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ハーレムはヒーローの宿命らしい。俺は隣で見てるだけ。

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 北欧風ビーフシチューを夢中で食べる桜牙とは対照的に、ジュンは前菜すらまともに喉を通らない。総督は終始ジュンのことを見つめていて、顔を赤らめ下を向くジュンに、嬉しそうに話しかけるのだった。
「いいご家来を連れているね、オーガくんと言ったかな」
「あ、家来じゃないんで。友達です」
 平然と受け答えする桜牙。そのあっけらかんとした態度に中佐は大きな咳払いをした。
「総督は君さえ良ければ王子とともに城に残らないかと仰っている。その方が王子も仕事がしやすいだろうとのお気遣いだ」
「ええと、ありがとうございます。だけど、すいません。弟がまだ小さいんで。早く帰らないと心配します」
「それは残念だ。早急に日本に帰れるよう手配させよう。弟さんによろしく伝えておくれ」
 予想外の言葉に桜牙は返事することさえ忘れ、思い出したようにチラ、とジュンの方を見る。
ーーなんだよ、すげー良い人じゃん
  桜牙と総督のやり取りを隣で聞き、逆に緊張が和らいだジュンが代わりに礼を述べる。
「ありがとうございます。彼はまだ学生で、自国での学業に専念したいそうです」
「それは素晴らしいことだ。王子もここ数年は学業どころでは無かっただろう、城内には帝国一の教師が揃っているからね、キミも思う存分勉学をするといい」
 そう言って総督は満足げにワインを飲んだ、ジュンの方も目を細め、口角だけで笑って見せる。
 ジュンはまだ自分の置かれた状況を受け入れることが出来ずにいた。

ーー僕の全てを奪っておいて、勉学に励めだと? 父上だけでなく五人の兄上の命までも奪った、こんな男と暮らすしか僕の生きる道はないのか……?

「個人的な感情というものは、時に人の判断を鈍らせることになるのだよ、ジュン。わかるね?」
「私は何を判断すればいいのですか? 総督。はっきり仰っていただいていいんですよ」
 ジュンにとって、もはや時間稼ぎなどは不要であった。自分の宇宙帝国における存在は政治利用の為でしかない。魔王の血を引く唯一の男子としての宿命ーー
「リカエル、例の宣言書を。宇宙帝国ジェンティウスの情勢は、多少は理解しているだろう? 魔王が消滅してから1年、はっきり言えば民は混乱の極みにいる」
「“あなた”が魔王を殺してからでしょう。あの日から私は1度も領内に戻ることすら出来ていない。祖国の荒廃する姿は見たくありません。私は明日にでも領内に戻り、できるだけのことをするつもりです」
 ジュンにとって、このまま毎日総督と顔を合わせるなど耐えられない。ジェンティウスに戻ることが出来れば、降嫁した姉たちなどを頼り何とか帝国を守ることができるかもしれない。
 そんな淡い期待があったのだが。
「言ったはずだよ。王子はここで勉学に励むようにと。約束しよう、ジェンティウスを潰すようなことはしないさ。そこで提案だが、宣言書にサインをしてくれないか。ジェンティウスは王子が大人になるまで私が代わりに統治をしよう。御父上が夢見ていた、帝国の併合だよ」
 大人になるまでなどと言うのは口約束に過ぎない。平和的占領は、すなわち父から数百年受け継がれてきた帝国を捨てろという意味の併合。
 なんの後ろ盾もないジュンに契約を拒否することは現実的ではなかったが、受け入れ難い契約であった。
「仕事のお話ばかりじゃつまらないわ。今日はジュンとの再会をお祝いしましょうよ」
「それもそうだね、王女。これはまた別の機会に話そうか。1つだけ今晩の予定だけ決めていいかな」
 総督は水晶玉を見つめながら付け加える。
「到着したようだ。金銭的な見返りは追々、まずは王子に選んでもらおう。ここへ連れてきたまえ」
 総督の命令で部屋に入ってきたのは、5、6人の総督と同じ色白の若い娘たち。それぞれ似たように整った顔立ちをしていて、王子の姿に各々微笑んでみせた。
「これは私の可愛い姪たちだ。どれでも好きな娘を選んだらいい」
「それは、つまり」
「気に入った娘がいればぜひ妻にしたまえ。もし今決められないなら、今夜一緒に過ごす娘を選ぶといい」
「あのっ、アクア総督」
 緊張のあまり再びあらたまるジュン。既に制服から袖にフリフリのついたブラウスに着替えていて、袖を掴む指に力がこもる。
「なんだい? 王子」
「今夜は桜牙と、話がしたいので。恐らく今生の別れになります」
「え、今生の別れって、そうなの?」
 穏やかでない表現に桜牙は思わず声をあげた。
「日本とは国交がないからね、簡単に観光ビザは取れないんだよ。もし王子が魔法陣を使いこなせるようになれば、」
「会いたくなったら総督にお願いするよ。きっとまた会える」
 この感じ。大人がまるで呼吸のごとく嘘をつくように、ジュンは嘘をつく時とても神妙な、無感情に正面を見つめる。
 桜牙はそれを感じ取って、ジュンの気休めの嘘を信じるフリをした。
「まーしばらくは俺もバイトとかで忙しいからな。次会うときはお互いもっと強くなっとこうぜ」
 自分がいなくても、桜牙はスライム退治を続けるつもりなのだろう。それがわかって、ジュンは喜んで笑みがこぼれた。
「そうだね」
「……男同士の友情か。いいね、寝間着をさっきの部屋に運ばせよう」

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