ヴォルノースの森の なんてことない毎日 《第二部》 (オムニバス短編集)

藻ノかたり

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幽霊と宝の塔 (24) 墓標

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運命のブレスレットが、アトリオ、パーパス、ホンドレックをつないだのです。アトリオは、その偶然に仰天しました。

「実はな、アトリオ。俺はお前が王宮へ向かったあと、すぐに村を出る事になったんだ。それから十五年近く放浪して、とある森の奥に鍛冶屋を構えたのさ。

だから気になっていたとはいえ、お前の消息はまるで分からなかった」

「村を出た? 親父さんとトラブルでも?」

ホンドレックと彼の父親を良く知っているアトリオが、直感的に尋ねます。

「うん。この期に及んで嘘をつくわけにもいかないから白状するが、お前に送ったブレスレットな。実は親父が注文を受けて、依頼主から預かっていた珍しい鉱石、微弱ながら魔力を発するものなんだが、それを使って作ったんだよ。

その鉱石で作った品を身に着けていると、持ち手を護るという言い伝えがあったんでな」

四十年越しの告白に、アトリオはまたもや驚きました。

「親父さん、怒っただろう?」

「あぁ、雷が百発同時に落ちたくらいにな。それで、村を出ざるを得なくなったんだ」

「いや、悪い事をしたなぁ」

二人は、顔を見合わせて笑いました。

「ところでな、アトリオよ。これはワシの推測なんじゃが、おぬしが他の兵よりは呪いの効果が薄かったり、最後まで生き延びたのは、そのブレスレットのせいなんじゃないかと思っとるんじゃ」

パーパスが、話に割って入ります。

「このブレスレットの?」

アトリオが、三度ビックリしました。

「あぁ。魔力を秘めた鉱石で作ったブレスレットに、古代の文字を刻む。その文字はワシの思うところ、魔よけの呪文じゃ。それゆえ、ブレスレットがお前を護っていたのではないかと踏んどるんじゃよ」

パーパスが、続けて説明します。

「そうだったのか。

いや、俺はお前に借りを返さなければいけない立場なのに、最後まで世話になりっぱなしだなぁ。本当に、すまないと思ってるよ」

アトリオが、口惜しそうに言いました。

「それについてだがな、アトリオ。俺がここに来たのは、お前の考えているであろう、その誤解を解くためでもあるんだよ。そのままお前が天に召されては、俺の方が申し訳ない」

ホンドレックが、アトリオの目を強く見つめます。

「誤解、何の事だ?」

アトリオが、思わず問い返しました。

「お前は俺の背中のヤケドの事、大きな借りだと思っているだろう? でも違うんだ。俺はあの時、お前に”借りを返した”んだよ」

アトリオには、ホンドレックの言っている意味が分かりません。

「どういう事なんだ、それは」

「俺は子供の頃から、全く他人から相手にされなかった。俺は、それでもいいと思っていた。でもお前と友達になって、俺は友情のありがたみを嫌というほど知ったんだ。

子供ながらに偏屈な俺との付き合いは、お前にもきっと良くない事をもたらしたに違いない。だが、お前の友情は変わらなかった。

その借りを返すため、お前の友情に応えるために、俺は炎の前に立ちはだかったんだ。だからお前には、俺への借りなんてない。それを分かっていたから、親父もお前を責めなかったんだ」

ホンドレックが、遠い昔を思い出しながら語ります。

「それを言うために、わざわざ危険を承知でここまで来たのか?」

ホンドレックの真意を知り、なかば呆れ顔でアトリオが問います。

「俺にとっては、人生で一番大事な事だ」

ホンドレックは進み出て、アトリオの手を握ります。もはや骨だけとなった彼の手は、それでも親友の思いをしっかりと受け止めました。

ポッ。

その時、アトリオの体から淡い青紫の光が滲み出ます。最後の時が来たのです。

パーパスに促され、ホンドレックは元いた場所へと退きます。

「ホンドレック、別れの時が来たようだ。現世では四十年も無沙汰をしてしまったが、その分は来世で埋め合わせをしよう」

パーパスたちに害が及ばぬよう、アトリオは自ら二、三歩あとずさりました。

「あぁ。だが、俺を見つけられるのか?」

ホンドレックが、友との別れを覚悟します。

「なぁに、簡単な事さ。人並外れて頑固で偏屈な鍛冶屋を見つければいいだけの話だよ。どうせお前は、来世でも同じ道を歩むだろうからな」

「なんだとぉ! ……まぁ、否定はできないか。アトリオ、必ず来世の俺を見つけてくれよ」

二人は冗談交じりに、最後の親交を深めました。アトリオを包み込む青紫の炎は一段とその輝きを増していきます。

その時です。

いつの間にか、この戦いに参加した戦士たちが、三人を取り囲むように集まっておりました。

そしてリーダー格の戦士が、叫びます。

「兵士アトリオと、宝物塔に殉じた全ての者に”捧げ ソード”!!」

彼の号令と共に、全ての戦士が一斉に自らの武器を胸の前に両手で掲げます。これは武人が他者に対し、最高の敬意を表すための所作でした。

驚くアトリオの周りで青紫に輝く炎は最高潮に達し、ついに彼が天に召される時がやって来ます。

アトリオは視界から消えゆく親友の顔を見つめながら、

「三分の二を悪魔に翻弄された人生だったが、最後に親友と会えたばかりか、武人として身に余る栄誉を得る事も出来た。

そうさ。

決して、悪い人生ではなかった。


さらば、ホンドレック。

さらば、ヴォルノースの森

いつかまた会える、その日まで」

と、心の中で呟きました。

最後の輝きを放った青紫の炎は、やがて急速に月夜の照らす森へと消えていきます。

それを見送ったホンドレックの瞳から、彼自身の悲しみと、涙すら流せなくなったアトリオの悲しみが混じり合ったような雫がこぼれ落ちました。

「逝ったか……。あやつが、安らかな眠りつける事を祈ろう」

パーパスが、死者への手向けの呪文を唱えます。

「パーパス様、ありがとうございます。私ごときのために、将軍たちに無理を言って、討伐隊の責任者にもなっていただいて……。

おかげで、人生で唯一の心残りを晴らす事が出来ました」

ホンドレックが、深々と頭を垂れました。

「気にするな。先ほどの貸し借りの話ではないが、お前には癒しの剣の一件や、シュプリンのメタルハートを作ってもらった恩義があるからの。

その一部を返しただけじゃよ」

パーパスが、照れくさそうな表情を見せます。

「そう言えば、拙作のメタルハートを組み込んだ、パーパス様製作の”からくり人形シュプリン”の具合はどうですかな」

ホンドレックが、尋ねます。

「それじゃがな。粗雑な性格で困っておる」

「魔法のからくり人形は、作り手に似るといいますからな」

「ははっ。こやつ、言いよるわ」

二人は寂しく静かに笑いました。

「ところでパーパス様。この地はこれから、どうなるのでしょうか」

親友の殉じた宝物塔の将来が気にかかるホンドレックが尋ねます。

「うむ。せっかく取り戻した宝物塔じゃからの。拡張工事をして、より強固な要塞に生まれ変わる計画だ。もっとも近辺を跋扈する魔物を掃討する必要があるから、再稼働は数年後になるだろう」

パーパスは友に。秘密をこっそりと教えました。ちなみに改築された宝物塔へ、孤高の細工師フューイが訪れるのは、かれこれ五年先の話となります(第一部「扉の奥の秘宝」参照)。

パーパスに続いて、戦いの地を後にするホンドレックは暫し立ち止まり、多くの人生を翻弄した宝物塔を振り返ります。

月明かりに浮かぶそのシルエットは、まるで悲劇の内に天に召された兵士たちの、墓標のようにも見えました。


【幽霊と宝の塔・終】
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