ヴォルノースの森の なんてことない毎日 《第二部》 (オムニバス短編集)

藻ノかたり

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幽霊と宝の塔 (20) 事の始まり

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「ほ、ホンドレック。お前には、この姿が”見えていた”のか……。さっき話した時から、ずっと見えていたのか?」

たどたどしい口調ながら、アトリオが沈黙を破ります。

ホンドレックは、一瞬ためらいましたが、

「あぁ、見えていたさ」

と、胸を張って答えました。

「お、お前は、恐ろしくはないのか。気味悪くはないのか。”今の”俺の姿が……!」

朽ちた布の隙間から、悲痛な声が漏れ出ます。

「なぁ、アトリオ。気にするなとは、言わないさ。でもな。お前がどういう風に変わっているかは、事前にパーパス様から聞いていたし、何より、どんな姿になろうが、お前はお前だ。

見た目がどう変わろうと、俺の親友に変わりはない」

ホンドレックが、力強く言いました。

その言葉に、アトリオは涙が込み上げそうになります。でも干からびた彼の体には、もう一粒の涙さえ残ってはいませんでした。

「さぁ、時間がない。先ほどの話を進めるぞ。よいな、アトリオ」

彼らの友情に応えるためにも、アトリオが青紫の炎に包まれる前に、全てを話さなければなりません。そう思ったパーパスは、事を急ぎました。

そして、ここでは話が遠くなると感じた魔法使いが、ホンドレックに目配せをします。その意味を素早く理解した鍛冶屋は、前に進み出るパーパスのあとについて、アトリオの方へと歩いていきました。他の者たちは、二人に続きません。自分たちが立ち入る事の出来ない領分であると、分かっていたからです。

月明かりの中、三人は再び対峙しました。

「魔法使いの爺さん。お、俺は、いや俺たちはどうなっちまったんだ。今の俺の姿は、何なんだ?」

時がないのを自覚したのか、早速アトリオが尋ねます。しかし顔はまだ、布の中に隠れたままでした。

アトリオの、小刻みな震えが伝わってきます。親友が抱いているだろう恐怖と絶望を感じ取り、ホンドレックはいたたまれなくなりましたが、アトリオのためにもここは平時と変わりなく振る舞わねばと決意を新たにします。

「うむ……。辺りの様子を見て、お前がここに来てから、既に長い年月が経っているのは理解したと思う」

パーパスが、おごそかに語り出しました。

「のう、アトリオよ。憶えておるか。おぬしがここへ来てから一年ほど経った時、大きな戦闘があった事を」

ついに真相が明らかになる。アトリオは絶望の中に、一筋の光が差し込んできたように感じます。

「あぁ、あれは凄まじい戦いだった。悪魔を頭領とした魔物の大軍が攻め込んで来たんだ。だが俺たちは勇敢に戦って、悪魔を打ち取り、その結果、魔物たちも森へと逃げて行った」

パーパスの問いに、アトリオが記憶をたどります。

「全ての始まりは、そこじゃった。良いか、心して聞けよ。

実はな、それは偽りの記憶なんじゃよ」

「偽り? あの戦いが?」

アトリオは、思わず顔を上げました。布の隙間から干からびた肌が覗きましたが、それを気にしている余裕は既にありません。

「いや、戦い自体はあった。敵の種類や規模もお前の言う通りだ」

「じゃぁ、何が違うんだ?」

パーパスの言葉に、アトリオが不満を漏らします。

「おぬしたちは、勝ったと思った。だが、実際は違う。おぬしたちは、悪魔と魔物の大軍に敗れ去ったんじゃよ」

「えっ?」

青天の霹靂ともいえる告白に、アトリオの身が固まりました。

「おぬしらは、全て奴らの虜となった」

「そ、そんな事はあり得ない。じゃあ、なぜ俺は今ここにいるんだ? それに、これまでの記憶は、いったい何なんだ?」

アトリオは被っていた布を取り去り、パーパスに抗します。

「おぬしたちはその後、悪魔に呪いをかけられたんじゃよ」

パーパスの眉間に、深いしわが寄りました。
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