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ポピッカの苦悩

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それでも口ごもる僧侶に、ボクは助け舟を出す。

「もしかしたら、キミは”魔族”なんじゃないのかい。それも”妖精”由来の……」

ポピッカの目が、一瞬見開いた気がした。

「えぇっ、おめぇ魔族だったのか!? いや、魔族って本物は初めて見たぞ!」

素っ頓狂な声を上げるゲルドーシュ。

「こらっ、そういう言い方をするんじゃない。彼女に命を救われたのをもう忘れたのかい」

ボクは、少しきつめにゲルドーシュを諫める。

「あぁ、あぁ、すまねぇ!つい……」

自分でもマズい事を言ったと気付いたのか、屈強な戦士はその体に似合わぬほどあたふたとした。

「いえ、いいんですのよ。そういう風に見られる事には慣れています。物心ついてから、ずっとそうでしたから」

ゲルドーシュにやり返すでもなく、ポピッカは妙に落ち着いていた。恐らく彼女はこのような扱いに苛まれ続けてきた結果、それをやり過ごす精神的な術を身につけているのだろう。

魔族。

それは魔物と同様、自らの中でマジックエッセンスを造り出す事が出来る存在。

ただ魔物と違うのは、その知性である。

魔物は単に魔法を使える獣といって良い存在なので、当然ながら知性は低い。それに対して、魔族は人間と同様、もしくはそれ以上の知性を備えた生き物なのだ。

そして魔族は魔物同様、魔法を使う時に詠唱する必要はない。また一般の魔法使いのように体力的に劣る存在でもなく、戦士の如く屈強であり、物理攻撃も得意とする。

つまりは、この世で最高峰の存在であった。

”あった”というのは、純粋な魔族は古において既に滅んだとされているからだ。何故、滅んだのか。それには諸説あり、今も専門家たちの間で議論百出となっている。

ただ純粋な魔族は姿を消したものの、彼らの血を引く者は現代社会にも生きている。それはかつて魔族が自らの種族以外の異性と情を交わし、その結果、生まれ出た者の子孫である。本来であれば混血と呼ばれるのが正しい存在だ。

しかし純血種の魔族が存在しないため、彼らは単純に魔族と呼ばれており、本来の魔族は、混血の子孫と区別するために”真魔族”と称される。

また当然ながら、魔族以外と交配を続けていけば、従来の魔族としての能力はドンドン薄まっていく。ポピッカにしても、羽根を出現させる時には無詠唱で良いのに、それ以外の魔法を使う時には詠唱が必要なのはその為だろう。

「しかし魔族ってのはよ、大抵は角が生えてたりコウモリみたいな翼がある奴なんじゃねぇのか?」

ゲルドーシュの好奇心が、またぞろ顔を出す。

「まぁ、大昔はそういうのが一般的だったんだろうけど、自分の中でマジックエッセンスを造り出せる知性の高い種族は、全部魔族という括りになっているんだよ。だから、そういった能力を持つ妖精も魔族の一種なんだ。

ただ魔族の血を引く者の中で、今でも十分な量のマジックエッセンスを体内で作れる者は殆どいないと言われてるんだ。それだけ血が薄まったって事なんだろうね。

ポピッカにしたって、モバイラーを持ち歩いている事を考えればわかるだろ?

もっとも使い魔通信で使役されている”小さな妖精”は、昔いた人間大の妖精とは別種族であって、単に姿が似ているから同じ名前で呼ばれているに過ぎないんだけどね……」

まぁ、そうは言ってみたものの、ゲルドーシュの見方が世間一般の見方といって良いだろう。そのため、魔族といえばどちらかというと、何かおぞましいイメージがある。よって、そういった印象とは一線を画すはずである妖精の血を受け継いだ子孫も、同じくイメージが余り良くない。

現代を生きる人達から見れば、僅かでも自分の内でマジックエッセンスを作れること自体が異質であり、ともすれば”魔物”の親戚と考えられがちなのである。純粋な魔族が存在しない今、魔族は知性が高いという事実は忘れ去られ、野卑で知性が低い魔物と混同されているわけだ。

それゆえ、純潔魔族の血を引く”現代の魔族”は、どうしても忌み嫌われる傾向がある。その為か反社会的な組織に身を投じる者も多く、その事がますます今を生きる魔族の印象を悪くしている。

ポピッカが自分が魔族である証の羽根に対し、引け目を感じているのも無理からぬ事であろう。

「あぁ、間違っていたらすいません。もしかしてポピッカさんのいる教会に本部からの支援が滞っているのも、そういうわけがあるから……」

ザレドスが、すまなそうに質問する。

「……えぇ、それが全くないと言えばウソになりますわね。もちろん建前としてはそういった差別はありません。そんな事をあからさまにすれば大問題ですし、実際、普段はそういった事を感じませんわ。

でも今のように多くの支部教会が助けを求めている状況では、魔族の神父が管理している支部は優先順位が下がるのかも知れませんわね」

「そ、そんな……」

質問したのを後悔するようにザレドスがつぶやく。

「だから、だからこそ、私は今回の依頼を成功させたいんですの。私が魔族であるばかりに十分な救済が受けられないのであれば、私の教会を頼って来た人たちに申し訳が立たないですもの……」

ポピッカの告白に、ボクの疑問は氷解した。当初、人間と何か他の種族とのハーフであると感じてはいたが、それは妖精の血を受け継いだ魔族という点で納得できる。また彼女がボクと同様に、現在の小さい名ばかり妖精や名ばかり魔族が使い魔として搾取される事に、ネガティブな印象を抱いているのも頷けるというものだ。

そして自身が魔族であるがゆえに、自らの教会を頼って来た被災者の事を考え、是が非でも依頼料を満額受け取りたいという希望。とはいうものの、だからといってボクたちを危険への道連れとするのは筋違いであるというジレンマ。いちいち合点のいく事ばかりである。

「そいつぁ、ひでぇ! ひでぇじゃねぇか! そもそも魔族ってのを承知で神父にしたんだろうがよ。それを後になって差別するなんて、おかしいじゃねぇか。それが大層な説教を垂れる教会のやる事か!」

ヒートアップし、ソファーを倒さんばかりの勢いで立ち上がるゲルドーシュ。

「ほら、落ち着いて、落ち着けって」

ゲルドーシュを取りなすものの、奴の意見にボクも同感である。上っ面だけの聖職者の類には、もう何百年もの間に数えきれないほど出会って来た。彼らは決して”一部の不心得者”ではない。その存在は、今も昔も宗教界を蝕むダニとして連綿と続いている。

「お前は人に見られたくねぇものを見せてまで、俺を助けてくれた。その恩義は忘れねぇ。たとえお前に角が生えていようが尻尾が生えていようが関係ねぇ」

思いのたけを吐き出したものの、ゲルドーシュの熱気は冷めるものではなかった。

「もう、私に尻尾は生えていませんわよ。……でも、ありがとうゲル」

ポピッカの口元に、かすかに笑みが戻ったように見えた。
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