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俺はヒーローになれない。

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 王子がいつも持っていた、自分の誇りと家名を汚さない為に持っていた薬。その中身を桜牙は知らなかったが、長年王子を観察していた総督には手に取るようにわかった。
「大蛇よッ今すぐ消え去れッッ!!」
 ジュンの手足に絡みついた太い体表がするすると解け、大蛇は部屋の隅へと消えていく。
「王子もなかなか残酷なことをしますね。オーガくん。君は騙されているよ、ソレを飲ませれば君は極刑だ」
「……総督が言ったのは嘘だ……総督に君を傷付けることはできない、さあはやく」
 動き出した大蛇に驚く暇もなく、桜牙は二人の言葉に翻弄されていた。
 ……さっき晩飯食い終わった時までの俺なら、迷わずジュンの言葉を信じたはずだ。だけど、総督の言葉が気がかりすぎる。俺は騙されていて、しかも極刑って……? もし今、ジュンと総督の考えが対立しているとして、総督の目的は何だ?
「ジュン、俺が極刑になるっていうのは、嘘なんだよな」
「そうだよ……桜牙くん、どうしたの?」
「それじゃ、ジュンが俺のコト騙してるのは本当?」
「な、に言ってるの……僕は騙したり、しないよ……はやく!」
「わかった。お前ほんとに、死のうとか思ってないよな? 信じるからな?」
 ジュンは何も答えない。しかし大蛇の拘束が解けても毒で動けないジュンを前に、考えている時間はなかった。
 俺は小瓶の先っぽを回し、蓋を開ける。少し甘い匂いがした。
 申し訳程度に指を折り曲げた手で小瓶を隠しながら、ジュンの口元へ近づけていく。

「偉いね、きみは。どうして王子の嘘がわかったんだい?」
 話せるほど簡単じゃない。と思った。床にこぼれた小瓶の中身が、傍目にわかるほど強い酸で床を溶かしていく。
 俺がジュンの頼みを実行するのをためらううちに、総督の家来たちがジュンを医務室へと運んで行った。
「……おじさん、魔法でも使ったんじゃねーの」
 自分に一体何が起こったのか。さっきまでジュンが倒れていた床を見つめながら放心していた俺は、総督を無意識におじさん呼びしていた。
「おじさんとは手厳しいね、そんな風に呼ばれたのは何年ぶりだろう? 魔法ではないよ、王子に毒を盛らなかったのは君の意思だ」
ーー君の石?
 ジュンの持っていた紫色の鉱石みたいのが床に落ちていた。それをぼんやり眺めていたものだから、総督がせっかく喋ってくれた日本語もあまり理解出来ない程に俺は疲れていた。
「部屋で眠ってもいいですか? 総督」
「……構わないよ、王子には明日挨拶するといい」
「あのッ、ジュンを助けてくれて、ありがとうございました」
 あくまでジュンは、総督を嫌っているみたいだった。けどもし俺がジュンの言うとおりに薬を飲ませていたら……
「君には私が王子を助けたように見えたのかい?」
 違う、誰もジュンを助けたりはしていない。俺も総督も、ジュンが死んでしまうことを恐れた。けど、
「ジュンは死にたがってた……」
「そういう人間も宇宙には沢山いるよ」
 ひどい気休めだと思った。ジュンは念の為医者に診てもらい、鎮静剤を飲ませたそうなので今夜は戻っては来ないだろう。今回ばかりはその方が気が楽だったが。
 ふかふかのベットに倒れ込む。柔らかいシーツが俺を包んでくれるみたいで、俺は泣きそうになっていた。
 ジュンがいつか言った、ヒーローはいないって言葉をかえすようだが、この世にヒーローはたくさんいる。でもほとんど誰もそんな自覚はしてなくて、強く生きられるヤツは恵まれているんだ。
「ジュンの近くに、居られないなら」
 俺はヒーローになれないし、ジュンもヒーローにはなりたくないんだ。

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