宇宙は広いようで……(ショートショート)

藻ノかたり

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宇宙は広いようで……

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未来。

地球は初めての異星人を母星へ招こうとしていた。その名はドスダル星人。地球から、数十万光年離れた星の住人だ。

「万事、慰労なきようにしなければ」

歓待委員長の須田シンイチが、声に出して自らを鼓舞する。

すったもんだの末、宇宙局勤務の彼が、この大任に選ばれたのは記念すべき日の半年前。口さがない者は「ドスダルの名前の中に”スダ”という文字が入っていたから選ばれた」などと羨んだが、実際、それはコミュニケーションのきっかけとしては使えるなと、須田は考えていた。

彼は一人居残った深夜の歓待委員会特別室のソファーに腰を下ろし、タブレットを操作する。ドスダル星人に関する資料がぎっしりと詰め込まれた代物である。

「ん~、これだけじゃ、如何にも足りないなぁ」

須田が、口惜しそうにつぶやいた。

友好関係を結ぶにあたり、互いの情報のやり取りはあったものの、それは極めて限定的なものであった。星の機密レベル情報などは当たり前にしても、体の構造や詳しい文化形態すら満足のいく情報は得られていない。お互いが、それほど慎重になっているのであった。

須田は、これまで何度も目にした、ドスダル星人の全身画像をディスプレイに映し出す。

緑色の肌。基本的に服飾品は身に付けない。筋骨整っていて、ところどころに突起物がある。それがドスダル星人の特徴なのだが、地球人から見て、ひときわ異彩を放っているのが彼らの”顔”であった。

地球人のような目鼻や口はなく、真ん中にすぼんだような穴の痕跡があり、四隅には柔らかそうで直径三センチ、長さ十センチ程の触手が生えている。

最初に、この姿を目にした者の脳裏には、例外なくグロテスクという文字がよぎったものの、その頃の地球人には「まぁ、遠い星の人たちなんだから、地球人とは違って当り前」という寛容さが身についていた。

だが、あらためてタブレットに映し出された宇宙人の姿を見て、須田の心に僅かな染みのような懸念が生まれた。

「う~ん。グロテスク云々とは別に、この顔、気になるなぁ……」

須田は自分でもバカバカしいとは思いつつ、最近読んだ古書を思い出していた。それは三百年くらい前に書かれた、SFナンセンス小説である。宇宙局へ入ろうと思った彼の根源は、子供の頃から大好きなSF小説であった。

しかも須田のお気に入りは、古典SFである。科学的には荒唐無稽であるものの、その分、奇想天外さに溢れている。現在の科学理論を重視するSF小説にはない魅力に、彼は強く惹かれていたのであった。

その彼が古書店をまわって手に入れたその本は、短い小説が幾つも掲載されているもので、その中には当時のSFを扱ったものも多かった。

「あぁ~、ダメだ。どうしても気になる」

須田は自分の携帯端末を取り出して、データ化した問題の小説を表示させた。

「やっぱりな」

万が一の記憶違いを期待したが、それは予想通り裏切られる。

トスダル星人の顔の真ん中に付いている、すぼんだ穴のようなもの。これってこの小説に出てくる宇宙人の顔についているのと似てるんだよなぁ……。そんで、この小説だと、これは”肛門”だったってオチなわけだ。まさかとは思うけど、ドスタル星人のこれも……。

それにそう考えると、顔の四隅についている突起物は……。

彼は、心の中で自らのバカバカしい疑問を反芻した。

「いや、いや。仮にも大体は人間と似ている知的生命体なんだ。幾ら何でも、顔に排泄器や生殖器が付いているわけないだろう」

再び声に出し、愚かしい疑問を払しょくしようとする須田。

その時、

「おい、須田くん。まだいたのか、張り切るのはいいが、無理せんでくれよ」

と、彼の直属の上司が声を掛けて来た。

「あ、部長。お疲れさまです。部長こそ、こんな遅くまでお仕事なんて……。僕はまだ若いから平気ですよ」

「こらこら。上司を年寄り扱いするのは、やめたまえ」

立場の違いはあるものの、気の置けない者同士の笑い声が、誰もいないオフィスにかすかに響いた。


一方、こちらは既に母星を飛びだった、ドスダル宇宙船団・旗艦内の提督室。

「おい、チッキュ。何か浮かない顔だな。一週間後には地球へ到着だというのに、我々の”任務”に支障がきたされると困るぞ」

全権を委任された提督が言う。

ちなみに彼らの発声器官は右肩についていてる赤い球体だが、それに気づく地球人は誰一人いないだろう。

「す、すいません……」

チッキュは、戸惑いの表情を見せた。

「何か、心配事でもあるのかね。今の所、全ては順調じゃないか。地球だって、我らが今まで征服して来た惑星と、大して変わらんよ」

提督は、直属の部下を気遣った。

「いや。君にとって、今回の征服計画が最初の大きな仕事となるわけだが、緊張するあまりにヘマをして、君を抜擢した私の顔に泥を塗らんでくれたまえよ。

君の名前が”ちきゅう”という言葉に似ているから、エコひいきされただなんて、軽口を叩く連中を見返してやりたまえ」

目をかけている部下を、提督が叱咤激励する。

「はぁ……」

煮え切らない態度の部下に、

「一体、何が心配なんだ。言ってみたまえ」

と、少しイラついた声が、二人きりの部屋に響いた。

「えぇ、いや根拠という立派なものなどないに等しい、はっきり言えば、本当に下らない事なんです」

バカバカしい悩みであると分かってはいるものの、チッキュは上司に打ち明ける決心をした。

「これから我々が地球へ仕掛ける征服計画ですが、今までのように成功するんでしょうか……」

部下の思わぬ一言を耳にして、提督は少なからず面食らった。


さて、ここで読者諸氏の為に、かいつまんでドスダル星人たちの”征服計画”を説明しておこう。

ドスダル星人は、優れた科学力を有してはいるものの「知的生命体を殺戮する」という素養に欠けている。これは太古、同じ星の者同士で殺し合いが頻発し、星全体が滅亡しかかった際、強制的に遺伝子改造が行われ、殺し合いが出来なくなったためだ。

つまり彼らの遺伝子には、知的生命体を殺す事が出来ない因子が刻まれているわけである。だがそれは自分の星以外の知的生命体にも有効で、武力による他星の侵略が不可能になった事を意味していた。

母星の資源が枯渇する中(これが争いの元であったが)、生き延びる為には他星を侵略しなければならない彼らにとって、それは苦渋の選択を意味していたが、自滅するよりはマシだと計画は遂行されたのである。

そして試行錯誤の末、彼らは自身が抱えるジレンマの元となった、遺伝子改造技術を侵略に利用する事を思いついた。具体的に言うならば、自らの生殖機能を高めるという方策だったのである。

ドスタル星人の生殖器は、顔面の四隅についる突起物である。そこから生殖胞子を勢いよく射出するのだ。通常それは、ドスタル星人同士でなくては機能しないものであったが、他の知的生命体にも有効に働くよう遺伝子改造された。

その結果、他星の知的生命体は、遺伝子にドスタル星人のものを含んだ子供を妊娠する。そして世代を重ねるごとに遺伝子は濃くなり、遂にはドスタル星人そのものとなってしまうのだが、完全体になるまでは殺戮禁止遺伝子は発動しない。

また彼らの遺伝子を受け継いだ子供を身ごもった者たちは、これまた内部から遺伝子改造され、異星人の血を引く我が子を命を懸けて守るよう変貌してしまう。

かくしてこの恐るべき侵略を受けた星々は、純粋な惑星人とドスタル星人の血を引く者、それを守らんとする者とに分かれ、凄惨な戦いを侵略者の代わりに繰り広げる結果となった。その後の弱り切った星を手に入れる事は造作もなく、殺戮に手を染める必要もない。

こうしてドスタル星人は何世紀にもわたり、数々の星を征服していった。そして長距離ワープ技術の開発と共に、遠く離れた地球への侵略をも視野に入れたのだった。


「本当に、どうしたんだ」

提督が、重ねて尋ねた。

「いえ、我々の作戦が今まで成功してきたのは、相手方の生殖器が、我々同様、顔についていたからですよね」

チッキュが、とまどいながら答える。

「そうだとも。当たり前じゃないか。で、それが?」

提督が、怪訝な顔をした。

「だからこそ、直接的に生殖胞子を吹きかける事が出来ました。でも、もし地球人の生殖器が顔についていなかったら……。

特に彼らは我々と違って”服”と呼ばれる繊維をまとっています。生殖胞子がそれを突破するのは困難かと……」

彼自身、支離滅裂な発想だと考えていたチッキュは、途端にバツが悪くなりうつむいてしまう。

「何を言うかと思ったら……。そりゃ、原始的な生物ならいざ知らず、仮にも知的生命体の場合、生殖器が顔以外の所についているわけがない。

それに、お前だって地球人の顔は知っているだろう。穴ぼこだらけじゃないか。それらのどれかは、生殖器であり肛門であるというのが、科学者たちの一致した意見だよ。

……あっ、お前もしかして……」

提督は、何か閃いたように小さく叫んだ。

「古典SFの大家、ホーシニュワンの小説を読んだのか?」

「えっ?」

思いもかけず図星を当てられ、チッキュが上司の顔を見つめる。

「確か彼の小説の中に、生殖器や肛門が顔ではなく、股間についている宇宙人の話があったよな」

提督が、ニヤリと笑った。

「提督、どうしてそれを?」

驚きを隠せないチッキュ。

「甘く見てもらっては困る。仮にも惑星征服において、重要な責務を果たしてもらう事になる人物の素性は、それこそ食べ物の好みから何から全て調べあげているよ。

その報告の中に、君が古典SFのファンだというものもあった」

「そうだったんですか……。でも提督、古典SFといっても非常に沢山あるじゃないですか。なぜ、ホーシニュワンの小説の中身を」

彼が、いぶかしがるのも無理はない。地球以上に科学の発展したドスダル星において、大昔に書かれた科学的根拠の乏しいSF小説は、とうの昔に人々の記憶から消え去っていた。

「どうしてだと思う?」

提督が、イタズラっぽく言った。

「あっ。もしかして、あなたも古典SFやホーシニュワンの……」

「そうだとも。大ファンさ」

提督の意外な一言に、チッキュの表情が途端に緩む。

「だがな、チッキュ。彼の作品が如何に偉大でも、あれは小説だ。架空のおとぎ話に過ぎんのだ。まぁ、生殖器や肛門が股間についているだなんて、彼の突拍子もない発想には敬意を表するがね」

思わぬところで同好の士を得たチッキュが相槌をうった。

その時、

「提督。これから最終ワープに入りますが、よろしいでしょうか」

と、部屋に備え付けられたスピーカーから艦長の声が響く。

「あぁ、問題ない。そうしてくれ」

ガンシャ提督はそう言うと、チッキュと共に、室内に用意されている耐ワープ座席に腰を下ろした。これから遂行される地球征服作戦に、万全の自信を携えながら……。


まぁ、宇宙なんて、広いようで狭いというお話。


【終わり】
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