はあなたが大変な努力家だと知っています。だからこそ、今、あなたの前にいるのです。

悪魔だって、誰かれ構わず契約するわけじゃありません。

あなたは、選ばれたのですよ」

と、言った。

「あぁ、面倒くさいな。もったいぶらないで、僕に何をしてくれるのか教えてくれよ」

相手が悪魔とはいえ、努力家と褒められて悪い気のしなかった僕は、自ら悪魔の話に飛び込んでいく。

「よくぞ、聞いてくれました。

今、申し上げたように、あなたは大変な努力家だ。しかし、それが報われた事は殆どなかった。

でも、もし今までの努力が、全て実っていたらどうでしょう?

大変幸せな人生を、送っておられたのではないですか?」

悪魔の目が、真剣な光を放った。

なるほど、確かにその通りだ。今までしてきた僕の努力が報われていたら、相当豊かな人生になっていただろう。

僕は、悪魔の言い分に相槌を打つ。

そんな僕の心を見計らったように、

「そうでしょう? 

やはり人生は、自分の努力で切り開かねばなりません。ズルをした末の成功なんてマヤカシです。だから、いずれは破綻するのです。

しかし、努力の末に得た幸せは強固なものだ。まず、破綻なんて致しません。

そういう幸せをお届けするのが、誠意ある悪魔ってもんなんです」

と、悪魔は変に優し気な笑みを浮かべた。

そして僕が次の質問をする前に、彼は懐からあるものを差し出した。

「なんだ、これ?」

大そうな演説を聞いた後という事もあり、彼の手にある品を見て、僕は思わず口走る。なぜならそれは、全高15センチほどの奇妙な置物……というか、人形というか、とにかく得体のしれない代物だったのだ。

「これは”見守り魔神”です」

「見守り魔神?」

状況が今一つ理解できず、僕はオウム返しに彼へと尋ねる。

「えぇ、文字通り、あなたの努力を見守る魔神です」

「見守る? 見守るだけ?」

いぶかしがる僕の表情を無視して、悪魔は続ける。

「えぇ、そうです。

ただ、この人形に見守られている限り、全ての努力は報われます。当然、努力しなければ報われません。そして努力の量が多ければ多いほど、その結果もそれに比例します。

報われない努力家のあなたにとって、最適な品ではありませんか?」

悪魔のその言葉にピンと来た僕は、

「なぁ、君。人間界にある”霊感商法”ってのを知ってるかい?

何の役にも立たないガラクタを、ご利益があると偽って高額で売りつける商売さ。

君の手にある人形も、その類じゃないのか?」

と、打って変わって挑発的な言葉を突きつけた。

「とんでもない! そりゃ、人間界にそういうあくどい商売をする連中がいるのは知っています。

しかし私は違う。私ほど誠実な悪魔はいませんよ。もちろん悪魔の中には、分不相応な願いを叶えた結果、その人間が不幸になるのを見て楽しむ輩もいますがね」

悪魔は、如何にも心外だという顔をする。

「いや、信用できないね。どうやって信じろと言うのさ」

僕の言葉に、悪魔が深いため息をついた。

「はぁ~、困った方だ。私の誠実さが伝わらないとは……。

うーん、それじゃぁ、こうしませんか。

今回は仮契約という事で、半年間、あなたにこの人形を無償でレンタルします。そののち本契約を結ぶかどうかは、あなたの意志しだいという事で……」

悪魔との仮契約なんて聞いた事もないが、無償という言葉に魅かれ、僕は彼の提案を受け入れる。


「う~ん、ここら辺でいいかなぁ」

薄汚れたアパートの自室に戻った僕は、預かった人形をどこに置くか決めあぐねていた。

見守るというからには、部屋全体が見える場所がいいのかな。それとも枕もとの方がいいのか……。まぁ、どちらにしても、少し問題があるか。

というのは、この人形、非常に珍妙な形をしているのだ。不気味とすら言っていい。悪魔は”魔神”と言っていたが、普通にイメージする恐ろしい魔神とは違う。

まず、下に朱色の球体があり、その上に人間の首と頭部……といっても、やはり普通の人間とは少し違う顔つきをしている。そして何より”見守る”という割に、目を閉じているのだ。もっとも始終睨まれていては心が落ち着かないだろうから、こっちの方が良いのかも知れない。

僕は一計を案じ、窓際の低いチェストの上に、人形の顔を向こう側にして置いた。これだと人形は始終、外を見ている事になる。僕が部屋にいる時は、人形の後ろ姿を見るわけだし、そもそも努力をするのは主に外出した時だ。それを見守ってもらうんだからこれがベスト・ポジションだろう。

僕はこれから訪れるであろう成功に、あれやこれやと思いをはせた。

さて、それからは、前にも増して努力の日々が始まった。ただ、これまでとは明らかにテンションが違う。何せ、今している努力は、必ず報われるのだから、努力のしがいがあるってもんだ。

そして効果は、てき面に現れる。

これまでの無駄な努力はいったい何だったんだというほど、面白いように結果が伴うのだ。しかも、単発ではなく、本当に次から次へと報われる。

これは、本物だ。

僕は日に日に、悪魔の言葉を信じていった。

だが、二カ月くらいたった頃だろうか、効果に疑問が生じ始める。努力しても報われない事が、幾つか出て来たのだ。

なんだ、もう効果切れか?

悪魔への信頼度は一気に下落したが、それは杞憂に終わる。

報われないと思っていた努力が、結果としては報われる事となったのだ。

例えば、会社Aに行おうとしたプレゼンがある。だが、その為に苦労して用意した資料が、同社の突然の倒産によって無駄になってしまう。しかし、程なく縁ができた会社Bの幹部の目にそれが留まって、めでたく日の目を見る事態になったという風に……。

約束の半年が過ぎた頃、結果としてみれば、無駄な努力は一つもなくなり、僕は社内で急激に頭角を現していった。

「どうです? 努力が報われる快感は」

悪魔が再び現れて、したり顔をする。

「もう、効果抜群だよ。是非、本契約をさせてくれ」

僕は、喜び勇んで彼に申し出た。

「お喜び頂いて、私も幸せですよ。あ、ただし……」

悪魔の不穏な一言に、人生の成功を確信していた僕の心は一気に不安で満たされる。

「なんだ。今さら契約できないなんて、言うんじゃないんだろうな」

僕は、悪魔に詰め寄った。

「いえ、ご理解して頂きたい”仕様”があるんですよ。もしかしたら既にご経験かも知れませんが、行った努力がすぐに報われない事もあるんです。

しかし、それは回り回って、必ず報われます。それが何日先か、何年先かはわかりませんがね」

悪魔の説明に、僕は胸をなでおろす。

「あぁ、それならもう知ってるよ。どれだけ先だろうが、努力が100パーセント報われるんだから、それを楽しみにしていられようってもんだ」

”そういう事は、先に言っといてくれ”とも感じたが、下手に事態をややこしくしたくないので僕は口をつぐんだ。

「では、そう言う事で……」

悪魔が本契約書を差し出し、僕は間違いのないよう注意深くサインをした。

さぁ、これで僕の人生バラ色だ。しかもズルをしたという後ろめたさもない。最高じゃないか!

僕が誠実な悪魔に礼を言おうと思い顔を上げると、そこにはもう誰もおらず、うすら寒い風だけが吹いていた。

------------------

さて、ここは地獄の何処かにある、先の悪魔の住処。

「あ~、またバカが引っ掛った」

悪魔は、祝いの美酒を飲み干した。

「自分で言うのも何だが、俺も上手い手を考えついたもんだぜ」

そんな風に彼が自画自賛していると、

バキッ、バキバキバキッ!

と、玄関のドアが凄まじい音を立てて打ち破られる音が聞こえて来た。

何が起こったのか、すぐには理解できず呆然としている悪魔の前に、これまた数人の悪魔がなだれ込んでくる。

「あ、あんたら誰だ!? 泥棒か? 人間の魂は銀行へ預けてあるから、ここには一つもないぞ!」

呆気にとられながらも、家主が怒鳴り散らした。

「泥棒? お前と一緒にするな。我々は悪魔警察だ」

とんがり帽子をかぶった黒ずくめの悪魔が一歩前に出る。

「悪魔警察? なんだって、そんな奴らが? 俺は、何も悪い事をした覚えはないぞ」

思い当たるフシがありまくる悪魔は、必死に抗弁した。

「無駄な、あがきは止めろ。証拠は挙がってるんだ」

そう言うと、とんがり帽子をかぶった悪魔警部が右手の人差し指を空中で振る。すると、見守り魔神を受け取った憐れな男と、それを彼に渡した悪魔の行動が映像として現れた。

「我々は、かねてよりお前に目をつけていて、この半年間、その行状を見張っていたのだよ」

悪魔警部が、落ち着き払って言う。

「い、いったい何の事だか……」

白を切る悪魔を一瞥し、悪魔警部は、

「ならば、言ってやろう。

そもそも悪魔が人間と契約する際、そこにウソがあってはならない。それは悪魔法典で、厳格に決められている。

もちろん、人間の方が勝手に勘違いしたり、欲をかきすぎて酷い目に合うのは自業自得だが、それはあくまで契約書の内容に反していないのが前提だ」

と言い放った。

そして、

「だが、お前があの人間に渡した”見守り魔神”だったか? あれは真っ赤な偽物だ。彼が仕事に行っている間に、悪魔科学研究所のスタッフが確認したのだから間違いない。

つまり、お前はとんだガラクタを奴に押しつけて、死後に魂を受け取る契約をしたんだ」

と、続けた。

「いや、待ってくれ。そんな事はない。その証拠に、奴の努力はことごとく報われたじゃないか。

あれが本物だって証拠だろう」

インチキ商売をしていた悪魔の目が泳ぎ始める。

「フン! さっき、言っただろう? 我々はこの半年間、お前の行動をつぶさに観察していたと。

確かにあの人間の努力は全て報われたが、それはお前が裏で、色々と画策していたからだろう? 決して、あの人形の効力じゃない。

そして、ご丁寧に”努力がすぐに報われなくても、それはいつかきっと返って来る”なんて、ウソ八百まで並べたてやがって」

警部の話を聞いていた悪魔の顔面は、既に蒼白と化している。

「で、人間が信用したところで本契約をする。その後、お前は何のフォローもしないし、もちろん人形の効力なんて全くない。

とんだインチキ商売、人間界でいうところの霊感商法そのものだ」

”さぁ、グウの音も出まい”と言わんばかりに警部が締めくくった。

「ちょ、ちょっとバカな人間を騙しただけじゃないか。

少しくら、いいいだろう?

人間なんて元々、下等な生物なんだし、そういう奴らから、少しばかり巻き上げたって……」

すっかり観念した悪魔は、少しでも自分の罪を軽くしようと必死になる。

「バカ野郎!

確かに我々は、人間の魂を目的として奴らと契約をする。

連中の中には欲をかいたり、分をわきまえず自滅する者もいる。しかし、契約自体は正しくなくてはいけない。

それが我々悪魔の誇りであり、”誠実さ”ってもんだ」

既に悪魔警部の言葉も耳に届かぬ犯罪者を、後で待機していた悪魔警察官たちが連行する。

「はぁ……、あの人間も気の毒に……。

契約は無効だから、死後に魂を差し出す必要はないが、その事を彼に知らせるわけにはいかない。それが、法律だからな。

彼が早くインチキに気がついて、不毛な期待をするのをやめてくれれば良いのだが……」

悪魔警部はため息を一つつくと、悪の巣窟を後にした。

-------------------

「はぁ……」

数十年前、悪魔と契約を交わした僕は、大きくため息をついた。

「あれから、報われる努力もなくはなかったが、あの半年間ほどの効果はなかった」

僕は、ひなびた安アパートの一室で人生を振り返る。窓からは、血のように真っ赤な夕日が覗いていた。

「でも、絶望なんてしないぞ。あの時、あの悪魔は言ったじゃないか。

努力がすぐに報われなくても、それは後になって必ず報われるって。

そうさ、これまで大変な努力をしてきたんだ。これからきっと、タップリ利子をつけて報われるに違いない。

誠実に生きて来た僕が、報われないなんて事はあり得ない。

絶対にない!」

僕はシワだらけとなった手に、死ぬまで手放さぬと決めた人形をとってつぶやいた。


【終わり】
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